あなたには猶予も与えたくないの
歴史的な裁判をひと目見ようと押し寄せる群衆に、隙間なく座する着飾った貴族たち。
突き刺すような好奇の目に晒されるのは前回と同じだけれど、決定的に違うのは、私の席がルベルト殿下の横だということ。
聖女祭の三日目に着る予定だったドレスを纏い、親し気に殿下と言葉を交わす姿は、果たしてどう見えているのかしら。
「アメリア・クランベルをここへ!」
裁判官の宣言に、騎士がアメリアを引き連れてくる。
両手に括られた縄。みすぼらしい、汚れたワンピース。
髪も随分と乱れているどころか、頬には汚れも目立つ。
(手助けしてくれる人はいなかったようね)
社交界で多くの紳士を虜にしていた愛らしさは、すっかり見る影もない。
「ミーシャ・ロレンツ公爵令嬢を陥れ、無実の罪を着せようと計画・実行した罪。および帝国に混乱をもたらした罪により、"審判の日"まで"黒の塔"での幽閉を命じる!」
"黒の塔"とは帝国北部にある、特に重罪である囚人が収監されている牢獄のこと。
死刑の執行を待つ者と、終身刑を言い渡された者がほとんどであるそこへの拘束に、会場内はひときわ大きくどよめいた。
切り裂くようにしてアメリアの叫びが轟く。
「どうか私の話を聞いてください! これこそが"悪女の巫女"の力なのです! 皆様は騙されているのです!」
すると、殿下がすっと立ち上がり、
「調査していた聖女祭での襲撃の件だが、ミーシャ・ロレンツ公爵令嬢の指摘した通り、アメリア嬢宛ての署名と襲撃を指示した手紙の署名が一致した。また、拘束していた実行犯たちが口を割った。彼らは皆、家族への支援を報酬として約束されていた」
「――っ!」
アメリアの頬が強張るも、殿下は淡々と、
「彼らは誰一人として、ロレンツ公爵令嬢と顔を合わせた事実はない。彼らに依頼を持ちかけたのは、アメリア嬢の遣いを名乗る男だ。家族への支援を証明するために、彼らの家族をクランベル伯爵家の領地に移住させたそうだな。証言通り、移住の事実も確認した。彼らを信用させる目的を持つ一方で、丁度いい"人質"のつもりだったのだろうが……裏目に出たな」
「……っ」
「彼らはこうも言っていた。ロレンツ公爵令嬢に依頼されたと主張することも、条件のうちだったと。……生活に困窮していた彼らは、自らの命と引き換えに家族を守るべくこの襲撃事件を引き受けた。尋問に手こずるわけだな」
刹那、アメリアが両膝を折り頭を垂れた。
「殿下……っ! 私は、幼き頃より殿下だけをお慕いしてきました……っ! ですが殿下のお心は、私に向いてはくださいませんでした。とても悲しくはありましたが、私もお姉様の素晴らしさはよく知っております。諦めようと努めていた最中、お告げがあったのです。殿下は"悪女の巫女"に惑わされていらっしゃると。どんな手を使ってでも"悪女の巫女"を排除し、殿下をお救いなさいと……!」
愛すべき殿下のためにも、この国の平和のためにも、仕方がなかったことなのです!
そう上体をふせ泣き出したアメリアに、再び会場内がざわめく。
無理もないわね。まるで本当に、真実を語っているように見えるもの。
(そろそろ、この茶番を終わらせましょうか)
今、この会場にいるほとんどの人間が、私とアメリアのどちらが"悪女の巫女"なのかに思考を巡らせているのでしょうね。
そしてその中には、このままアメリアを"黒の塔"で幽閉しても良いものか、悩んでいる人もいるでしょうけれど。
一度目の私は、"投獄"の猶予すら与えられず命を奪われた。
「――殿下」
喧騒に混ぜた囁きにも当然のように向けられたルビーレッドの瞳に、私はにこりと優美に笑んでみせる。
「以前、褒美としていただいた"誓約"を覚えていらっしゃいますか」
「……当然だ。あなたが"何をしようとも許す"、と約束した」
「その誓約を、今ここで使わせていただきたく存じます」
私が立ち上がると、場内が静かになった。視線が突き刺さる。
今の私には、大いなる"武器"となる注目。
私は自然と見えるよう注意しながら、悲し気な顔をして、
「残念だわ、アメリア。あなたが"悪女の巫女"である運命に苦悩しながらも、この国のためにと健気に尽くす清廉な乙女だったなら、手助けしてあげられたのに」
「……恐ろしい方ですね、お姉様。そうやって言葉巧みに真実を捻じ曲げ、真の"聖女の巫女"である私を排除するおつもりなのですね」
「なら、どちらが"聖女の巫女"なのか、はっきりさせましょうか」
え、とアメリアが動揺に瞳を揺らした。
私は笑い出したい衝動を堪えて瞳を閉じ、リューネに呼びかける。
(リューネ、実行の時よ。お願い)
『――任された』
私が微笑み両手を組み合わせると同時に、ふわりと現れたリューネが、鼻先を上げて咆哮する。
その姿を見れるのが私だけなのがもったいないくらいの、神秘的な姿。
そして――。
「これは……まさか、"奇跡の雪"っ!?」
会場に降り注ぐ光の"雪"に、誰かが叫ぶ。
一人が発した途端に、人々が次々と騒ぎだした。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




