怪鳥の真実
ルクシオールは紅茶に口をつけ私が座るのを待ち、
「まず大前提として、己で種を繋いでいく生物とは異なり、精霊は超自然的な存在です。生物よりは神に近く、自然界との結びつきが深い。……"グラッグイフ"は、生物でした。ですが微力ながら魔力を持ち、人間の言葉を理解し利用するだけの頭脳があったのです」
ゆっくりと下ろされたカップが、カチャリと音を鳴らす。
「己が周囲の"生物"と異なることは、すぐに理解しました。ですがいくら言葉を理解しようと、人の言葉を話すことは出来ませんでした。鳥の身でも言葉を真似る種があるというのに、不思議なものです。次第にもどかしさと孤独に苛まれ、精霊の側に居場所を求めましたが……やはり精霊とも相容れず、あらゆる存在における"異質"となるしかありませんでした」
そんな時、ガブリエラと出会ったのです。
ルクシオールは懐かしむように、双眸を細める。
「生まれながらにして強力な魔力を持っていた彼女もまた、"異質"な存在として孤立していました。出会った頃のガブリエラはまだ"魅了"の力はなく、ただ、強い野心を秘めた女性でした。側で自分の手助けをしてほしいと言ってくれた彼女に、救われた心地で生活を共にしていました。鳥の身体を持ちながら、人間の言葉を理解する能力を生かし、ガブリエラと共に他者を陥れたことは一度や二度ではありません。それでも、僕にとっては満たされた日々でした」
穏やかだったルクシオールの表情に、陰りがさす。
「運命の時は、突然やってきました。魔力の研究を続けていたガブリエラが、ついに"魅了"の力を手に入れたのです」
ルクシオールはぐっと目を閉じ、
「そこからは、あっという間でした。彼女は瞬く間に多くの有権者を惑わし、あらゆるモノを手にしました。美しい家に使用人、高級な装飾品、豪華で美味な食事。そしてついには、王の寵愛まで」
王の寵妃となったガブリエラは、贅の限りを尽くした。
民は見捨てられ、多くの者が飢えや病で命を落とし、また一つ、また一つと土地が荒廃していく最中、奇跡のように一人の少女が現れた。
それが、聖女ネシェリだった。
「王宮の中はガブリエラの"魅了"によって、使用人はもちろん、出入りの多い貴族たちまでガブリエラに心酔していました。しかし、一人だけ。亡くなった王弟の息子だけは、正気を保っていました。彼は王によって、離宮で幽閉されているも同然の生活をしていたがために、ガブリエラとの接触がなかったのです」
「……ネシェリ様は、その方を救われたのね」
ルクシオールは頷いて、
「すっかり僕を都合のいい"駒"として扱うガブリエラに嫌気がさし、"聖女"としての責務を全うしようと奮闘するネシェリ様に仕えることを決めました。ガブリエラの"下僕"という人々の共通認識を利用し、ネシェリ様を随分と手助けしたものです。そしてついに、ネシェリ様と青年はガブリエラを討ち、腐敗した王宮内の人間を追放しました。そして民に祝福されながら、二人は新たな王と王妃となったのです」
「ちょっと待って」
私の制止に、ルクシオールの瞳が向く。
「"グラッグイフ"がネシェリ様に協力していたのなら、なぜ、未だに"ガブリエラが使役していた死を運ぶ怪鳥"などと伝わっているの?」
「ガブリエラは国を破滅させるほどの"美女"とされています。伝承に憧れ、封印を解こうと考えるような愚か者が現れた時のためでした。おかげで今回、"グラッグイフ"を味方だと信じこんだ"ガブリエラの巫女"を欺けました」
(やっぱり、ルクシオールが裏で糸を引いていたのね)
「あなたが何度も生まれ変われるのは、その魔力のおかげなの?」
「……魂が廻らぬようガブリエラをあの洞窟に封印したネシェリ様は、いずれ封印が弱まることを理解していました。故に僕に、"聖なる力"を分け与えたのです。魔力を所持している僕ならば、"聖なる力"と共に魂を廻らせることが出来るだろうと」
「……ネシェリ様は"聖なる力"を持つのに、魔力を有していなかったから生まれ変われないということ?」
「ネシェリ様は神が選び、力を与えた"愛し子"です。神の与えた責務を全うした後は、神の領域で永遠の安らぎを約束されていました。故に彼女は、自身の"巫女"に託し続けるしかなかったのです」
(だからルクシオールが、ネシェリ様の代わりに"聖女の巫女"の"監視"を担っていたということ)
処刑の間際、アメリアが"見ているだけのネシェリなんかに"と言っていたけれど、ネシェリ様が直接巫女に関われないことを知っていたのね。
対してガブリエラは、封印が弱まれば弱まるほど、その魔力を巫女であるアメリアに授けることが出来た。
(ネシェリ様が関与できないのなら、せめて神が少しでも手を貸してくれればいいのに)
大方は理解できた。
だとしても、引っかかる。
「……どうして私の"一度目"の生を知っているの。私は生まれ変わったわけではないわ」
ルクシオールが、「僕も驚きました」と肩をすくめる。
「ある日突然、"体験していないはずの人生"の記憶が脳に飛び込んできたのです。どうやら僕は、全ての"グラッグイフ"としての記憶を引き継げるようですね。おかげでこの生のミーシャ様は非常に努力されていると、早々に気づくことが出来ました」
「……」
あまりに情報が多すぎて、怒るべきなのか呆れるべきなのか分からない。
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