愛されるべきは私なのに
「どうして……どうしてこうなるの……っ!」
自室のソファーに置かれていたクッションを、怒り任せにベッドに投げつける。
いっそ机上のティーセットを投げ割ってしまいたいけれど、派手な音をたてたなら即座にザック様が飛び込んできてしまう。
今の私では、この煮え立つような怒りをおさえ愛らしく笑うことも、可憐な涙を頬へ零すことも出来ない。
(そうよ。私にはザック卿を護衛騎士として贈ってくださったじゃない。なのに、なのにどうして私ではなくお姉様なの……!)
握りつぶした手紙が、ぐしゃりと歪に歪む。
ルベルト殿下が首都に戻った直後、"療養"を理由に追うようにして私も村を発った。
運良く"勘"の当たったお姉様は村人に称えられ、随分と気分がいいよう。
まだ村に滞在するというから、私にとっては都合が良い。
(お姉様のいない今のうちに、殿下の心を私のものにしなきゃ……!)
そう心に決め、さっそくと健気な謝罪と体調の悪さをしたためた手紙を殿下に届けさせたのに。
殿下は見舞いはおろか、返事すら送ってはくれない。
ザック様の話では、寝る間も惜しんでお仕事をなさっているというから、今はまだしばし我慢の時。
淡く甘い香りを付けた用紙に殿下の体調を気遣う言葉と、私も体調が少しずつ回復してきた旨を添え。
絶好の機会にお渡ししようと用意していた、殿下のイニシャルをコバルトブルーの糸で刺繍したハンカチを届けさせた。
(疲れたお心に、きっと響くはず)
そう確信して、返信をお待ちしていたのに。
「そのお話は本当なのですか、お父様! ルベルト殿下が、ネリーシェの花をお姉様に贈られたって……!?」
私と同じく金の色をした髪を持つお父様は、私とは異なる緑の瞳を閉じて、「ああ」と呻くようにして首肯する。
「今回の功績の褒美として贈られたというけれど、"ネリーシェの花"ではそれ以外のお心があると考えるべきだろう」
「っ、でも、殿下はお優しい方です。社交界での地盤を固める意図でお姉様が望まれたとしても、きっと、駄目だとは言えず……っ」
「アメリア」
お父様はそっと、私の両肩に手を添える。
私が生まれたことで伯爵位と首都の家を賜ったお父様は、少々気弱そうな雰囲気はあれど、整った顔をしている。
それでも後妻はとらず、亡きお母様を慈しみ。
私のことも"可愛い娘"だと。出来得る限りのことはしてあげたいと、四苦八苦しながらも大切に育ててくれていた。
そんなお父様は、決意に頬を硬直させ、
「他国へ移ろう、アメリア。今ならまだそう苦労せず、国外へ出れる。煌びやかな生活は出来ないけれど、貯めておいた財産を大事に使って慎ましやかに暮らせば、そう厳しい状況にはならないはずだよ」
「そんな……っ、お父様が、私のたった一人の肉親であるお父様が、私に逃げるべきだとおっしゃるのですか……!?」
「今も昔も、アメリアは僕の可愛い娘だ。巫女かどうかなんて関係ない。それよりも、そんなくだらない伝説に振り回されて、大切な娘が奪われてしまうほうがよっぽど怖いんだよ」
今にも泣きだしてしまいそうな目元と、震えるお父様の手が、切実な想いを訴えかけてくる。
無償で注がれる、温かな親の愛情。
私が"普通の"少女だったなら、心打たれて、渋々ながらも頷いていたかもしれない。
けれど。
「……ごめんなさい、お父様。それでもやっぱり、私はこの国が大好きなんです」
「アメリア……っ!」
肩を掴むお父様の片手をそっと外し、両手で包み込む。
「自分でもわからないほどに、この国が愛おしくてたまらないのです。この気持ちが偽りだと、不要なのだと運命が拒むのなら、せめて愛したこの地で眠りにつきたいと思っています」
私を見つめていたお父様が、耐えきれないといった風にして視線を下げる。
それでも私は重ねるようにして、
「親不孝な娘でごめんなさい、お父様。お父様のことも大好きだけれど、心だけは、どうしても偽れません。ですのでどうか、お父様だけでも――」
「いや」
顔を上げたお父様の瞳には、堪え切れない涙。
「アメリアだけを置いてなんて行けるはずがないだろう? 大丈夫。こんなにもこの国を想っている優しい子なのだから。聖女様もきっと、力を貸してくださるよ。ただ……気持ちが変わったら、いつでも言いなさい。出来ることはなんでもするから」
「はい。ありがとうございます、お父様」
目尻に涙を浮かべてにこりと笑むと、お父様も慈愛に満ちた瞳を緩め深く頷く。
(ごめんなさい、お父様)
本当にこの国を愛しているわけではないの。ただ、私にとってこの地が"全て"なだけ。
なぜならこの肉体は、確かにお父様とお母様に与えられたものだけれど、"魂"は違うから。
"私"という魂を造ったのは、ガブリエラ様。
あのお方の魔力がなくては、たちまち衰弱し、消滅するであろう存在なの。
(お姉様が"聖女の巫女"として洗礼を受けてしまったら、せっかく綻んできたガブリエラ様の封印が再び強固になってしまう)
そうなってしまったら、たとえ処刑を免れたとて、長くはもたない。
(なんとしてでも、私が"聖女の巫女"として洗礼を受けなきゃ。そうすれば聖女の封印は完全に破れ、ガブリエラ様も完全なる復活を遂げられる)
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