不可解な襲来
「……シルク、ザック卿。お願いできるかしら」
了承を示した彼らが、二手に分かれて店内を捜索する。
さほど広くはない店内はそう待たずとして全ての確認が済んだようで、
「たしかに、他には誰もいないみたいだな」
「偽りはありません、ミーシャ様」
「そう。なら、店主と一緒に店の扉前で待っていてもらったほうが良さそうね。……シルク。念のため店主のことをしっかり見張っておいて。もしも何かと理由をつけて店を離れるような素振りを見せたら、シルクかザック卿が必ずついていって」
「わかった」
こそりと耳打ちをしたシルクはそっと頷き、「マズいことが起きたらすぐに叫べよ」と言い置いて店主を外へと連れ出した。
少々遅れて一礼をしたザック卿が、その後を追う。
ぎい、と軋んだ音を立てた扉が閉じられたのを見届けて、「では、着替えましょうか、お姉様」とアメリアが笑んだ。
カーテンの内部へと移動すると、
「ぜひ、お姉様からお着替えください。想像と違ったら、他の服も試しましょう」
お手伝いします、と手にしていた衣装を置いたアメリアの手を借りながら、選んだ衣装を身に着ける。
が、正しい着方を知らないせいか、胸元がすぐに開いてしまう。なんだか足下も、歩いているうちに脚が見えてしまいそう。
「やっぱり、元より着ていた服の上から着てみることにするわ。手伝ってもらったのに、ごめんなさい」
「いえ! やはり他国の服となると、難しいですね」
苦笑したアメリアが、再び着用したワンピースを留めてくれた、その時だった。
コツコツ、と叩く音に、つい、アメリアと顔を見合わせる。
と、急かすようにして再びコツコツと響いた。
「外で何かあったのでしょうか。私、ちょっと話を聞いてきます」
お姉様はお着替えの続きを、とカーテンを出ていくアメリアに、「お願いね」と声をかける。
(やっぱり、店主が動き出したのかしら)
あの店主、私とアメリアが服を選んでいる時に、一度も声をかけてこなかったのよね。
こんな特殊な店を経営しているのだから、少しでも多く売りたいのなら積極的に薦める必要があるでしょうし。
そうでなくとも、"店を開くぐらい"好いているのなら、説明のひとつでもあるほうが自然だわ。
ワンピースの上から先ほどの衣装を纏う。
うん、やっぱり、ガウンとして使っても美しいわね。
置かれた鏡で姿を確認し、アメリアの様子を見に行くべきかしらと視線を外した、刹那。
不自然に大きく揺れたカーテン。咄嗟に腕を上げた、次の瞬間。
「騒ぐな。大人しくしろ」
「!」
背後の、近い位置で響いた低くおどす声。
同時に背に突き付けられているのは、鋭利な先端。
(……服の上だから痛みはないけれど、これは、ナイフね)
ぐっと息をのみ込んだ私に、男は薄く笑み、
「利口だな。このまま黙って大人しく着いてくりゃ、アンタには指一本触れないと約束しよう。もちろん、逆らうのなら相当の痛みを伴う覚悟をするんだな」
「…………」
(外は騒がしくない、ってことは、シルクたちはこの男に気が付いていないようね)
だとしたら、どうやって入ってきたというの?
シルクたちが見落としていた?
けれど男一人が隠れるならば、それなりのスペースが必要になるもの。
それに、アメリアは?
どうしてこんなに静かなの?
(まさか、アメリアも同じ状況だと?)
手早く巻かれた目隠しの布。
腕を掴まれ「歩け」と強引にカーテン内から連れ出される。
「しゃがめ」
疑問に思いながらも膝を折ると、ドンと背を押されて体勢を崩した。
(指一本触れないんじゃなかったの!?)
咄嗟に両手を地につくと同時に、気が付く。
(これ、外だわ)
間違いない。
冷たい石の感触と、柔い風に自然の音。
(抜け穴があったのね)
上手に隠されていたのでしょうけれど、店主が気が付かないはずがない。
やっぱり、あの店主は――。
「ちょっと失礼しますよ、お嬢様」
「!?」
承諾を待つことなくガバリと持ちあげられ、先ほどとは違った手触りの場所に降ろされる。
(これは……木?)
途端、頭上に重みと、瞼越しに暗くなったのを感じて、布をかけられたのだと察する。
「飛び降りたら怪我しますからね。大人しく座っててくださいよ。こっちも、手荒なことはしたくねーんです」
「…………」
(さっきの男とは別の男だわ)
小刻みにガタガタと伝わってくる振動から、荷台にでも乗せられているみたい。
その男は見張り役なのか、私の側で、
「心配しなくとも、しばらくしたら家に帰れますよ。もちろん、お嬢様が大人しくしてくださっていれば、傷一つ負うこともありません。なのでちょっと、今は俺達に協力してください」
「…………」
("俺達"ってことは、やはり組織的な犯行のようね)
私を攫って痛めつけるならともかく、しばらくしたら家に帰れるですって?
それも、傷ひとつなく。
(いったい何が目的だというの……?)
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