予想外の黒幕
「殿下は皇帝陛下への報告義務がありますでしょう? 今の私には陛下と対峙する気力はありませんし、神殿でネシェリ様に祈りを捧げているとなれば、"お呼び出し"にも猶予をいただけるはずです。どうか私のためにも、神殿に向かわせてくださいませ」
じっと見つめながら懇願すると、殿下はぐっと目を閉じ「わかった」と呻くように告げた。
「ならせめて、馬車へは俺に任せてほしい」
「……では、甘えさせていただきますわ」
きっとこれは、殿下なりの譲歩なのだろう。
ならば私も、少しは折れてあげなくては。
殿下は私を馬車まで運ぶと、ルクシオールを呼びつけ同乗するよう促す。
「俺の大切な婚約者だ。今後も神殿とは友好的な関係でいるためにも、僅かな"間違い"も起きないよう、くれぐれもよろしく頼む」
「……承りました。最善を尽くさせていただきます」
殿下の命を受けて馬車の護衛として数名の騎士が同行したけれど、神殿についてからは、シルクだけを残して皇城に戻らせた。
ネシェリ様への祈りは勿論、"休息"のためにも気心の知れた人だけにしたいと理由を告げたけれど、それはあくまで表向き。
本当の目的は、別にある。
「本当にお疲れ様でした、ミーシャ様。簡単な焼き菓子で申し訳ありませんが、お口に合いましたか?」
神殿の、大神官であるルクシオールの執務部屋には、庭園を見下ろせる小さなバルコニーがついている。
そこに用意された紅茶と焼き菓子をゆったりと楽しみながら、現れたルクシオールが対面の席に腰かけるのを待って、
「シルク。呼ぶまでルクシオール様と二人で話をさせてくれるかしら。扉前で、人払いをお願い」
「……承知しました」
シルクの"主人"は私だけれど、ルベルト殿下のおかげで未だ騎士団の所属となっている。
おかげでこうして、帝国騎士団という"監視"を追い払うのに丁度いい。
私の"命令"に従ったシルクが退出するや否や、ルクシオールは「少々、意外でした」と目元を緩め、
「あれほどミーシャ様を大切になされているルベルト殿下が、"目"にはなり切れない彼をミーシャ様の側に置くとは。よほど自信がおありのようですね」
「それだけ私を信頼してくださっているということですわ。例えばこうして、皇帝陛下への報告すら免除して、神殿に送ってくださるほどに」
殿下は敏い人だから、私の"休みたい"という言葉をそのままに受け止めているとは思えない。
そしてそれは、目の前にいる、この人も。
見つめる私に微笑む彼は、きっと私の目的を分かっていて待っているのでしょうね。
「……単刀直入に訊くわ。ルクシオール、"グラッグイフ"の名を騙ってアメリアに近づいたのは、あなたね」
「…………」
(否定も肯定もなし、ね)
穏やかな微笑みを貼り付けたままのルクシオールは、微塵の動揺も見せない。
私は嘆息交じりに、
「聖女祭の三日目、私を店から連れ出した男と、アメリアを洞窟に運んだ御者は同じ人物だったわ。あの男は神殿ではなく、あなたに仕えているのでしょう?」
声に違和感を覚えて急ぎリューネに顔を確認してもらったけれど、やはりあの男は同一人物だった。
あの時、ルクシオールは"僕の配下にある者"と言った。
そうなると、自然と答えが浮かび上がってくる。
「私はあの香水瓶のネックレスをアメリアに渡して、動きがあれば教えてほしいと頼んだだけよ。わざわざ御者を用意してアメリアがあの洞窟に向かうよう誘導し、あなたとルベルト殿下しか知り得なかった"テネスの花"を利用して窮地に追い込むなんて……あなたにしか出来ないわ」
私はルクシオールを睨むようにして見つめ、
「全てが終わったら明かすと約束したのも、あなたよ。"悪女の巫女"だったアメリアは処刑され、私は正しく"聖女の巫女"としての洗礼を受けた。約束を守ってちょうだい」
ルクシオールは「そうですね」と瞼を伏せた。穏やかな口調のまま、
「少々、誤りがあります。僕は"グラッグイフ"の名を騙ったのではありません」
「……残念だわ、ルクシオール。あなたのこと、信頼していたのに」
「嘘ではありません。なぜなら……偽りなく、僕が"グラッグイフ"なのです」
「!?」
(ルクシオールが、"グラッグイフ"?)
「っ、"グラッグイフ"は悪女ガブリエラの使役していた怪鳥でしょう? あなたは、どう見たって人間だわ。それに、ガブリエラの味方なら私ではなくアメリアを生かすはずよ……!」
思わず立ち上がった私に、ルクシオールは一呼吸おいてから、
「確かに"僕"はガブリエラと行動を共にしていました。しかしそれは、一時だけです。ネシェリ様が聖女として現れた後は、彼女へ忠義を誓い、ガブリエラの封印にも手を貸しました。そしてネシェリ様が神のもとに召されてからは、"聖女の巫女"が正しく役目を全うするよう、見守り続けています」
金色の瞳が、確信を持って私を映す。
「ミーシャ様。以前の生のあなたは、あまりに不適格でした。故にあの決断は……あなたの死は、致し方なかったのです」
「! どうして、それを……! 決断って、まさか……っ」
「以前の生で"テネスの花"の情報をあなたに伏せていたのは、僕です。アメリア嬢の動きから、あなたが策に嵌りルベルト殿下に処刑されるだろうことは、予測出来ました。それを、僕は利用したのです。あなたが、確実に死ぬようにと」
「なっ!?」
衝撃と、困惑と、忘れることのない怒りと。
ぐちゃぐちゃに絡み合う感情に、いまだ不可解な彼の発言が重なって、脳が上手く働かない。
言葉も発せないまま立ちすくむ私に、ルクシオールは苦笑を浮かべながら、
「お座りください、ミーシャ様。長くなりますが、全てをご説明します。どうか、聞いてくださいますか」
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