やっと受け取れた愛情
「存じております。こちらの"お嬢様のお部屋"が、お嬢様がお求めになったお部屋になるのです」
「どういう……まさか」
過った可能性に、扉をひと思いに開け放つ。
明るい部屋。壁際のベッドは"公爵夫人"よりも少女に似合う色味で、置かれた椅子も机も、子供が使えるようにと背丈が低い。
そして何より、この部屋の意図をありありと示しているのは、中央に置かれているベビーベッド。
ふらりと近寄ると、ぬいぐるみや木製の玩具にシルクのリボン、そしてイニシャルが刺繍された真っ白なレースのハンカチが静かに佇んでいる。
呆然と見つめる私の背後で、執事が頭を下げた気配がした。
「奥様のお部屋が一番日当たりが良かったため、お生まれになったお嬢様に丁度いいはずだとおっしゃっておりました。内装も、整えらえられたのは奥様にございます。……奥様は、このお部屋にお嬢様がお越しになるのを楽しみにされておりました。予言の日にお生まれになることで、皇都ではきっと周囲が騒ぎ立てるだろうから、暫くはこちらの邸で伸び伸びと過ごしていただくのがいいだろうと」
「……けれど、私が連れてきてもらうことはなかったのね」
「大変、申し訳ございませんでした」
執事は深々と頭を下げたまま、しゃがれた声で続ける。
「我々では力及ばず、お嬢様にも、奥様にも不義理を働くこととなってしまいました。せめてお嬢様に贈り物だけでもお届け出来ないかとも思ったのですが……」
「頭を上げてくださいな。……それでも手入れをして、機会を待っていてくださったのでしょう? お母様も、きっと理解してくださるはずですわ」
私はそっと、ぬいぐるみの頭を撫でる。
真新しい、とは言えずとも、埃のないこのクマには、どれだけの想いが込められているのかしら。
(……さすがに、この部屋の全てを持って行くことは無理ね)
例え本邸に運び込んだところで、近々皇城に行くことが決まっているのだから無意味だわ。
(少しでも自然に持って行けるものを選ぶべきね)
結婚により"皇太子妃"となってしまえば、部屋の調度品ひとつにも品格を求められるしょうから。
残念だけれど、このぬいぐるみも持ってはいけな――。
「――追加の馬車を急ぎ手配しよう」
「!? ルベルト殿下……!?」
振り返ったそこに立つ人に、驚愕を隠せないまま「どうして、こちらに」と呟くと、殿下はふと表情を和らげ、
「オルガから、ミーシャ嬢が元公爵のところへ向かったと報せを受けてな」
「……心配してくださったのですね」
ありがとうございます、と笑んだ私の頬を、殿下は確かめるような指先でそっと撫でる。
「乱暴なことはなかったようで安心した。あとは、俺の訪問があなたの邪魔になっていなければいいのだが」
「目的は果たしましたので、ご安心を。それに……邪魔だなんて、とんでもありませんわ」
頬に添えられた手に己の掌を重ねると、殿下は不自然な間をおいてから「そうか」と手を引いた。
どこかわざとらしく咳払いをして、
「ミーシャ嬢さえよければ、帰りは馬車を共にしないか?」
「私は構いませんが……殿下はよろしいのですか?」
「ああ、近頃働き詰めだったからな。数日のんびりしても支障はない。それに、エルバードを置いてきている」
(エルバードに押し付けてきたのね)
皇都に戻ったら、エルバードに礼をしたほうが良さそうね。
「では、少々お時間を頂けますか? 持ち帰る物を選別いたしますので。応接室にお茶の用意を――」
「この部屋の物は全てミーシャ嬢に贈られたと聞いたが?」
「ええ、違いありませんが……全てを本邸に持ち込んでは、お兄様のお仕事を増やすだけになりますから」
「公爵家の本邸ではなく、皇城の別宮に持ち帰るのはどうだろうか」
思いがけない提案に、「え」と思わず見上げる。
ルベルト殿下は愉し気に両目を細め、
「結婚後、俺達は皇城内の別宮に住む手はずになっている。一通りの支度はしているが、あなた好みに変えてもらって構わない」
「そう……でしたのね。ルベルト殿下は本城にお住まいでしたので、てっきり、私もそちらになるのかと」
「ミーシャ嬢が望むのなら……と、言いたいところだが、こればかりは俺の我儘を通させてほしい。……長年夢見続けていた、あなたとの新婚生活なんだ。出来得る限り、邪魔をされたくはない」
私の手に口づける殿下の、見上げる瞳の色気にドキリと心臓が跳ねる。
(そうよね、新婚生活……)
今更ながら実感を伴ってしまい、言葉を探すばかりの私の心情を悟ったようにして、殿下はにこりとご機嫌に笑む。
「開いている部屋も多い。ひとまずはそちらに運び込んで、ゆっくり今後の用途を考えたらどうだろうだうか。廃棄は当然ながら、時が来るまで手入れを続けてもいいし、素材を再利用して別の物に作り変える手もある。……急いで切り捨てるには、惜しい品々ばかりだろう」
諭すような声色は甘く感じるほどに優しくて、荒れていた心が慰められているような心地になる。
(本当にこの人は、どこまでも私を思いやってくれるのね)
そんなあなただからこそ、私は。
「……甘えさせて頂いてもよろしいでしょうか、殿下」
途端、殿下はなんとも嬉しそうに口角を吊り上げた。
「光栄なことだ。追加の馬車も含め、この部屋の物は全て運び出すよう手配しておく。他に、この邸で必要なことはあるか?」
「いいえ、これで全てですわ」
私はすっと右手を上げ、
「連れ出してくださいますか」
殿下は迷うことなく私の手をとり、己の腕に導く。
「一刻も早くあなたを連れ出したかったのは、俺のほうだ」
歩き出した殿下に連れられ、低頭する執事の前を通り部屋を出る。
「――お戻りくださりありがとうございました、ミーシャお嬢様」
絞り出したような言葉に足を止め、振り返る。
お戻りくださり。
彼は確かにそう言った。私は、この邸に初めて訪れたというのに。
(……いいえ、違ったわね)
視界を埋める"私の部屋"に、彼の言葉の真意を悟る。
この部屋を用意したお母様のお腹の中には、すでに"私"がいたのだもの。
彼らも、産まれた私との対面を待ち望んでいてくれたのね。
(それでも、"また"とは言えないわ)
こっそりと下唇を噛んだその時、執事が頭を上げた。
「お嬢様の幸せを、いつまでもお祈りしております」
「! ……ありがとう」
行きましょう、殿下。促した私に、殿下が頷く。
歩を進めていくと、玄関前には来た時と同じように使用人たちが並んでいた。
中には涙ぐんでいる者まで。
殿下は私の耳元にそっと顔を寄せ、囁く。
「あなたは産まれる前から、愛されていたのだな」
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