託された愛情
「帝国の月、皇后陛下にご挨拶を申し上げます。ミーシャ・ロレンツにございます」
カーテシーをしようと視線を下げた、刹那。
「ああ、ミーシャ嬢……! やっとあなたとお話が出来るのね!」
ガシリと手を掴まれ顔を跳ね上げると、感極まった様子の皇后陛下と視線が合う。
その輝かしい瞳が歓喜を伴って潤んでいるものだから、戸惑いに息をのんでしまった。
「あ……私も、皇后陛下とお話出来る光栄を嬉しく思います」
「もっと気楽に話してくれて構わないわ。だってあなたはもうすぐ、私の"義娘"になるのだもの」
「母上」
制止の意図を含んだルベルト殿下の声に、皇后がはっと顔を上げる。
それからすまなそうに笑んで、
「ごめんなさい、私ったら。まずは座って? ドレスの仮縫いで疲れているでしょう」
椅子まで手を引いてくれる皇后からは、純粋な気遣いしか感じられない。
(もっと値踏みされるだろうと思っていたのに)
促されるまま腰かけると、いつの間にか側に立っていた殿下がティーポットを手にして、私のカップに紅茶を注ぎ始めた。
(いけない)
殿下、と顔を見上げた私に、ルベルト殿下はくすりと微笑み、
「愛する人を労わっているだけだ。見送りも出来ずにすまない」
次いで殿下は皇后陛下の側へと歩を進め、そのカップにも紅茶を注ぐ。
「俺の大切な人です。くれぐれも、無理はさせないようお願いします」
「そうね、これが最初で最後というわけではないものね。私にとっても特別な子だもの。早めに解放するわ」
「よろしくお願いいたします」
ペコリと軽く頭を下げポットを机上に戻した殿下は、「それでは、ミーシャ嬢」と私の手を掬い上げる。
「次は、二人でゆっくり過ごせるよう準備をしておく」
指先にちゅ、と口づける殿下に「楽しみにしておりますわ」と笑み、部屋を去る彼を見送った。
(皇后陛下を前にしても、私への態度を変えないのね)
いえ、むしろ、わざと"見せつけて"くれたのかもしれない。
皇后陛下に勧められ紅茶に口をつけると、彼女もまたカップを持ちあげて微笑まし気に瞳を細める。
「安心したわ。あの子、強引な所があるから、ミーシャ嬢を困らせているのではないかと心配だったの。ちゃんと受け入れてもらえていたのね」
「ルベルト殿下は素敵な方ですわ。受け入れてもらえたのは、私のほうです」
「あなたがこの結婚を悲観していないことが、何よりの幸運だわ。……もしもあなたがあの子を疎んでいたとしても、"聖女の巫女"である以上、私達はあなたに望まない結婚を強いらなければならなかったから」
カップを置いた皇后は、真剣な眼で私を映す。
元から綺麗に伸びていた背に、微かな緊張が走ったように見えた。
「まずは、謝罪をさせてちょうだい。帝国のためと銘打って、過酷な人生を強いてしまったわ。こんなことならもっと……早くに手を打つべきだったわ。実をいうとね、"審判の日"に真実が明らかになった後は、あの子には他国に渡ってもらうつもりで準備をしていたの」
「――え?」
皇后陛下は苦笑して、お伽噺をするようにして紡いでいく。
新しい名と身分。小さくも手入れの行き届いた邸宅に、数名の使用人。
父親も一緒に渡れるように、慎ましやかに過ごせるだけの収入を見込める仕事も用意されていたのだとか。
「ガブリエラの巫女である"悪女"を葬らなければ、この国は滅びる。神殿に遺されているネシェリ様の神託は絶対だと、理解はしていたわ。けれど生まれたばかりのあなたたちを見たときに、あまりに理不尽だと思ってしまったの。どちらの母親もその命をかけて、愛すべき命を産み落としたのにって。なのに、結局私は何も出来なかったわ。……あなた達に、命を奪い合わせてしまった」
「っ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
「皇后陛下は、どちらが"聖女の巫女"か、ご存じだったのですか……?」
陛下はアメリアが他国に渡れるよう、準備をしていたと話した。
それでは、まるで。
「確証のない"可能性"の範疇ではあるとはいえ、私はそう信じていたわ。キャリーが……あなたの母親が、私にそう話してくれたから」
「!?」
(お母様が?)
驚き固まる私に、皇后陛下は悲し気な光を携えながらも微笑む。
「キャリーとは、とても仲が良かったの。この場所も、何度も彼女と一緒に訪れたわ。……大切な、友人だったの」
「あ……」
懐かしむ瞳にこもる愛おしさに、私は「申し訳ございません」と即座に頭を下げた。
血の気が引く。近頃私に"優しい"人に囲まれ過ぎていて、忘れかけていた。
多くの人に愛されていたお母様の命を奪ったのは、紛れもない私。
「私の、せいで、皇后陛下の大切な方の命を奪ってしまい――」
「違うわ。そうじゃないのよ、ミーシャ嬢。落ち着いて、どうか私の話を聞いてちょうだい」
「っ!」
いつの間にこちらへ来ていたのか、強く抱きしめられて息をつめる。
すると、あろうことか皇后陛下は私の眼前で両膝を地につき、砂糖菓子を持ちあげるような慎重さで私の両手を包んだ。
「いけません、皇后陛下! どうかお立ちになってください……っ!」
「いいえ、私はあなたに謝らなければならないの。ミーシャ嬢、キャリーはあなたをとても愛していたわ」
皇后陛下の握る手に、力がこもる。
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