すべてが策のうちだったのね
ちゅ、とご機嫌な調子で私の髪に口づけて、ルベルト殿下は隣に腰かけた。
逃さない、とでもいいたげに、私の片手をその手で握る。
「まず第一に、外の騎士は全て俺の選んだ忠実な部下たちだ。あなたへ敬意を持つ彼らが立つ以上、この部屋は確実な安全圏となっている。構造上、不便をかけるが、この部屋の中で話した内容が他に漏れることはない」
(驚いたわ。あんな短時間で、私を支持している騎士をつけてくれていたのね)
「本当はシルクがいればあなたの気も休まったのだろうが、騎士となった経緯が経緯だけに、よからぬ陰謀に利用されそうでな。すまないが、今はあなたの側に送ってやれない」
「理解しておりますわ。シルクのことも守ってくださって、ありがとうございます」
「まあ、どうせ離れないというのなら、俺の監視下にあったほうがまだ安心できるしな」
「え?」
「いや、なんでもない」
誤魔化すようにして笑んだ殿下は、「ともかく」と仕切り直し、
「この部屋にあなたを閉じ込めたのは、あなたを守るためだった。ここなら食事も毒味を介するし、暗殺者も簡単には入り込めない。オルガにも説明済だ。それと、あなたへの面会も止めている。今度は共謀者をでっち上げられても面倒だからな。オルガはオルガで動いているから、その時を待ってやってくれ」
(……お父様の説得でもしてくれているのかしら)
裁判になれば、当主の意向も強く反映される。
私を憎むお父様が今回の件を"幸運"としたなら、仮に投獄は避けられたとて、追放の可能性が残る。
今更、あの人から"父"としての愛情など求めないけれど、せっかく築き上げてきた事業を奪われるのは御免だわ。
「今回の仔細だが」
殿下は私を励ますようにして、握る手に力を込める。
「異変に気が付いたのはシルクとザックだ。あなた達の着替えが遅く声をかけたものの返答がなく、店内に踏み込んだら既に攫われた後だったと聞いた。店の奥の壁に穴が開いていたから、そこから連れ出されたのだろう。風が入らぬよううまいこと布を張り、積んだ箱などで隠されていたようだ。……雑多とした店内故に、違和感がなかったのだろうな」
(だからあの時、屈めといわれ背を押されたのね)
「あの店主は、本当にあの店の"主"でしたか?」
「気付いていたのだな。そうとも言えるし、違うとも言える。というのも、あの店はつい先日"譲られた"と言ってた」
「譲られた? あの店をですか?」
「ああ。酒場で飲んでいた時に、知らぬ男から"店を貰ってほしい"と声をかけられたそうだ。連れてこられたのがあの、近頃貴族令嬢が通う店だったからと、一度は疑ったらしいがな。渡された鍵は本物で、接客の仕方まで指南をされて。疑いながら数日通ってみたが、なんの支障もなかったので、そのまま"店主"をしていたと話していた」
「……店を譲った相手は」
「分かっているのは男だったということだけだ。"他国に行くから不要になった"と説明していたらしいが……目深にフードを被りろくに顔も見せなかったというから、あの店自体、"用意された"策のうちだったのかもな」
「あの店主は、抜け穴の存在に気が付いていなかったのですか?」
「そのようだ。だがあの日の朝、妙な手紙が店に届いていたらしい。"探し人は酒場の白い花のもとに"とだけ記されていて、誰かの悪戯だろうと処分してしまったらしいがな」
「……そこに、アメリアがいたのですね」
ヴォルフ卿はあの時、"店主の白状した場所にアメリアがいた"と言っていた。
そのことを思い出し尋ねると、殿下は頷いた。
酒場の並びに、白い壁に花の彫られた家があったのだと。
(アメリアは最初から、自分だけ先に見つけてもらうつもりだったのかしら)
おそらくはあの場に駆け付け、私を"首謀者"として告発するために。
「私の居場所は、どうやって見つけ出されたのですか?」
「……ミーシャ嬢を探していたら、"怪しいお嬢様を見た"と騒ぎ立てる男が現れた。もしやと思い案内させ辿り着いたのが、あなたのいたあの家だった。情けなくも、その男は取り逃がしてしまったがな」
「私を救うことを優先してくださったからですわ。それに、いくら混乱に乗じていたとはいえ、皇室の騎士から逃げおおせるなんて……あの店といい、随分と念入りに用意していたようですわね」
「そのようだ。なんせ今回捕縛した男たちは皆、程度の差はあれど過去に罪を犯した記録が残っているものたちばかりだった」
(やっぱり、傭兵ではなかったのね)
「……何か知っている顔だな」
じっと見据える殿下に、つい「よくお気づきで」と苦笑が零れる。
この人は本当に、随分と私の表情変化に敏い。
「私の"見張り"をしていた男と取引をしようとしたのですが、断られてしまったのです。私を逃す対価に充分な礼をすると言ったのですが、"それではダメだ"と。体格もとても戦闘慣れしている者とはかけ離れておりましたし、おそらくは……金品とは異なる"何か"が対価だったようですわね」
「皇室の尋問で口を割らないほどに欲している、金品ではないモノ……か」
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