復讐の断罪を始めましょう
疑念を目に込めて見つめてみるけれど、ルクシオールは黙って微笑むだけ。
(教える気はない、ということ)
気にはなるけれど、今は追及すべき時ではないわね。
結果として、私の求める結末に辿り着けるのなら、些細な"想定外"など取るに足らないわ。
走り続けていた馬車が止まる。
この二度目では初めての、出来ることなら二度と来たくはなかった、忌まわしき場所。
(やっぱり、ここからは逃れらないのね)
――全てが終わり、そして始まった、ガブリエラの封じられた洞窟。
「やはり間違いありません。あの馬車は、用意させたものと同じです」
窓から外を見遣ったルクシオールが、こそりと告げる。
頷いた私は外に出るため、馬車の扉に手をかけ、
「ありがとうございました。ルクシオール様はこちらで待機を――」
「ミーシャ様」
扉を開こうとした手を、ルクシオールが制する。
意図を持って重なる手に、「なにを……っ」を視線を向けると、
「どうか、僕を信じてください。この先、いかなる不可解な事項が露呈しようと、全てはミーシャ様のためなのだと」
「…………」
私を見つめる瞳は真剣そのもので、覚悟という言葉よりももっと深い懇願が見て取れる。
その熱はなんだか、幾年も積み重なったかのような。
(ルクシオールは、いったい何者なのかしら)
思えば彼に関しては、微かな違和感がいくつも点在している。
一度目での記憶がほとんど残っていなかったり、なのにこの二度目では、私に次いで"浄化"を担えるほどの力を持っていたり。
私が"聖女の巫女"だと気付いたのはルクシオールだけだし、私に忠誠を誓いながら、時折アメリアを庇うような態度を見せるし。
(それでも私は、私の判断を信じるわ)
「……これまで数え切れないほど、あなたに助けられてきたわ。それこそ、"聖女の巫女"であることを隠していたがために、他の人には言えなかったことも。私は、ルクシオールを信じたい」
口調を彼の望む飾らない言葉に切り替え、これは私の真意なのだと、その瞳を見上げる。
「全てが終わったら、話してくれると約束して」
ルクシオールは嬉し気に目元を緩め、
「お約束します。その時は、僕の全てをミーシャ様に明かしましょう」
(やっぱり、ワケありなのね)
とはいえ、これ以上は待てない。
ルクシオールも察したようで、馬車の扉を開いてくれた。
先に降り立ち、私へと手を差し伸べる。
「この先は、僕にお供させていただけますか。護衛の彼にはここに残ってもらい、ルベルト殿下の案内を」
「……わかったわ。――シルク」
こそりとその名を呼び、ルベルト殿下の到着を待つよう命じる。
シルクは危険だからと一緒に行きたがったけれど、万が一の時にはルクシオールが身体をはると約束したことで、渋々了承してくれた。
洞窟の側で待つ質素な馬車の傍らに、フード付きのマントをすっぽり被った人物がひとり。
ルクシオールの言っていた"御者"は、この人なのね。
近づいた私達に恭しく膝を折り、首を垂れる。
「内部にいらっしゃるのは、お一人です」
(っ、この声は……)
はっとした私の動揺は、どうやら悟られなかったよう。
ルクシオールは顔を伏せたままの彼を一瞥すると、
「ご苦労様でした。殿下が到着する前に、去りなさい」
は、と短く返事して、男が顔を伏せたままその場を離れる。
「行きましょう、ミーシャ様」
「……ええ」
ルクシオールの隣を進みながら、私は心の中でリューネに呼びかける。
封印のほころび始めたガブリエラの魂があるために、ここがリューネにとって重苦しい場所なのは承知しているけれど。
(お願い、リューネ。あの御者の顔を見ておいて)
「――わかった」
リューネが駆けて行ったのを見送り、思考を目の前の光景に切り替える。
必要なのは集中力と僅かな奇跡。
寸分のミスも、許されない。
(さあ、今度はあなたが断罪される番よ、アメリア……!)
「――これはいったいどういうことかしら、アメリア。なぜあなたがこの禁足地に……ガブリエラの魂が封じられた洞窟にいるの?」
響いた私の声に、洞窟の奥にいたアメリアがこちらを跳ね見る。
「っ、お姉様……!? それに、ルクシオール様まで……っ!」
どうして、と瞠目するアメリアはあの御者のように大振りのマントを羽織っている。
無理もないわ。人目についたら計画が破綻してしまうものね。
すると、ルクシオールが「お告げです」と一歩を踏みだし、
「悪女ガブリエラの復活が、彼女の巫女によって早まるとのお告げがあったのです。そのために巫女のお二人には殿下の許可を得て、監視をつけていたのですが……アメリア嬢が夜更けに家を出たとの報告を受け、急ぎ追ってきたのです」
(上手い"理由"を考えたものね、ルクシオール)
アメリアもすっかり信じているようで、「お告げ? 監視? そんなはずは……っ!」と取り乱している。
刹那、外が騒がしくなった。
幾人もが駆けて来る音がしたかと思うと、「無事か!? ミーシャ!」とシルクが現れる。
シルク、と名を呼ぶ間もなく、今度は「おまかせくだされ! ミーシャ殿!」と怒号に似た声が響いた。
ヴォルフ卿だ。彼は他の騎士たちを率いて、あっという間にアメリアを取り囲んでしまう。
そして――。
「裁判を待つまでもなく、真実が暴かれたようだな」
「ルベルト殿下……っ!」
叫ぶようにしてその名を口にしたアメリアの顔が、絶望に覆われる。
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