悪女の封印
「お邪魔をして申し訳ありませんが、封印の方法は聞けましたか? ミーシャ様」
尋ねてきたのはルクシオール。
私は「え、ええ」と一歩を退いて殿下と距離をとり、彼を見遣る。
「"テネスの花"に聖なる力を流し込むそうです。ただ、ネシェリ様の巫女である私でなくてはいけないようですわ」
するとルクシオールは「やはり、そうなのですね」と心得ていたかのように頷き、
「ミーシャ様は、"テネスの花"を介した封印をお願いできますか。僕はこの地の"浄化"をしておきます」
ちらりとリューネへ視線を遣ると、「それがいいだろう」と頷く。
「そなたの"聖なる力"を封印だけに使えるのなら、より強固な封印が可能だ。"浄化"の余力を残す必要がないからな」
「では、"浄化"につきましてはルクシオール様にお願いしますわ」
「お任せください」
ルクシオールが胸元に手をあて、了承を返してくれる。
段取りは整ったと、私は心配気に眉根を寄せる殿下に視線を戻し、
「万が一があってはいけませんから、殿下は洞窟の外に出られたほうがよろしいかと」
「心配ない。ミーシャ嬢に"万が一"が起きるほうが問題だ。側で見守らせてほしい」
「……殿下がそれでよろしいのでしたら」
頷いた私に、殿下がほっとしたようにして微笑む。
(本当、こんなにも甘い人だなんて思わなかったわ)
ドキドキと胸を打つ心臓をひっそりと宥めながら、ガブリエラの墓標へと歩を進める。
その名を遺すことも許されなかった"悪女"が眠っている場を示すのは、簡素な石だけ。
封印の役目を果たしているはずの"テネスの花"は、その周囲だけ不自然に枯れている箇所が多い。
(枯れた花の下から、酷く濃い"穢れ"が流れ出ているわ)
本来ならきっと、この"穢れ"はあっという間に洞窟内を覆ってしまうでしょうけれど。
淡く光る"テネスの花"が、その"穢れ"を取りこんで浄化しているおかげで、そこまで酷い状態にならずに済んでいたのね。
(それでも、このままでは時間の問題だわ)
一度目の時は、もっと花の数は少なかった。
あの時の洞窟内は、すでに"穢れ"で満ちていたのかもしれないわね。
私は両膝を折ってかがみ、そっと枯れた花に触れる。
「加減を間違えないよう、私が手助けしよう」
「ありがとう、リューネ。……始めるわ」
目を閉じて、呼吸を溶け込ませるようにして花へ"聖なる力"を流すイメージを作っていく。
温かな指先から注がれたそれは、一つの花を芽吹かせ、その一輪を起点にどんどん広がっていくように――。
「――充分だ、ミーシャ」
「っ」
リューネの声にはっと意識を切って目を開ける。
途端、飛びこんで来たのは"テネスの花"が所狭しと咲き誇る美しい景色。
淡く光る花弁が身を寄せ合っていて、洞窟内が光り輝いているように見える。
その美しさに目を奪われていたのも束の間、
「ミーシャ嬢」
酷く焦った声に振り返ると、すぐ後ろに殿下の姿。
(いつの間に)
と、彼は私の両肩を掴むと、背を丸めて視線を合わせるようにして、
「身体は無事か? 息苦しかったり、不調を感じるところはないか?」
「あ……いえ、少し疲れた感覚はありますが、心配ありませんわ」
「何を言う、"疲れた感覚"があるのだろう? 急ぎ城へ運ぶから休むといい。少々失礼する」
え、と思った次の瞬間には、ぐいと身体が持ちあげられて横抱きにされていた。
「で、殿下!?」
「馬車まで運ぶだけだ。俺に任せてくれ」
「こんな、大袈裟ですわ……っ!」
「大袈裟なものか。"聖なる力"を使うというのは、あなたの生命力を削ると同義なのだろう? こんな……圧倒的な封印の力を目の当たりにしては、安心など出来ない」
「! 殿下、どこでそれを……」
"聖なる力"の代償について、殿下に告げた覚えはない。
すると、殿下は物言いたげな目で見下ろしながら、
「"テネスの花"について報告を受けた時に、大神官殿に聞いた。あなたを大切に思うのなら、今後大衆に"聖女の巫女"として披露したとて、その活動に慎重になるべきだと。……本音をいえば、ミーシャ嬢から直接聞きたかったが……あなたにはあなたの考えがあったのだろうと、理解している」
「殿下……」
(どちらかというと、理解しようと"努力してくれている"ってところかしら)
どこか拗ねているような雰囲気が見え隠れしているのは、そういう理由だったのね。
「言い訳を許してくださるのでしたら、いずれお話するつもりでしたわ。……どうしても、あの瞬間までは"聖女の巫女"であると隠しておきたかったのです」
「そうだろうな。だからこその、あの"誓約"だったのだろう」
私は苦笑を向け、
「いずれ、きちんとお話いたしますわ。ですので殿下、どうか今回ばかりは、私の我儘を許してくださいませんか? 皇城ではなく、神殿に向かいたいのです」
私の言葉を聞いた殿下が、ピタリと足を止める。と、
「それは、俺よりも大神官殿が頼りになるということだろうか」
「私はすでに"聖女の巫女"としての洗礼を受けました。ネシェリ様に、再び封印を行ったことをご報告したいのです。それに、神殿はネシェリ様をはじめとする歴代の"聖女の巫女"様方の気配が濃く残っておりますから、精霊様にとっても安らげる場所なのですわ」
「…………」
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