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【コミカライズ】悪女にされた銀の聖女は二度目で愛される  作者: 千早 朔


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祝福された結婚式

 夢を見た。

 何もない空間に立つ、柔らかな薄紅色の髪をした女性。

 彼女は透き通る緑の瞳を和らげ、愛おし気な笑みを浮かべる。


「……お母様?」


 肯定するようにして笑みを深めたその人に、私はふらりと近づいた。

 これはきっと、都合のいい空想ね。

 冷静な思考はそう囁くけれど、それでも構わなかった。


「お母様……。私は、お母様の願いを果たせたでしょうか」


 無意識に伸ばした手を、空虚に落とす。

 触れたいと願うことさえ、傲慢な気がして。


「お母様が、その命と引き換えにしてまで守って良かったと思えるような娘になれましたでしょうか。私は、私は――っ」


 刹那、ふわりと温もりに包まれた。

 驚きに顔を上げると、お母様は涙に滲んだ瞳で私を見つめ、


『愛しているわ、ミーシャ。可愛い娘。……幸せになるのよ』


「――さま。お嬢様、お目覚めの時間ですよ」


「っ」


 パチリと目を開けた私の視界に、慣れ親しんだ薄暗い天蓋の内側が飛び込んでくる。

 ゆっくりと動かした腕の重みが教えてくれるのは、確かにあれが"夢"だったという事実と、私は今、初めて手にした終わりの分からない現実に身を投じているのだという実感。


 いつものようにカーテンを開けたソフィーは「良い夢を見られていたようですね」と笑み、晴れ晴れとした空に感謝を告げる。


「もう少し寝させてさしあげたかったのですが、ご容赦ください。なんといっても本日は――大切な、お嬢様の結婚式なのですから」



***



「お待ちください! 残りはここを……完璧ですっ! 目を疑うほどの美しさです、ミーシャ様!」


「ヘレン達が頑張ってくれたドレスが素晴らしいからよ。それに、この日のためにと私を磨き続けてくれたソフィーたちの努力の結晶でもあるわね」


 嘘ではない。だって、鏡に映る自身の姿は確かに、これまでのどの記憶よりも光輝いているから。

 待機させていたカトリーヌの名を呼ぶと、衝立の向こうから着飾った彼女が現れる。

 私を見るなり感極まったようにして、


「ミーシャ、本当に美しいわ」


「ありがとうございます。カトリーヌにそう言っていただけると、自信が持てますわ。……最後の仕上げをお願いしても?」


 ルディス帝国における貴族の結婚式では、花嫁のアクセサリーは母親がその手で着けるという習わしがある。

 重要な事情があればその通りでなくても構わないとされているけれど、私は良き友であり、これまで様々な知識を授けてくれたカトリーヌにその役目をお願いした。

 快く引き受けてくれたカトリーヌは恭しく胸元に手を当て、優美な仕草で低頭する。


「謹んでお役目を全うさせていただきます」


 カトリーヌは開かれたジュエリーボックスから一つずつアクセサリーを手に取り、ヘレンの手助けを受けながら私を飾り立てていく。

 まずはルベルト殿下に贈られた、ブルーダイヤモンドのネックレス。


 イヤリングはエリアーナに依頼して、お母様の遺されたサファイアとダイヤモンドのイヤリングをリフォームしてもらった。

 最後にティアラを飾ると、カトリーヌはとうとう堪え切れずといった風に瞳をうるうるとさせ、


「ミーシャのお母様も、きっと誇らしく思っていらっしゃることでしょう」


「……そうであることを願うばかりですわ」


 参列者として出席するため部屋を出たカトリーヌを見送り、ヘレンやソフィーにしばらく一人にしてほしいと頼む。

 静まり返った部屋で「リューネ」と呼びかけると、ふわりと彼が現れた。

 過去を懐かしむように双眸を細めたかと思うと、緩く首を振る。


「人の子の成長は瞬きの間だな。ほんの少し前まで、私の背を必死に掴んでいた少女だったというのに」


 ミーシャ、と。

 リューネは真っすぐな瞳で私を見上げ、


「幸せか?」


 私はにこりと笑んで少々膝を折り、その首元に両腕を回して抱き着く。


「幸せよ。夢見ていた結末よりも、はるかに。ここまで辿り着けたのは、あなたが側にいてくれたからだわ。……私にやり直す機会をくれてありがとう、リューネ。いつだって私の味方でいてくれて、本当にありがとう」


「礼を言うのはこちらだ。私たち精霊の存続のためにと、そなたを利用し無理やり戦わせていたに過ぎないのだからな。この恩は、そなたの命が尽きる瞬間まで返し続けていくと誓おう」


「ふふ、その約束、絶対に守ってもらうわよ」


 久しぶりに過ごすリューネとの穏やかな時間に、積もった疲労と緊張が和らいでいく。

 ほどなくして、扉がノックされた。


「――ミーシャ、そろそろ時間だ」


 気遣うようなシルクの声に、リューネをひと撫でして「また後でね」と一旦の別れを告げる。


「いま開けるわ」


 私が着替えている間は扉前で護衛を務めていたシルクは、『聖女の間』まで私をエスコートする役目も担っている。

 扉を開け、「行きましょうか、シルク」と右手を軽く上げるも、私を見つめる彼はなぜか微動だにしない。


「シルク?」


「あ! わ、悪い! その……ミーシャがあんまりにも綺麗だから、見惚れちまって」


「なんだか前にも似たことがあったわね」


「聖女祭の時だろ? あの時とは違って今回は殿下の許可が出ているから、堂々とエスコートを出来て助かる」


 私の手をとったシルクは、慣れた仕草でその腕に私の指先を導いた。


「ミーシャがとうとうルベルト殿下と結婚かあ。いざその日が来ると、なんだか寂しいもんだな」


「護衛騎士として一緒に皇城に来るというのに、寂しいものなの?」


 シルクは歩く足を止めず、前を向いたまま「そりゃあな」と苦笑交じりに肩を竦める。

 腕に添えた私の手を、もう片方の手でポンポンと軽く叩き、


「なんにせよ、ミーシャの選んだ幸せは俺が守るから、存分に楽しめな。ミーシャのことだ、"皇太子妃"の名を得た後のことも色々と計画しているんだろ?」


「優秀な護衛騎士で助かるわ。大人しく皇城の花になるつもりはないから、馬の手入れば欠かさずしておいてちょうだい」


「仰せのままに、ご主人様」


 ミーシャ、と。

 シルクは歩を止め、眩しそうに細めた瞳で私を見降ろす。


「結婚、おめでとう」


「……ありがとう、シルク」


 それ以上の言葉は無粋な気がして、ただ、言葉通りに受け止め、言葉通りの感謝を返す。

 シルクもまた、それで充分だと言いたげに二カリと笑んでくれた。

 懐かしいような、でもどこか寂しいような心地がしたけれど、見つめ合う私達の静寂は簡単に吹き飛んだ。


「ミーシャ……っ! 光の女神かと思ったが、確かにミーシャだな!? うっ……こんなにも、こんなにも美しく愛らしいお前をこの手で受け渡すなど俺には、俺には……!」


「お兄様!」


 閉ざされた『聖女の間』の扉前で、華々しいジャケットを着こなしたオルガがその腕で顔を覆う。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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