殿下が私を褒めるなんて
いいえ、知っていて当然だわ。
だって会うたびに彼の色のドレスを着て、なんとも分かりやすい好意を全力で向けていたのだから。
(そうなると、前回の殿下ももちろん、私の好意を知っていたということ)
知っていてなお、私を"悪女"として貫いた。
いいえ。知っていたからこそ、確実にアメリアを"聖女"にしたかったのかもしれない。
愛しいあの子と、幸せな日々を得るために。
私は、ただの邪魔者。
すうと心臓の奥が仄暗い影を落とすのを感じながら、私は無理やりに微笑む。
「夢から覚めたのです、殿下。いくら手を伸ばそうと、焦がれた星ははるか彼方ですから」
踊る足は止めない。
すっかり身体に沁み込んだステップは、意識せずとも音楽に合わせ自然と動いてくれる。
私はルビーレッドの瞳をしっかりと見据え、
「殿下は、私をお嫌いでしょう?」
一度目の私ならば、決して口に出来なかった言葉。
不思議とするりと出てきたそれは、吐き出してしまうと胸がすっと軽くなる。
その爽快感が、あまりにも心地よくて。
「これまでご不快な思いをさせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。今後はお手を煩わせないよう態度を改めますことを誓うと共に、私はあくまで"仮初"の立場として、殿下とアメリアの幸せ溢れる未来を祈っておりますわ」
笑顔で告げた私を、探るような赤い瞳がじっと見つめる。すると、
「……本心のようだな」
「殿下に嘘など、おそれ多いですもの」
殿下はふむ、と小さく呟くと、
「俺はあなたを、嫌った覚えはない」
「…………え?」
「アメリア嬢に、特別な感情を抱いた覚えもない」
「そんな、ご冗談を」
「あいにく、冗談は得意ではない」
(どういうことなの?)
殿下の意図がわからない。
せっかく私が関わらないと宣言したのだから、喜んで受け入れておけばいいだけなのに。
混乱に言葉を発せずにいる私に、殿下は頬を和らげて笑む。
「今夜のあなたは、やはりどうにも違う。大人びた顔をしたかと思えば、そのように少女らしい顔もするのだな」
「! なに、を……」
音楽が止む。終了の合図に、私は戸惑いながらも殿下と離れ挨拶のために膝を折る。
殿下もまた、自身の胸元に手をあてつつ軽く腰を曲げ、挨拶を交わすと、
「ミーシャ嬢」
「!」
呼ばれた名に、肩がびくりと跳ねる。
ルベルト殿下はそんな私に薄く口角を上げると、
「今宵のドレス姿はとても美しいな。冬空に輝く星のようだ」
「っ! 勿体ないお言葉、身に余る光栄にございます」
スカートの端を摘まみ頭を下げると、殿下はくるりと背を向けてダンスフロアの中央から離れた。
途端に次のダンスを申し込むご令嬢に囲まれる。主役である彼は、まだ数曲は踊らねばならないだろう。
この機に気に入られ側室にと望む令嬢は、多いから。
(本当にあの人は、ルベルト殿下なのかしら)
我ながら馬鹿げた思考だとは思うが、そう考えてしまうほどに前回の彼とは違いすぎる。
ダンス中の会話も、ドレス姿を褒める言葉も。
なによりあんなに楽しげに和らいだ、ルビーレッドの瞳は――。
「ミーシャお姉様!」
駆け寄ってきたアメリアが、興奮したように私の手を取る。
「さすがはお姉様です! 会場中の視線を奪う素敵なダンスでした」
「あ、ありがとう。アメリアも愛らしく華麗なダンスだったわ」
(今は殿下よりもアメリアね)
思考を切り替え、本来の目的を思い出す。
アメリアは切なげに瞳を伏せ、
「私はとにかく間違えないよう必死で……。お姉様のように、殿下とお話するような余裕はありませんでした」
(ああ、なるほど。私達の会話が気になって、わざわざ来たのね)
「殿下と何をお話されていたのですか? とても楽しそうにされていましたので、羨ましくなってしまって」
ここで私が拒めば、殿下との会話のひとつも教えてやれない意地の悪い女だと噂が立つのだろう。
こうしたパーティー会場では、常に周囲の人間が耳をそばだてているものだから。
きっと、私達のこの会話も聞かれているに違いない。
(アメリアとしては、教えてもらえれば目的達成。断られたところで、私を"悪女"とする噂になれば満足といったところかしら)
本当に、愛らしい"聖女"の顔をしてあくどいこと。
「殿下とは、ドレスの話をしていたの。控室でアメリアと話していた内容とほとんど変わらないわ。見たことのないデザインだったから、あなたと同じように、不思議に思ったそうよ」
「そう……でしたか。殿下も心配されていたんですね」
(うまく誤魔化せたかしら)
これまでの私は、アメリアに尋ねられれば、喜んで全てを話してた。
だからきっと、アメリアは今回も疑わない。
一度目での経験が、確信させてくれる。
「あの、アメリア嬢。少々よろしいでしょうか」
丁度良く話しかけてきたのは、いくつか年上の子息。アメリアにダンスの申し込みをしにきたらしい。
察した私は微笑んで、
「飲み物をいただいてくるわね」
「え? お姉様?」
戸惑うような声に、私は貴族令嬢らしく視線だけを返して、その場を離れる。
アメリアが不思議に思うのも無理はない。
これまでのアメリアにべったりだった私なら、話しかけてきたあの男を睨みつけて、追い返していたでしょうから。
(一度目でも、そうだったわね)
可愛いアメリアに、悪い虫が付かないように。気を張り、追い返すのはいつだって私の役目だった。
アメリアはただ、私の隣でしおらしく微笑むだけ。
私という"番犬"を側に連れていたアメリアは、どんな社交の場でもさぞかし気が楽だったに違いない。
(苦労すればいいわ。貴族の社交界は愛嬌だけでこなせるほど、簡単ではないのよ)
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