無意味なはずだった時間
「今更仕方のないことよ。明日もあるし、適当に付き合って帰ってきましょう。夜にはお兄様と食事の約束もあるし」
本当ならば、私と一緒に過ごしたかったと泣いていた、お兄様の顔が浮かぶ。
お兄様は有力貴族の当主代理として、当家の騎士たちを連れ聖女祭の見回りをしている。
時間による交代制のようで、今日は日中の担当だとか。
(これだけ浮かれた人々が首都に集まるのだから、当然、普段よりも問題だって起こるものね)
と、「ミーシャ」と部屋をノックする音。シルクの声だわ。
扉を開けると、シルクは驚いたようにして目を見張ってから、気まずそうに頬を掻く。
「そっか、今日は白の服で来いって、神殿に言われているんだっけか」
「ええ、聖女祭の祈りの儀では、白のドレスでないといけないの。髪の飾りも金のものしか使えないのよ」
一度目のときはとにかく"私が一番美しい"と思われたくて、ドレスはたっぷりの布を使い、更には白く反射するダイヤモンドを散りばめたものを作らせた。
けれどヘレンに用意してもらった今回のドレスは、生地こそ高級品ながらシルエットはすっきりと。
繊細なレースで首元と腕に上品な透け感を出しつつ、宝石ではなくヘレンお得意の刺繍で飾ってもらった。
「どこか変かしら?」
そんなことはないと分かっていて、わざと不安げに訊ねてみせると、
「いやっ!? ただちょっと油断してたっつーか、知らない間に夢の世界に来ちゃったのかと思ったっつーか! と、ともかく! ミーシャが綺麗でびっくりしたってこと!!」
「あら、いつもは綺麗じゃないの?」
「いつも綺麗に決まってんだろっ!!」
ヤケのようにして叫んだシルクが、「あーもう!」と両手で自身の顔を覆う。
くすくす笑った私の心は、おかげですっかりご機嫌。
「ありがとう、シルク。仮病を使うことなく、頑張れそうだわ」
「まあ、ミーシャの役に立てたのならなんでもいいけどさ……。荷詰めも終わったみたいだから、そろそろ出るぞ」
「わかったわ」
アメリアとは神殿で待ち合わせ。
私達の礼拝には、ルクシオールが立ち会うことになっている。
(私にはシルクがいるし、向こうにはザック卿もいるわ)
アメリアのことだもの。きっと何かしらを企んで、誘ってきたのでしょうけれど。
(人の目が多いほど、失敗すれば反動が大きいもの。そこまで派手なことは出来ないはずだわ)
それでも、注意はしておくべきね。
だって、相手は"あの"アメリアなのだから。
「ほら、ミーシャ」
差し出された手に、思考を切って見上げる。
手の主であるシルクは、にっと口角を吊り上げ、
「なにが起きても、俺が守ってやる。絶対に、俺の側を離れるなよ」
「……そうね」
私はシルクの手に右手を伸ばし、触れる直前に腕をぐっと伸ばしてその腕に手を添える。
途端、シルクが「ミーシャ!?」と焦った声を出すものだから、私は噴き出して、
「私を守ってくれるのでしょう? シルク。なら、しっかりエスコートもしてくれなきゃ」
部下のする、手だけで導くエスコートではない。
殿方の腕に手を添えた形に、シルクは数秒の動揺をはさんでから息をつく。
「よりもよってそんなドレスの時に……。殿下にバレたら、ちゃんと弁明してくれよな」
「嫌ならやめるわ」
「大歓迎に決まってるだろ。だから頼んでるんだ」
「ふふ、約束するわ」
ぶつぶつ言いながらも歩きだしたシルクに合わせ、私も部屋をあとにする。
(さあ、気合を入れなくちゃ)
私だって、黙って策士の懐に飛び込むような"淑女"ではないもの!
***
いつもの礼拝では、私とアメリアが揃って『聖女の間』で祈りを捧げている。
けれども聖女ネシェリの御霊がお戻りになるとされる聖女祭では、『聖女の間』に入れるのはどちらか一方と、神官が一人のみ。
つまり片方は、もう片方の祈りが終わるまで待機となる。
だから本来、礼拝時間の指定はなかったのだけれど。
「では、お姉様。先に行って参ります」
「……ええ、頑張ってね」
いつもよりも厳かな雰囲気に合わせてか、お淑やかな礼をしてアメリアが『聖女の間』に踏み入れる。
動くたびにふわふわと揺れる愛らしさの強いドレスは、きっといつもの王家御用達店で特別に作らせたものなのでしょうね。
私の記憶では、一度目の時はもう少し"淑女"らしいデザインだった気がするのだけれど。
以前よりも肌の露出が増えているのは、それだけ焦りが強い証拠かしら。
部屋の奥、祭壇へ進むアメリアとの間を遮るようにして、部屋の内側からルクシオールが姿を現す。
「それではミーシャ様、しばしお待ちください」
扉が閉められる。
残された私は隣部屋の椅子に座ったまま、アメリアの礼拝が終わるまで、神官からの監視を受けなければならない。
(本当、無意味な時間だわ……)
と、「ミーシャ様」と神官が恭しく声をかけてきた。
「よろしければお待ちの間、庭園の散策をなさりませんか? これまでなかなかご案内出来ませんでしたので、良い機会だろうとルクシオール様から言付けを預かっておりまして」
「ルクシオール様が?」
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