巫女として完璧なのは
こうした遠回しな物言いは、当人のセンスも問われる。
ルクシオールがこの彼を目にかけるのもわかるわ。
"聖女の巫女"が決まれば、皇室や貴族と交渉する機会も増えるもの。
愚直な信仰だけを振りかざすだけの者では、いいように丸め込まれて損を被るでしょうね。
庭園を後にして、当初案内されていた部屋に戻る。
ほどなくして、『聖女の間』の扉が開いた。「お姉様!」とアメリアが足早に出て来る。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。ネシェリ様の御霊がいらっしゃっているからか、いつもよりも祈りに没頭してしまって……」
(まるで自分がネシェリ様に歓迎されたかのような物言いね)
呆れを胸中に押し込んで、にこりと余裕のある笑みを浮かべてみせる。
「問題ないわ。おかげでいい息抜きが出来たもの。それじゃあ、次は――」
「いいえ、私の落ち度です」
私の言葉を遮ったアメリアは、すまなそうな顔で私の後方に控える神官の彼に近づく。
途端に瞳をうるうると滲ませ、
「お姉様がずいぶんと退屈なされていましたよね。私のせいでご苦労をおかけしてしまい、すみませんでした」
(ああ……理解したわ。神官と巫女が複数集まるこの場で、私がアメリアに対して不満を抱いたという印象を作りたいのね)
それに、アメリアはルクシオールと私の関係を知らない。
大神官であり、先日村でも窮地を救ってくれたルクシオールを、自分の味方につけたいのでしょうけれど。
あえて口を閉ざし、アメリアの媚びる神官の彼の出方を待つ。
いくら秘密裏に忠誠を誓ってくれたとはいえ、私はまだ、この彼を信頼したわけではないもの。
すると、彼は「私のような者にまで心を配ってくださり、恐縮です」と頭を下げてから、
「ミーシャ様とはなかなかお話できる機会も少ないものですから、このような貴重な時間をいただけ大変光栄でした。ミーシャ様も、お付き合いくださりありがとうございました」
(ふうん? なかなか上手いじゃない)
庭園のことを伏せているのは、アメリアがあの場に招かれていない証拠。
私もまた、あえて"何をしていたか"の言及を避け、
「いいえ、おかげさまでとても楽しい時間を過ごせましたわ。ぜひまたお相手ください」
礼儀正しくスカートを摘まみ上げ、軽く膝を折って礼をしてみせると、その場の他の神官と巫女が見惚れた視線を送ってくる。
(少なくともこの場に、アメリアを支持する関係者はいないようね)
「それじゃあ、アメリア。私も行ってくるわね」
「え、ええ。いってらっしゃいませ」
どこか悔し気な様子の滲むアメリアを一瞥して、部屋の内部へと歩を進めていく。
(あの彼は、これから目にかけて良さそうね)
扉の閉まる音が響いたのを確認し、くるりと振り返った。
「ひどいではありませんか、ルクシオール様。私の真実は内密にと頼んでましたのに」
途端、ルクシオールは「申し訳ありません、ミーシャ様」と即座に跪き、
「言い訳がましくはなりますが、あくまで僕個人の"直感"ということにしております。ミーシャ様への崇敬と大神官の名にかけ、信頼ある者を選びましたので、どうかご容赦ください」
腕を組んだ私は、ふう、と息をついて、
「ルクシオール様のことですから、理由がおありだったのでしょう? それも、争い事を禁忌としている神殿内部で、"私を守れ"という指示を秘密裏に授けなければならないほどの理由が。教えてくださいますよね?」
ルクシオールは一瞬のためらいもなく「はい」と頷き、私を仰ぎ見る。
「近頃、アメリア嬢を支持する貴族派の者が頻繁に神殿を訪れています。金を積むからと大金をちらつかせ、アメリア嬢に有利となるよう便宜を図ってほしいと交渉してくる者もいました。……彼らはかなり焦っています。どうか、身の安全には十分なご注意をはらってください」
「……相も変わらずあの子は、"取り巻き"に尽力させるのが好きね」
自分はただ、愛らしく願望を口にしただけ。
だから仮に彼らの所業が発覚したとしても、己が損失を被ることはない。
アメリアが明確に指示したわけではないから。
全ては彼らが自発的に手を汚しただけ。
その身に集まる甘い蜜だけを受け取って、一層美しく咲き続ける、魔性の花。
(羨ましいほどに、悪女ガブリエラの巫女として完璧ね)
対して私は、"聖女の巫女"として完璧とは程遠いのでしょうね。
今でも愛され続けている慈悲深き聖女ネシェリならば、例え自身を裏切った相手と再会しようとも、復讐など考えもしないでしょうから。
「問題がアメリア派の貴族だけならば、私への忠告で済んだのではありませんか? ……彼らがすでに、神殿内部の者と通じた可能性があるのですね」
「……おっしゃる通りです。先日、不自然な大金を隠し持っていた神官を追放しました。彼がアメリア嬢へ好意を抱いていたのは、多くの者が認識していました。明確な証拠はありませんが、なんらかの取引があったと考えるべきです。それに、今回の追放でアメリア嬢を支持している者は、不満と緊張を抱いたに違いありませんから」
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