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【コミカライズ】悪女にされた銀の聖女は二度目で愛される  作者: 千早 朔


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秘められていた母の愛

『可愛いミーシャ。あなたが"聖女の巫女"としての運命を背負わせた私を恨んでいても、仕方ないと思っています。それでも私は、この選択に後悔はないの。なぜなら……"聖女の巫女"となることで、あなたの命を救うことが出来たから』


「私の命を救えた?」


 どういう意味なのかと、急くようにして先を読む。

 そこには信じられない事実が綴られていた。

 ――私は、生まれる前にお母様のお腹の中で、死に直面した。


『酷い高熱を出してしまったの。元気だったはずのあなたが、段々と静かになっていくことがどれだけ恐ろしかったか。お医者様が、これ以上は子供を諦めて薬を飲むべきだとおっしゃったけれど、私は受け入れられなかった。あなたのお父様にも何度も説得されたけれど、あなたを手放してしまったら死ぬまで後悔に苛まれると分かっていたから、拒絶し続けていたの。だけれど……あの人は、私をとても愛していたから。私が寝ている間に、薬を飲ませてしまった』


「……っ!」


 苦痛が和らぎ熱が下がった後、何も知らないお母様はネシェリ様の加護があったのだと。

 奇跡的に自力で病に打ち勝ったのだと喜んだ。


 けれどもどこかぎこちない使用人たちに、目を合わせない医者。

 自身の回復とは裏腹に胎動が戻ってこないことに疑念を覚え、可愛がっていた侍女の一人を問い詰めた。

 そして、お父様がこっそりと薬を飲ませた事実を知った。


『分かってはいたの。薬を飲む前から、あなたは既に危険な状態だった。あのまま薬を飲まなければ、私とあなた、どちらも助からなかった可能性が高いのだと。それでも……酷く裏切られた心地がして、あなたのお父様に辛く当たってしまった。食事も喉を通らず、昼も夜もわからないほど泣き続けて……気付かないうちに眠ってしまったの。本当の奇跡が起きたのは、その時だった』


 ネシェリ様に会ったの。

 迷いのない、はっきりとした文字で綴られていく、お母様の"奇跡"。

 お母様の前に現れたネシェリ様は、ガブリエラの封印が解けつつあり、彼女が完全なる解放のために自身の"巫女"を作り出したことを告げたという。


 更にはこのままではお腹の子……つまり私は完全に命が絶え、お母様も衰弱した身体と精神ではもって数年の命運だと。

 そしてお母様は、選択を迫られた。


『あなたに"聖女の巫女"としての運命を負わせ、ネシェリ様の聖力を注いだなら命を助けることが出来るとおっしゃったの。ただし、聖力を持たない私の身体は出産に耐えられず、死を迎えることになるとも。私は迷わず選んだ。あなたを、"聖女の巫女"にすると』


 ――愛するあなたを、失いたくなかった。


「……お母様」


 どんな感情を込めて書いたのか、滲むインクをそっと撫でる。

 目の奥にせり上がってくる衝動に、そっと瞼を閉じた。


「本当に、私を愛してくださっていたのね」


 望まれない命ではなかった。

 私は、お母様に愛されて、産み落とされた。


 安堵に震える吐息を自覚しながらも、心を落ち着けて再び手記へと目を走らせる。

 どれだけ恨んでも構わないと。身勝手に厳しい運命を押し付けて申し訳ないと繰り返すお母様は、更に衝撃的な事実を綴っていた。


『あなたのお父様と私の大切な親友には全てを打ち明け、私の分もあなたを愛してほしいと頼んだから、安心して運命の時を迎えられます。可愛いミーシャ。私の大切な娘。あなたがいつまでも笑顔であれるよう、光溢れる幸福を願っています』


 この"大切な親友"とは、きっと皇后陛下のことね。

 それにしても、まさか。


「お父様は、全てを知っていたですって?」


 お母様の不安も、絶望も、命をかけた決断も。

 書かれた文字からでも伝わる私への深い愛も、自分の分も、私を愛してほしいと願っていたことさえも。


「――冗談じゃないわ」


 湧き上がる怒りに手記を抱え、部屋から飛び出した。

 足早に廊下を進んで行く私をシルクとソフィーが追ってきて、幾度も声をかけられているけれど、何一つ耳に届かない。


「――お兄様!」


 執務室の扉を無遠慮に開け放つ。

 目を丸める彼に、これは決定事項だと込めて堂々と宣言した。


「お父様のところへ行って参ります。どうしても今すぐに、話をしなくてはなりません」



***



 領地のブルッサムへは馬車で三日ほど。

 お母様が愛したというこの地に、はじめて踏み入れる。

 当然、お父様の暮らす別邸へ訪れるのも初めてだけれど、不安はない。

 この胸には、私の心を守ってくれるお母様の手記があるから。


 馬車が到着すると、オルガが送ってくれた早馬で私達の訪問を知っていた門番は、すんなりと扉を開いた。

 シルクの手を取り馬車から降りる。

 草木の豊かな庭と、温かみのある佇まいの邸宅は、想像よりもこじんまりとしている。


(確かに、お母様が好みそうだわ)


「ようこそお越しくださいました、ミーシャお嬢様」


 出迎えとして整列し、頭を下げる使用人の数は最低限といったところかしら。

 若い者はなく、歳を重ねた人が多い。


「……お父様は、どちらに?」


 この邸宅の執事と思われる初老の男性が、「ご案内いたします」と慇懃に頭を下げ背を向ける。

 ザハールの館を取りまとめているルーンとも、本邸でお兄様に忠義を尽くすマークスともまた違った、悪く言えば存在感の薄い印象の人だわ。


 「……こちらにございます」


 少々曲がった背でゆっくりと頭を下げた彼は、扉に向き直り「旦那様」とノックを数回。


「ミーシャお嬢様がおいでです」


 数秒の間の後、荒々しい足音と共に扉が開かれた。

 憤怒を露わにする目的の男の姿に、私はわざとにっこりと微笑む。


「お久しぶりにございます、お父様」

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