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一度目の私が守ってしまった"悪女"

「お兄様のおかげで、楽をさせてもらえたわね」


 テラスで夜風にあたりながら休んでいた私は、ふうと小さく息をつく。

 オルガは親しくしている侯爵家の子息と話があるからと、会場の中。

 おかげで気兼ねなく一人を満喫させてもらっている。


 オルガの言葉通り、彼と踊ってからあきらかに周囲の視線が変わった。

 仲が悪かったのではないかと、驚愕する者。

 ロレンツ家の令嬢として、敬う対象とみなした者。


 これ幸いと仲の良いアピールに徹したおかげか、ダンス後に声をかけてくるのはオルガの知り合いばかり。

 私は簡単な挨拶のみを交わして、あとは微笑みながらオルガにお任せ。

 面倒なアメリアも近寄ってこないしで、一度目を思えばこんなにも楽なことはない。


(もうしばらくしたら、帰りたいと甘えてみようかしら)


 夕刻から始まったこのパーティーは、もう少し夜が深まるとデビュタントを迎える前の子息令嬢は参加できない時間となる。

 婚約者候補としての役目は十分果たせただろうし、今のオルガなら、喜んで帰してくれそうね。


「あの……お休み中のところ失礼いたします、ミーシャ様」


 遠慮がちながらもはっきりとした少女の声に振り返り、会場へと続くドアを見遣る。

 フロアの明かりを背に立っていたのは、緑の髪を結上げた、同じ年ごろのご令嬢。

 少々鋭い目尻に、親近感を覚える。


(この子は……)


「お久しぶりにございます、エリアーナ様」


 エリアーナ・カスタ。

 伯爵家のご令嬢で、アメリアと共に彼女の主催するお茶会に何度か参加したことがある。


(私とアメリアが聖女候補だからと、分かりやすく媚びている子よね……)


 エリアーナはすっと淑女の礼をとり、


「ミーシャ様がご婚約者としてお披露目されましたこの素晴らしい夜に、どうしてもご挨拶をと思いまして。おめでとうございます」


「ありがとうございます。ですがまだ、婚約者"候補"ですわ。正式な婚約者になれるのは"聖女"だけですから」


「私からすれば、ミーシャ様もアメリア様も聖女であるように思えます」


(上手な返しだわ)


 私がアメリアを可愛がっているのを承知して、彼女を下げる発言は避けたのだろう。

 すると、エリアーナはにこりと笑んで、


「ミーシャ様に、お見せしたいものがあるのです。一緒に来てはいただけませんか? ……アメリア様もお待ちです」


(私に、見せたいモノ……?)


 ――もしかして。


 思い出した。一度目の、このパーティーで起きた事件。

 アメリアにべったりだった私がいつもの調子で近づく子息令嬢を蹴散らしている最中、アメリアがお化粧直しにと一人で会場を出た。


『一人で大丈夫ですから、お姉様は会場にお残りください。婚約者候補がどちらも不在とあっては、殿下にご迷惑がかかるかもしれませんから』


 そう告げるアメリアを信じて送り出したものの、なかなか戻ってこない彼女に心配を募らせていた時。

 今のように、エリアーナが現れた。


『ミーシャ様に、お見せしたいものがあるのです。一緒に来てはいただけませんか? ……アメリア様もお待ちです』


 今とまったく同じセリフで私を連れ立ったエリアーナは、会場を出てすぐにある庭園の隅に向かった。

 辿り着いた私の目に飛び込んできたのは、数人の令嬢に囲まれたアメリア。


『ミーシャお姉様! 助けてください……っ!』


 ピンクの瞳を恐怖で滲ませた彼女に、令嬢たちがアメリアを虐めているのだと悟り。

 激昂した私は、令嬢たちの頬を叩いた。


 ――すべてはアメリアを、守るために。

 アメリアはそんな私に心底安堵した笑みを浮かべ、


『必ず、お姉様が助けに来てくださると信じていました』


『頼れるのは、お姉様だけです』


 そう涙を頬に伝わせ、抱きついてきた。

 私はそんな彼女の無垢な姿に騙され、正しいことをしたのだと信じ。

 そして愚かなことに、アメリアを害していると判断した相手はたとえどんな身分であろうと、その頬を叩くことに抵抗がなくなった。


 アメリアが悲しんでいるから。

 その一点だけを真実として、あらゆる子息令嬢の頬を叩いた。


 そうした態度が、ますます私を"悪女"としていたというのに。

 アメリアのためなのだからと、気にも留めなかった。


(同じ過ちは繰り返さないわ)


「こちらにどうぞ、ミーシャ様」


 了承を返した私を連れ立ち、エリアーナが歩を止めたのは、記憶と同じ夜を迎え始めた薄暗い庭園の隅。

 過去の光景と重なるようにして、数名の令嬢と対峙したアメリアが私に潤んだ瞳を向ける。


「ミーシャお姉様! 助けてください……っ!」


(やっぱり、同じだわ)


「……これは一体、どういうことなの」


 私の冷えた声に、令嬢たちがびくりと身体を跳ね上げる。

 その隙をつくようにしてアメリアは私へと駆け寄り、花のように可憐な涙を零した。


「あの方々が突然、よくわからない液体を飲めと迫ってきたのです……!」


「ごっ、誤解です!」


 叫んだのは令嬢のひとり。

 その手には、ワイングラスが二つ握られている。


(ああ、そうだったわね)


 前回の時は有無も言わさずそのワイングラスを取り上げ、周囲の令嬢たちに中身を浴びさせて、グラスを叩き割った。

 それから全員の頬を叩いて、「恥を知りなさい!」と激昂したものだけれど。


(思えば妙な話だわ)


 例えば"中身に何か細工がしてあって"、私達、あるいはどちらかへの嫌がらせが目的なら。

 わざわざ私達二人を同時に連れ出して騒がれるよりも、もっと自然と飲ませる方法をとったほうが効率的でしょうに。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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