私を受け入れてくれた当主
ルベルト殿下とヴォルフ卿のおかげで、手紙については心配なさそうね。
(となると、残るは……)
「では」と裁判官が居住まいを正す。
「次の開廷まで、ミーシャ・ロレンツ公爵令嬢は身柄引受人の管理下での待機が可能となりますが……」
裁判官が戸惑ったようにして言葉を切るのも、無理はないわね。
通常ならばここで当主が発言し、大抵の場合は自宅待機となるから。
(お兄様の姿もないし、ギリギリまでお父様の説得をしたものの駄目だったってところかしら)
まあ、下手にお父様が出て来て、私憎さに「有罪判決を!」なんて言われても厄介だものね。
窓もない"白の間"で過ごすのは退屈だけれどリューネのおかげで苦ではないし、手紙の偽造が証明されるまで、もうしばらくあの部屋で過ごしても――。
「私が身柄引受人となります」
すっと手を挙げたのは、裁判官の隣に座するルクシオール。
「大神官様が、ですか?」と驚いたようにして尋ねる裁判官に、ルクシオールは「はい」とにこやかに微笑んで、
「現状、ミーシャ様が"聖女の巫女"候補である事実に変わりはありません。ましてや冤罪の可能性が高くなった今、これ以上ミーシャ様を"罪人"として収監させるわけにはいきませんから。大神官である私が身柄引受人となり、神殿にてミーシャ様を保護させていただけませんでしょうか」
(ルクシオール……私を気遣ってくれたのね)
いくら我が家の事情が周知の事実だとしても、やっぱり当主不在による拘束の継続となっては印象が悪いものね。
ルクシオールにしている"頼み事"への影響が少々心配だけれど、神殿ならばリューネも過ごしやすいし、彼と連携をとることも容易になるし……。
「いかがですか、ミーシャ・ロレンツ公爵令嬢」
裁判官の問いに、「私からもお願いいたします」と告げようとした、次の瞬間。
「その必要はない! ミーシャは俺と一緒に家に帰るからな!!」
「!? お兄様……っ!?」
急いで来たのか、息をきらしながら現れたオルガがつかつかと近づいてくる。
「……間に合ったか」と呟いたのは、ルベルト殿下。
その言葉に違和感を覚えたとほぼ同じくして、オルガが「待たせてすまなかった、ミーシャ」と私を抱きしめる。
触れた身体が熱を帯びているのが、服越しでも伝わる。
(本当に、必死で向かってきてくれたのね)
「来てくださってありがとうございます、お兄様。ですが、身柄の引受はよほどの事情がない限り、当主の許可が必要では……」
「ああ、だから許可した。なにも問題はない」
「許可をって……お父様を説得出来たのですか?」
「そうだな。説得して手続きをしていたから、こんなにも遅れてしまった」
(手続き……?)
なんだか微妙に噛み合っていない気がして、腕を解きオルガを見上げる。
と、オルガはニカッと歯を見せて笑い、
「当主は、俺だ」
「…………お兄様。いくら私のためとはいえ、そのような嘘は――」
「ち、ちがっ! 嘘ではない! 本当だ……っ!」
わたわたとジャケットのポケットに手を差し入れ、折り畳まれた用紙を取り出したオルガ。
――まさか。
「ほら、ちゃんと皇帝陛下からの叙任証があるだろ?」
「そんな……お父様が当主をお譲りになったのですか……っ」
「いや、初めは説得を試みたんだが、やっぱり駄目でな。仕方がないから、ルベルト殿下に協力いただいて強行手段をとった。さすがの父上も、皇家の適格調査は欺けないからな」
あまりの衝撃に声が出てこない。
皇家は貴族に対し、当主としての仕事を適切に行っているかどうかを調査する権限を持つ。
とはいえよほどの理由がない限りこの調査が実施されることはないし、実際これまでロレンツ公爵家も調査が入ったことなどなかった。
(……お父様が、当主ではなくなった)
この、安堵にも似た寂寥感はいったいなんなのかしら。
一刻も早く、歳を重ねるごとに当主の責務を捨てていったあの人から、全ての権限が剥奪されればいいと思っていたのに。
(……いざその時が来てみると、あっけないものね)
視線を上げてルベルト殿下を見遣る。彼もまた、私の表情を探るような目をしている。
私が喜ぶのか、怒るのか。きっと、殿下にとっても未知だったのでしょうね。
(それでも私のためにと皇族の権限を使ってくれたのは、疑いようがないわ)
目元を緩めて笑んでみせると、殿下はほっとしたような顔をした。
そんな些細な仕草にすら"可愛い"などと過るのだから、自身に呆れてしまう。
私はオルガの腕に手を添え、
「お気遣いありがとうございます、ルクシオール様。幸いにも"当主"が帰宅を望んでくださいましたので、家に戻らせていただきますわ」
「……かしこまりました」
ルクシオールはどこか残念そうな笑みを浮かべ、
「ミーシャ様の心休まる場所が一番です。どうぞ、ゆっくりお休みください」
後はお任せを、なんて幻聴が聞こえた気がしたのは、それだけ私がルクシオールを信頼している証なのでしょうね。
ちらりと確認したアメリアは、もはや目も合わないほどに大人しい。
(状況は想定以上の好機、ね)
あとは最後の"餌"に飛びつくのを、祈りながら待ちましょうか。
オルガの叙任証を確認した裁判官が、「では」と声を上げる。
「ミーシャ・ロレンツ公爵令嬢は、次の裁判までロレンツ公爵邸にて待機を命じます。これにて閉廷!」
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