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【コミカライズ】悪女にされた銀の聖女は二度目で愛される  作者: 千早 朔


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私の騎士になって

「お嬢様! お帰りをお待ちしておりました……!」


 オルガと共に本邸に戻るなり、飛びつくようにしてソフィーが抱きしめてきた。

 幼い頃とは違い、今ではほとんど体格が変わらなくなってしまったけれど、彼女の腕の中は守られているようで相変わらず心地がいい。


「心配をかけたわね、ソフィー。私よりもやつれてしまったようだけれど、ちゃんと食べないと駄目よ」


 おおかた、私が心配で食事もろくにしてなかったのでしょうね。

 肩を震わせるソフィーの背をとんとんとあやすと、あちこちから小さな嗚咽と鼻をすする音が重なる。

 どうやら使用人のほとんどが出迎えてくれていたよう。


(これも、お兄様が正式な当主となった影響かしら)


 本邸の使用人たちは、よく私に尽してくれていた。

 けれどそんな姿をうっかりお父様に見られてしまっては、即座に追い出されることもあったから、こうして目につくところで感情的になるのは珍しい。

 すると、ソフィーが「申し訳ありません、お嬢様」と顔を上げて身体を離し、


「まずはご入浴をなさいますか? それとも、お食事を? どちらも準備が整っております」


「なら、先にお風呂をお願い。食事はそれからにするわ」


「かしこまりました。お嬢様のお好きなオイルでマッサージもいたしましょう」


「ええ、お願いするわ。皆も、迷惑をかけたわね」


「ミーシャ」


 オルガの呼びかけに振り向くと、彼は双眸を優しく緩め、


「おかえり」


「っ! ……ええ、ただいま戻りました」


 一度目の時、けして気を緩められないばかりか息苦しかったこの屋敷が、今では"帰る場所"となったのはオルガのおかげね。


「お兄様」


 私は両の掌を身体の前で重ね、


「よろしければ、夕食をご一緒しませんか? ……あの日、一緒に夕食をとの約束を破ってしまいましたから」


 オルガは「ミーシャのせいではないだろう?」と肩をすくめ、


「ミーシャの体調に問題がなければ、ぜひ一緒の食事としよう。……俺も、お父様のことは話しておかなければならないしな」


 そうしてオルガと別れた私は、ソフィーをはじめとする何人もの使用人に至れり尽くせりで磨き上げられた。

 瑞々しい花々で飾られた部屋にはフルーツやチョコレートも運ばれ、紅茶も、ワインも、いつだって準備が出来ているからと勧められた。


 その一つ一つが彼らからの労わりで、私が拘束されていたことへの静かな怒りなのだと気付いているから、されるがままに勢を尽くす。

 それに――待ち人が訪ねて来た時に、私はちっとも弱ってなどいないと示す必要があったから。


「ミーシャ様。お待ちだった方がいらっしゃいましたが……いかがなさいますか」


 どこか不満気なソフィーに苦笑を零しつつ、「部屋に通して」と伝える。

 彼女の心情も理解できる。それに、彼もまた、己がこの屋敷に来ればどう扱われるか想像できていたはず。


(それでも来たのだから、私の答えはひとつだわ)


 ノックの音に、私は入室の許可を出すのではなく自ら扉へ向かい、ドアを開けた。


「……久しぶりね、シルク」


 以前は毎日一緒だったからか、随分と懐かしく感じる。

 おまけに記憶にある朗らかな彼の頬は堅いばかりか傷がついていて、気さくだった眼差しも陰鬱とした色が濃く、別人のよう。


 彼は意を決したようにして「ミーシャ……いや、ミーシャお嬢様」と呟くと、両膝を折り額を地に擦り付けた。


「お守りできず、本当に、本当に申し訳ございませんでした……! 処罰はいくらでも! この首も、喜んで捧げ――」


「ねえ、シルク。私、怒っているのよ?」


「っ、承知しております。図々しくもこうして訪ねてきてしまった罪も、お望みの方法で償わせて……」


「あなた、毎日のように"白の間"のある離塔の下に来ていたでしょう? いくらフードを被っていたとはいえ、誰かに知られてしまったらどうするつもりだったの?」


「! どうしてそれを……っ!?」


「リューネが教えてくれたわ。知った気配がするというから、見に行ってもらったのよ。あの時は私とは距離をおくべきだったって、あなたも分かっていたでしょう?」


「……申し訳ありません」


 ぐっと両手で拳を作り、顔を伏せるシルクに嘆息を零す。


「困るのよ。たった一つの選択を誤るだけで、享受できるはずだった利を全て手放さなけなければならないのよ。……私が身を置いているのはそうした世界だと、側にいてくれたシルクならわかっているでしょう?」


「……っ」


 シルクは黙って頷くも、視線は下げたまま。

 私は彼の眼前へと踏み込み、両手でその頬をはさみぐいと上に向けさせる。


「私の"騎士"になりなさい、シルク。それがあなたに与える"罰"よ」


「…………え?」


 オレンジの瞳が戸惑いに揺らぐ。

 それでも私は逸らすのは許さないと彼の顔を固定し、この先の未来を示すようにして見下ろす。


「権力を手にすることにしたの。いずれ、玉座の隣に座るわ。大きな力には代償がつきものでしょう? 今よりももっと、この命を狙われることになるはずよ」


 私は「だから」と続け、


「私だけに尽しくてくれる"騎士"が必要なの。危険を恐れず、決して私を裏切らない、皇帝ではなく"私"の意志を遵守してくれる忠実な"騎士"が。……私に許されたいのなら、帝国ではなく"私の騎士"になると誓って。国に尽したいのなら、互いの立場をわきまえた"友人"でいましょう」

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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