悪女の終焉
グラッグイフ! と。鬼気迫った勢いで、アメリアが咆哮する。
「出て来なさい、グラッグイフ! 見ているのでしょう!? うまくいくと言ったのはあなたじゃない!」
(グラッグイフですって?)
「分かっているの!? ガブリエラ様が再び封じられてしまうのよ! あなたのせいで! 早く私を助けてよ!!」
取り乱し暴れるアメリアを、騎士たちが押さえつける。懺悔は拒絶したと判断されたようで、ルクシオールはアメリアに背を向け壇上から降りていった。
アメリアはきっと私を睨み上げ、
「私を排除すれば、幸福になれるとでも? 呪ってやるわ! 私の魂をかけて呪ってやる! アンタは死ぬまで私の幻影に苦しむのよ、お姉様!」
(憐れなものね)
絶望を味わった私にとって、そんな敗者の"呪い"などちっとも恐ろしくはない。
それに、あなたには理解出来ないでしょうね。
復讐ために生きて来た二度目の私が、今、どれだけの歓喜と達成感を味わっているのか……!
(さようなら、アメリア。あなたのおかげで、私は本当の"聖女の巫女"になれたわ)
断頭台に引きずられていったアメリアに、民衆の声がいっそう大きくなる。
首が固定された後も最後まで、アメリアは叫び続けていた。
「ガブリエラ様! どうかお力を! 愛されるべき私に、正しい運命を!」
私は両手を組み合わせ、祈る姿を象る。
アメリアの救済を願うためではない、最期の勝利を確実にするための仕草。
ひときわ大きく歓声があがる最中、落下した鋭利な刃が終焉の鮮血を散らした。
***
アメリアの処刑後、私は神殿にて急ぎ"聖女の巫女"としての洗礼を受けた。
というのも、アメリアが"グラッグイフ"の名を出したことで、ガブリエラの封印が間もなく解けてしまうのではないかという不安の声があまりに大きくなりすぎてしまったから。
そのため、正式な"聖女の巫女"となった私と大神官であるルクシオールでガブリエラの魂の再封印を行うと、皇帝が宣言したのだ。
(アメリア派だった貴族の処分も出来ていない最中だし、しかたのないことね)
"聖女の巫女"としてのお披露目もそこそこに、私達はルベルト殿下の率いる帝国騎士団の騎士たちと共に、ガブリエラの洞窟を訪れた。
すると、再封印のために現れたリューネは洞窟内をぐるりと見渡し、
「今回は随分と"テネスの花"が残っている。ミーシャがあの巫女に好き勝手されまいと、奮闘し続けた成果だな。心酔する者が増え"魅了"の魔力が増せば増すほど、ガブリエラの封印が解け"テネスの花"も朽ちていただろう」
ご機嫌なリューネがくっと鼻先を向けた先には、処刑されたアメリアの遺体が埋められている。
巫女であったその魂も、ガブリエラと共に封印するためだという。
(これでもう、あの世でもあなたに会うことはないわね、アメリア)
一度目のあなたが私の魂を封じれず、この二度目を赦したことこそが、"ガブリエラの巫女"であることの何よりの証拠ね。
「リューネ、どうしたら再封印が出来るの?」
「簡単だ。"テネスの花"に聖なる力を流し込めばいい。この花は聖女ネシェリの遺した、封印の術が込められた特別な花だ。彼女の巫女が聖なる力をこの花に与えると、封印の術が作動し新たな花も咲く」
ネシェリは、と。
リューネはどこか遠くを瞳にうつし、
「元はただの人間の少女だ。邪悪な魔女が生まれてしまったことで、神に聖なる力を宿す器として選ばれた。故にいずれ魔女の封印が弱まることも、己の巫女に再封印を託す必要があることも理解していた。……因果を築いたのは神だというのに、ネシェリは随分と心を痛めていた。どうか恨まないでやってくれ」
「…………」
もしも私が、"聖女の巫女"でなければ。
考えたことがないとは言えない。むしろ、感謝した回数よりも、疎んだことのほうが多いと断言できる。
それでも。
「"聖女の巫女"でなければ、リューネとは出会えなかったもの。大好きなあなたの存在すら知らない方が良かっただなんて、言えないわ」
私は純粋な"聖女"ではないから、この運命にまったくの恨みを持たないとは言い切れない。
それでも。全てを否定することは、同じくらい難しい。
リューネは面食らったように目を見開いてから、ふと嬉し気に和らげた。
私へと頭部を寄せ、
「こうしてミーシャの側にあれることは、私の誇りだ」
「そう言ってもらえて、嬉しいわ」
美しい銀の毛並みを撫で、言葉に出来ない感謝を込める。
すると、
「精霊殿とは随分と仲がいいのだな」
ルベルト殿下にリューネの姿は見えないはずなのに、物言いたげな双眸はじっと私の手元を見つめている。
「子供の時から、ずっと一緒でしたから」
「……もしや、寝所も共にしていたのか」
「ええ。眠れない夜は、随分と慰めてもらいましたわ」
「慰め…………」
途端に殿下の空気が冷えたものに変わる。
と、殿下はぱっと私の手を取り上げると、もう片方の手で私の頬を撫で、
「今後は俺がいる。精霊殿には、専用の部屋を用意しよう」
まるで抱きしめられているかのような密着した体制に、言葉がうまく出てこない。
見上げた殿下はきらきらとした笑みを浮かべているけれど、声に怒気が見え隠れしているのは気のせいかしら。
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