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悪女の巫女と聖女の巫女

 私は、夢でも見ているのかしら。


 華々しい帝都から馬車で六日。

 このルディス帝国において知らぬ者のいない伝説の悪女、ガブリエラの魂が封印された洞窟にわざわざ自ら赴いたのは、実の妹のように可愛がっているアメリア・クランベルが重篤な病にかかってしまったから。


 徐々に身体の自由を奪い、死に至らしめる奇病。

 アメリアがこの病を発症したのは十六歳の時で、初めは時折、軽いめまいを訴えるだけだった。


 それが徐々に回数が増え、横たわるようになり。

 あと半月後には十七の誕生日を迎えることとなった今では、日中においても深く眠る日が増えてきた。


 特効薬はない。最後の望みは、ガブリエラの魂が封印された洞窟に咲くテネスの花だけだ、と。

 そう、アメリアの主治医は悲壮な面持ちで告げた。


 誰をも魅了する鮮やかなピンクの瞳を瞼で覆い、眠る愛しいその子の顔色は青白い。

 両手で包み込んだ白く細い指先はひやりと冷たくて、ただ、美しい金の髪だけがよく知る彼女のまま。


 アメリア・クランベル。

 銀の髪と淡い水色の瞳を持つ私が冬に例えられるのに対し、温かな春の陽気をまとう子。


 アメリアは私と同じお告げのあった新月の夜に、私よりも六分だけ遅れて生まれてきた。

 私達は生まれながらにして、けして共には歩めない運命を背負っている。


 一方は国に平和と繁栄をもたらす聖女、ネシェリの巫女。

 そしてもう一方は、国を破滅へと追い込みネシェリに封印された悪女、ガブリエラの巫女。


 生まれた子が十八の誕生日を迎えるまでに、ガブリエラの巫女である"悪女"を葬らなければ、この国は滅びる。

 それがこの国、ルディス帝国の神殿に下った神託だから。


 それでも。

 アメリアは運命を知りながらも、愛らしい声で私を「お姉様」と呼び、いつだって私の味方でいてくれた。


 たとえ私がこの国の全てに嫌われ、"悪女"と囁かれるようになっても。

 アメリアだけは、「私はお姉様が大好きです」と愛らしく微笑んで、いつだってこの手をとり導いてくれた。


 生まれながらにして産み落とした母の命を奪い、父に疎まれ。

 兄にも邪険にされていた私にとって、唯一の光。

 だから貴女を、守りたかった。なのに。


「動くな!」


 けたたましい足音と金属音を響かせ、洞窟になだれ込んでくる帝国軍の騎士たち。

 私をぐるりと取り囲み、微塵の迷いもなく鋭利な切っ先を向けて来る。


「ちっ、違うの! 誤解だわ!」


「誤解?」


 何度か顔を見たことのある騎士団長が、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「今まさにその手にはテネスの花が握られているというのに、いったい何が誤解だとおっしゃるんです? ミーシャ・ロレンツ様」


「それは……っ!」


「お姉さま……!?」


「! アメリア!」


 肩を上下させ現れた愛しい子の姿に、私は驚きつつもほっと安堵を覚えた。


(よかった、起き上がれる程度には回復したのね)


「見てちょうだい、アメリア。テネスの花よ! これがあれば――」


「お姉様! なんて愚かなことをなさったのですか……っ!」


 悲壮に打ちひしがれ膝を折ったアメリアに、「え……?」と困惑の声が漏れる。


(どうして喜んではくれないの? この花があれば、あなたの病は――)


 アメリアは歪めた瞳からはらはらと美しい涙を落とし、


「テネスの花を手折るなんて……っ! 嫌です! 私はお姉様がガブリエラの巫女だなんて、信じたくありません……!」


「な……にを……。なにを、言っているの? アメリア……」


 理解し難い反応に、ふらりとアメリアに近寄るも、


「アメリア様に近づくな!」


 響いた怒号と行く手を阻む刃に、びくりと歩を止める。

 すると、私に一番近い位置にいる騎士団長が、「まさか、この状況でしらばっくれるおつもりではないでしょうな」と眼光を鋭くし、


「テネスの花は聖女、ネシェリ様の聖なる祈りが込められた花。ここの花々は、ガブリエラの魂を封印するべく咲くもの。それを手折り封印を弱めるなど、己がガブリエラの巫女だと自白しているも同然!」


「な……っ! 知らないわ、そんな話……っ!」


「知らないはずがないのですよ。なぜならこの話はお妃教育にて、必ず学ぶ事実なのですから。そうですよね、ルベルト殿下」


「!」


 騎士団長の言葉に応じるようにして、その人が現れる。

 黒と混ざる深い青の髪に、燃える炎に似た赤い瞳。

 ルベルト・アルデン。ルディス帝国皇帝の嫡男にして、正統なる王位継承者。


 私達よりも二つ年上の彼は、皇帝より聖女との婚姻を定められている。

 つまるところ、私とアメリア、双方にとっての婚約者。

 彼は堅い表情のまま地に蹲るアメリアに近づくと、その肩を支えて立ち上がらせた。


「殿下……っ!」


 アメリアが濡れた瞳で縋るようにして見上げる。


「きっと、何かの間違いなのです……! ミーシャお姉様がガブリエラの巫女なはずがありません! 私が、そう、きっと私が"悪女"であるはずで……!」


「……あなたの気持ちは、承知した」


 宥めるようにしてアメリアの頬に伝う雫を親指の腹で拭ってやる仕草に、ズキリと心が痛む。


 私は、殿下が好きだった。

 たとえ聖女が決まるまでの、仮初の婚約者だったとしても。

 たとえ彼が、たったの一度も私に笑いかけてくれなかったとしても。


 皇帝陛下によって義務付けられていた月に一度のお茶会が、私にとっては心弾む至福の時だった。

 いつか――この気持ちに、少しでも。

 ほんの僅かでも応えてもらえる日が来るのではないかと、星に願った夜は数え切れない。

 なのに。


「で……んか」


 声が震える。

 アメリアへ注がれていた労わるような瞳が、冷酷さをもって私を捉えた。


「ミーシャ・ロレンツ嬢」


 紡がれる音は刃のように冷たい。


「こたびの行いは、帝国法において斬首刑に値する重罪と定められた蛮行である」


「ま……まってください、ルベルト殿下! 私は本当に、何も知らず……!」

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