私のための味方
すると、ルクシオールは「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「今回のように、"ガブリエラの巫女"が誕生したのは僕にとっても初めての経験でした。"聖女の巫女"は当代に一人だけ。どうしても、"聖女の巫女"に封印の儀を執り行っていただく必要がありました」
「……だから、私が死ぬ必要があったのね。"聖女の巫女"としての能力を開花させられる、新たな少女の誕生を待つために」
「はい。結局、新たな巫女の誕生よりも早く、精霊たちがミーシャ様を回帰させてしまいましたが」
「……」
そもそも、一度目の私が"聖女の巫女"として目覚めていれば。
"もしも"を繰り返すことはあれど、真実を知った今でも"死んで当然だった"とは納得出来ない
私は「ルクシオール」と小さく息を吐きだし、
「以前の生で私を陥れ、死へと導いたあなたを許せはしないわ」
「……無理もありません。ですがどうか、今後も"聖女の巫女"としてのお役目にはご協力をお願いしたく――」
「私は、一度目の私とは別の人間よ。それはルクシオール、あなたにも言えるわ」
「っ」
息を呑んだルクシオールが、戸惑いの瞳を向けて来る。
私は口角を上げて微笑み、カップを手にした。
「あなたのことは許せないけれど、私の目の前にいるあなたはずっと私を手助けしてくれていたわ。それこそ、アメリアを葬るためにと"切り札"まで使って」
そう、それが今の私にとっての真実。
紅茶を嚥下すれば、穏やかな熱が喉をつたい腹に落ちる。
前の生で飲んだ紅茶は、どれだけ思い返そうと私の身体を温めてはくれない。
「"ルクシオール"への恨みはなかったことには出来ないけれど、前の生に縛られたくはないの。……これからも、私のために尽してちょうだい」
「ミーシャ様……」
途端、ルクシオールがすっくと立ちあがった。
と、ほんの数歩移動して片膝をつくと、私のスカートの裾を僅かに持ちあげ、口づけを落とす。
「ネシェリ様の祝福の下に誓いましょう。この身体が朽ちるその日まで、僕の全てをミーシャ様にお捧げします」
(出会った時から仕草が少々過剰なのは、ネシェリ様への忠義と何度も繰り返してきたがゆえなのかもしれないわね)
ともかく、これでルクシオールも、心配ない。
いくらアメリアがいなくなったとはいえ、私を陥れんとする人間がいなくなったわけではないから。
有事に信頼できる人間は、はっきりさせておく必要があった。
(ルクシオールがちゃんと味方で、よかったわ)
私はそっと手を伸ばし、ルクシオールの片頬に触れる。
「私のためにも、きちんと責務を全うしてくださいね。"大神官様"」
***
「やっぱり思った通りです! さすがはミーシャお嬢様、こんなにも華やかなドレスでもいっそう美しさを増すばかりで……裾の刺繍はもっと増やしますね!」
「もっと? 今でも充分だと思うのだけれど、ヘレン」
「いーえ、ワタシを信じてください! 国中が憧れるような、最高の一着をお仕立てします!」
(目をキラキラさせちゃって……こうなったヘレンは、誰も止められないわね)
数名の手を借りながら、仮縫いのドレスを脱いで着替える。
まるで宝石箱を扱うような慎重さでトルソーに戻されたのは、純白のウエディングドレス。
(まさか、こんなにも急かされるなんてね)
"聖女の巫女"として洗礼を受け、ルベルト殿下の正式な婚約者として発表されるや否や、近々結婚式を執り行う予定だと報知までされてしまった。
首謀者は皇帝陛下。ルベルト殿下いわく、"聖女の巫女"を確実に皇室に取り込む狙いに加え、私を守るためでもあるという。
「アメリア嬢に心酔し支持していた者が、あなたを襲う危険性がある。早急に俺と結婚させ、皇太子妃として皇城での厳重な警護を考えていらっしゃるようだ」
殿下は私に、「すまない」と謝った。
本当ならば、もう少しオルガとの時間をとってやりたかったと。
(あまりに性急すぎると怒るオルガを宥めるのも、大変だったわ)
思うところはあれど、皇帝陛下の命に逆らえるはずもなく。
結婚さえすれば過程は好きにしていいとの"ご配慮"をたっぷりと利用し、ウエディングドレスは聖女祭の時と同様に、ヘレンを始めとする"ベルリール"と皇城の衣装班のスペシャルチームにお願いしている。
これまで皇家は皇室御用達の仕立て屋に依頼するのが主流だったけれど、嫁いだ後も"ベルリール"を使ってもいいとお許しを貰えたのは大きい。
もちろん、アメリアのドレスを多く手掛けていた皇室御用達の仕立て屋にも、適宜注文をいれてあげないとね。
(アメリアが"悪女の巫女"として処刑されてから、売り上げが一気に落ちてしまったというし)
加えて今回、ウエディングドレスの仕立ても出来なかったのだから、相当参っているでしょうね。
(あの店は一度目の時もアメリア派だったから、気分がいいけれど)
彼らも巻き込まれた被害者といえばそうでもあるから、少しは助けてあげないとね。
すると、衣装班の一人が「ご報告いたします!」と慌てた様子で駆けてきた。
「皇太子殿下がお越しにございます!」
「ルベルト殿下が? ……お通しして」
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