あなたが"悪女"で良かったわ
「――これは、かつてネシェリ様がお使いになった"治癒"の光ですわ」
凛と通った私の声に、人々が口を噤み注目する。
その視線を全身で受けながら微笑んだ私は、はっきりとした口調で、
「悪女ガブリエラの魂の復活が目前となったこの国の危機を救うべく、ネシェリ様はかつて愛した精霊たちに自身の巫女への協力を願ってくださいました。聖女そのものではない"治癒"の力は、ネシェリ様のそれには及びません。ですが今、皆様が体感している"奇跡"こそ、私が"聖女の巫女"である証ですわ」
すると、誰かが「そんな……っ!」と悲鳴に似た声をあげた。
「目が……っ! はっきりと見える! 色がおかしくなってからもう長いこと医者に治療は無理だと言われていたのに! はは、そうだ! 世界はこんなにも美しい色だった!」
「信じられない! 私の腕が上がるわ! ずっと痛くて上がらなかったのよ!」
「声が出る! しゃがれた声しか出なくなっていたのに! 歌までうたえるぞ!」
「見て! 子供の痣が消えたの!」
(うまくいったようね)
私が願ったのはこの場にいる人たちの、"失ってしまった健康の一部を取り戻す"治癒の奇跡。
失くしたものを取り戻す喜びは、私もよく知っているから。
驚愕と感動の声は次第に私への感謝と崇拝に変わっていき、そしてすぐに、真っ青な顔で硬直するアメリアへの憎悪に変わった。
「ミーシャ様を陥れた"悪女の巫女"を追放しろ!」
「追放なんて生温い! あの悪女はミーシャ様の命を狙ったんだぞ! 死刑にすべきだ!」
「そうだ! 生かしておいても危険なだけだ!」
「極刑を! 帝国に、ミーシャ様に光あれ!」
もはや裁判官では制御できない熱気に、ルベルト殿下が口を開く。
「ミーシャ・ロレンツ公爵令嬢が"聖女の巫女"であると証明された。"悪女の巫女"であるアメリア・クランベルの処刑を命じる」
「そんな! お待ちください、ルベルト殿下! 殿下あああああ!!」
二名の騎士に拘束されたアメリアが、群衆の歓声を受けながら引きずられていく。
そして――。
「あれが"聖女の巫女"様を殺そうとした悪女だって? ああ、恐ろしい!」
「目を合わせるな! 悪女の術で操られるぞ!」
「性根の腐った悪女め!」
広間に設置された断頭台に向かって歩いて行くアメリアに、あちこちから石が投げつけられる。
アメリアは時々睨むようにして振り返るけれど、縄を持つ騎士に力を込められ、呻きながら歩を進めていく。
そんな彼女を見下ろすは、帝国の皇帝ならびに皇后様。そしてルベルト殿下が並び、その隣には私の席が設けられている。
(やっと、やっと私の復讐が叶うのね)
二度目のあなたも狡猾で、私を排除しようと躍起になる"悪女"で良かったわ。
万が一、二度目のあなたが本当の"聖女"のごとき純真な乙女だったなら、この復讐はきっと成し遂げられなかったから。
それに――。
「よろしかったのですか、殿下。私を隣に据え置いて」
「負担だったか?」
「いえ、そうではなく……。多くに理想とされる心優しき"聖女の巫女"ならば、アメリアの減刑を願ったはずですわ。けれど私は、彼女がこのままの刑を受けることを望んでいますの。こんな冷徹な女を殿下の"特別"だと帝国民に印象づけては、後々お困りになるのではありませんか」
「なんだ、そのようなこと」
殿下はふ、と口角を上げ、
「何も全ての罪を赦すことが"優しさ"ではないだろう。あなたはあなただ。"聖女の巫女"の肩書があろうとなかろうと、俺の唯一があなた自身であることに変わりはない。それに……すまないが、仮にあなたが彼女の減刑を願ったとて、聞き入れてはやれない。俺の最愛に手を出した報いは、きっちりとうけさせねば」
ピリリとした殺気を込めてアメリアを見下ろした殿下は、ぱっとにこやかな表情に切り替えて私に微笑む。
「これで、帝国中の者が知ることになるだろう。あなたを害すということが、どのような意味を成すのか」
私の手を恭しく掬い上げた殿下が、ちゅ、と指先に口づける。
正式な婚約を宣言するよりも、確かにこちらのほうがはるかに効力があるでしょうね。
ほんの一瞬で、私に無礼を働くことは殿下を敵に回すと同義なのだと、帝国中に警告したも同然だわ。
とはいえ、これでは後でお兄様が泣いてしまいそうだけれど。
「"悪女の巫女"、アメリア・クランベル! 最後にその魂が救われるよう、罪を懺悔する機会を授ける!」
(最後の懺悔の時間ね)
この国では処刑の直前に、魂の救済を願い罪を懺悔する時間が設けられている。
一度目の私には与えられなかった、最後の情け。
現れたルクシオールに歓声が起きるも、彼が右手を上げると、静かになった。
「アメリア・クランベル。己が罪を懺悔せよ。さすれば聖女ネシェリ様は、救いの手を差し伸べてくださるでしょう」
「……救いの手? いらないわ、そんなの!」
ばっとアメリアが顔を上げる。
「この魂は愛すべきガブリエラ様のもの! 見ているだけのネシェリなんかに渡してたまるもんですか!」
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