どうかあなたは味方でいて
ミーシャ様、とルクシオールは苦し気な顔をして懇願する。
「護衛騎士が神殿に踏み入れるよう、一時的に剣を手放す許可をルベルト殿下に進言してください。今の神殿内部はミーシャ様にとって、必ずしも安全とは言い難い状況にあります。……力が及ばず、大変申し訳ありません」
ルクシオールが深々と頭を下げた、その時だった。
「――やはり、妙だ」
「リューネ?」
ストン、とネシェリの祭壇前に降り立ったリューネが、すっと鼻先を上げる。
「今や多くの人間がミーシャこそ"聖女の巫女"だろうと噂している。つまるところ、有利な流れを作れないほどに、あの者の持つガブリエラの力が弱いということだ。この神殿も、聖女ネシェリやその巫女たちの"聖なる力"の気配で満ちている。なのに……聖域である神殿が、ミーシャにとって安全ではないだと?」
「……神官や巫女だって人間だもの。好みがあって当然だわ」
「いいや、これはおそらく、それだけではない」
リューネはルクシオールを睨むようにして見遣り、
「これだけ聖女の気配が強ければ、あの者の微弱な"魅了"などかき消されるはずだ。だというのに、よりにもよって神官が、それも複数傾倒しているだと? あの者が何か術でも使っているか、派手ではなくとも確実な力を持つ厄介な協力者がいると考えるべきだ。例えるのなら……ガブリエラに仕えたグラッグイフのような」
「グラッグイフ……!?」
刹那、ルクシオールが「……いま、何と?」と頬を強張らせた。
そうだわ。リューネの声はルクシオールに聞こえない。
私は「精霊様が、そうおっしゃったのです」と告げ、
「精霊様の見立てでは、アメリアを支持している神官たちは術をかけられているか、かつてガブリエラに仕えたとされる"グラッグイフ"のような協力者がいるのではないかと。今のアメリアだけで、彼らを"魅了"するのは難しいとお考えのようですわ」
「……協力者、ですか」
ルクシオールはぐっと拳を握ると、一度閉じた瞼を開く。
「どうか、僕を信じてください、ミーシャ様。必ずやミーシャ様にとって、居心地の良い場所としてみせます。……"聖女の巫女"が皇室と縁を結ばされるのは承知しておりますが、だからこそ、ミーシャ様には人目を気にせず心休める場が必要でしょうから」
(そんなことまで考えていてくれたのね)
もちろん、ルクシオールが過度に私を気にかけるのは、私が"聖女の巫女"だからなのでしょうけれど。
それでも、助けられている事実は変わらない。
「……ルクシオール様はいつだって、私のために尽力してくださいますのね。貰ってばかりでは、聖女様方の怒りをかいそうですわ」
「っ! そんなことは――」
「ルクシオール様、手を少々お借りしますわ」
ついと彼の眼前まで歩を進めた私は、しゃがみ込んでその右手に触れた。
ルクシオールが動揺したように息をのんだ気配がしたけれど、構わすその手を持ちあげ、ポケットから取り出したそれを乗せる。
「私からの、ささやかな贈り物です」
「これは……香水瓶のペンダント、ですか」
「ええ。私の瞳の色によく似たアクアマリンでしょう? 社交会へこの香水瓶のペンダントをお披露目した時はもちろん、その後もよく身に着けておりましたから、これが私のものだと知っている貴族は多いはずですわ」
ルクシオールは手の内のペンダントをじっと見つめながら、戸惑ったように瞳を揺らし、
「……確かに、僕も何度かこちらを付けたミーシャ様のお姿を拝見しています。ミーシャ様にとって思い入れも深い品でしょうに、こんな大切な物を僕に譲ってしまってよろしいのですか?」
「だからこそ、ルクシオール様にお譲りするのです」
私はルクシオールの手をそっと両手で包み、ペンダントを握らせる。
はっとしたような視線を笑顔で受け止め、
「ルクシオール様ならば、必要に応じて有効的に使ってくださると信じておりますわ」
***
「随分とあの者を信用したのだな」
昨晩、ルクシオールへペンダントを贈る計画を聞いたリューネは、どこか不満気に呟いた。
リューネは未だにルクシオールに対して懐疑的なよう。
いわく、一度目の時に観察していたルベルト殿下とも、子供の頃から知っているシルクとも違い、腹の底が見えないからだという。
私はリューネの美しく柔い毛に指を通しながら、
「信用出来るかどうかをはっきりさせるために、贈るのよ」
眼前でしゃらりと吊るしたペンダントは、お披露目と売り込みの為にと特別に作られた力作。
私の瞳とよく似た色のアクアマリンを彫り、私の一等気に入っている香水を注いだそれは、今や多くの貴族に印象付いているはず。
「わざわざ一緒に神殿に行こうだなんて、アメリアが何かを計画していることは確実だわ。皇室の騎士たちは公の場で剣を手放すことは出来ないから、神殿の内部には入れないことは周知の事実だもの。狙うのなら絶好の機会だわ。とはいえ、争い事を禁忌としている神殿で事を荒立てるのはあまりいい案だとは思えないけれど……」
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