憂鬱な聖女祭の二日目
(なんだかまだ、あの頃に思い描いた都合の良い夢を見ているようだわ)
まるで希少な宝石のごとく丁寧に飾られたドレスは、今や貴婦人から絶え間なく手紙が届き続ける人気の仕立て人、ヘレンの力作。
ルビーレッドの生地に、コバルトブルーのレースと刺繍が上品ながら大胆にちりばめられたそれは、このドレスを着た私をエスコートする約束であるルベルト殿下からの贈り物でもある。
二つの彼の色で構成されたドレスを贈りたい、と望んだのは殿下だけれど、喜んで受け取ると答えたのは私の意志。
明日、私は彼の色を纏って、彼の唯一無二のパートナーになる。
(まだ残っている問題もあるというのに、心を決めてしまって良かったのかしら)
思い起こすのは村から本邸までの護衛を担ってくれた、ヴォルフ卿と別れた際の記憶。
――ガブリエラの魂を封じている洞窟について、ヴォルフ卿は何かご存知でしょうか。
共に過ごした"今の"彼の人柄を信じ、若干の緊張を含みながらも訊ねた私に、ヴォルフ卿は少し考える素振りをしてから、
「かの洞窟に踏み入ることを許されているのは、皇族と神殿のごく限られた一部のみとされております。故に我にも、それ以外については」
面目ありません、と無念そうに首を振ったヴォルフ卿に、嘘の気配はない。
おかげで私は、疑念を確信に変えた。
一度目の、あの時。皇族か神殿の人間に、アメリアと共謀し私を陥れた人がいる。
私の知らなかった"テネスの花"について、アメリアはお披露目のあった十歳で教えられたと言っていた。
妃教育でいつでも優秀だった私が、どうしてと。
加えてヴォルフ卿が、"お妃教育にて必ず学ぶ事実"だと言っていたから、妃教育の大半を担っていたカトリーヌがアメリアと共謀して私を陥れたのだと考えていた。
けれど。
この二度目の世界で、今や良き師であり友人でもあるカトリーヌもまた、テネスの花について言及したことはない。
加えてヴォルフ卿も"知らない"と言うのなら、今回は"まだ"テネスの花について周知されていないと考えるべきでしょうね。
そうなると、必然的に導き出される答えは一つ。誰かが意図的に、"テネスの花"についての情報を止めている。
(皇族と神殿の一部はガブリエラの洞窟に入れるということは、"テネスの花"の存在が一切知られていないわけではないわ)
――ああ、嫌な感覚だわ。
それしかないと。
疑念が確信に変わっていくたびに、心臓がドクドクと大きく跳ね、背が冷たくなっていく。
限られた範囲に留められていた情報の共有範囲を広げ、妃教育の内容を変更し。
テネスの花を摘み取るのは、ガブリエラの封印を弱めると同義のために重罪だと。
法を作ることも可能な人といったら、皇帝陛下かルベルト殿下しかいないじゃない……!
(いっそ十歳のその時に、適当な理由をつけて私を追放してしまえばよかったのに)
数年がかりの巧妙な罠にかけ、命をもって償わせなければ許せないほど、憎まれていたのだろうか。
(……ルベルト殿下でなければ、いい)
もしも彼が協力者だったのなら、私が断罪された後、どんな気持ちで花を手向けに来ていたのかしら。
慈しむ意味ではなく、嘲笑うためだった?
それとも、万が一にも私の魂がガブリエラのそれのように復活しないよう、冷酷な祈りを捧げていたのかしら。
(……いくら考えても無駄ね。答えを知る術もないのだから)
一度目の記憶を持つ人間は私だけ。
だからあの頃の窮地を乗り越え、今の地位を築けた。
けれど私だけであるからこそ、どれだけあの頃の記憶に苦しめられたところで、慰めを期待することも、責めることもできない。
奇跡を受けた者の業。
"過去"に飲み込まれないよう、抗い続けなければ。
「――本当に行くのか、ミーシャ」
ふわりと姿を現したリューネが、不満気な瞳で私を見上げる。
「なぜ、よりによって聖女の誕生と功績に感謝を捧げる日に、あの女と行動を共にする必要がある」
「……私だって、好き好んでアメリアと一緒に行動するわけではないわ」
国中が聖女ネシェリへの敬愛と祝福に沸き立ち、首都が華やかに飾られる聖女祭の二日目。
聖女候補は神殿にて祈りを捧げる必要があるのだけれど、時間の指定はなく、この日のうちに神殿を訪ねれば良かった。
なのに先日、聖女候補の務めとしての礼拝を終え、門へと歩を進めている最中に突如としてアメリアが、
「せっかくですから、聖女祭の二日目は一緒に神殿に参りましょう、お姉様。そしてその後、一緒に街を散策するのはどうですか?」
脳裏に浮かんだ無邪気なアメリアの微笑みに、ズキリと頭が痛む。
(よりによって、人目のある神殿で誘ってくるなんて)
手紙だったなら断れたのに。
いいえ、もしかしたら、それを見越しての選択だったのかもしれないわね。
神殿の一部の神官や熱心な信者には、どちらが"悪女"なのか"審判の日"を迎える前に見極めようと、私達二人の言動や行動を監視のごとく注視しては、主観を交えて他者に触れ回る者がいる。
あの場で私が断れば、やましい事情があるに違いないなどと言われていたはずだわ。
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