王妃を助けに
「わ、我は…汚されてしまったのだ…。もう、魔王様に顔を合わすことは出来ない、魔界に帰ることが出来ようか…。どうして我を助けたのだ?どうして、死なせてくれなかったのだ?我を殺してくれ!」
彼女につかみがからんばかりに迫られたカークは、彼女の両肩を両手で掴み、彼女の目を直視して、
「魔王妃様。あなたは、汚されてなどおりません。」
しっかりした調子で、教え諭すように言った。
「しかし我は…お前も見たであろう?我は…。」
戸惑う彼女に、
「貞節な魔王妃様は、無意識のうちに、真に貞節な者が潜在的に持つ魔法を発動したのです。貞淑な女性には、そのような魔力が宿ると聞いたことがあるのです。人間亜人達は幻覚を見ただけで、魔王妃様には、指一本触れていないのです。犯したと思っているだけなのです。私も見て、保証します。」
彼は平気で嘘を言った。しかもその場限りの嘘である。とにかく、彼女を静かにさせたいと思っただけだった。上手くいくとは思わなかったが、意外にも、
「そうじゃな。そうなんじゃな!」
と彼女が納得してしまった。彼女も、そんなのことは嘘だとは分かっていた。しかし、信じたかった。信じることにしたのだ。
「まずは、これを。」
気を落ち着かせるための濃いめの甘いワインを入れた杯を渡した。彼女が飲み始めると、
「腹が減っては…と言いますから…。たいしたものはおだし出来ませんが。」
と言いつつ、パンとチーズとハム、スープを出した。さらに、茶も出した。簡単な料理ができるスペースも、道具も用意していた。天窓からは複雑な経由で、地上の光が入ってくる。その光の加減で、日が傾いていることが分かる。
「色々あるな?」
「保存食ばかりですが。」
「なかなか上手いぞ。腹が減っているとはいえ…。褒めてやろう。」
ぱくついている魔王妃はだったが、
「早く魔界に、魔王様の元に帰りたい、いや、帰らねばならない。早く、このことを知らせたいし、安心させたいのだ。」
“あ~、信じすぎてしまったかな?あちらが…。”と思ったが、“これを納得させないと。”と、スープを飲む手を止め、
「もちろん、食事が終わりましたら、すぐさま、ここに来たのと同様に魔王様の元に参りましょう。ところで、人質に送られている王妃様の身の安全を。」
「なに!」
魔王妃は目を剥いて、怒りの感情を露わにした。自分の受けた屈辱を味あわせ、殺したいと思っているのが分かる。だが、それは、彼女は飲み込んだ。それを言うと、なかったことになった自分の凌辱を認めなければならなくなるからだった。
「彼女も哀れとは思いませんか?殺すために送られたのですから。裏切られ、棄てられたのですよ。」
ここぞとばかりに言い立てた。
「う、う…、それはそうだな…。」
“無理な理屈だったが、まあ、上手くいった、結果オーライだな?”魔王妃は、不快そうではあったが、頷かざるを得なかった。“こいつを、人間亜人の戦いの矢面に、我が軍の戦力として立たさなければならないのだ。”
「それにですよ。彼女は裏切られ、棄てられたのです。しかも、他の女に寝取られたのですよ。帰る所もないのですよ。そのことを知った時の精神的痛手は大きいでしょう。哀れな姿をさらすかもしれません。」
がっくりと泣き崩れ、絶望に打ちひしがれる彼女の姿を思い浮かべて、思わず魔王妃は相貌が歪んだ。慌てて、表情を元に戻そうとしたが、涎が少し流れてしまった。
「う!…。お前も悪い奴だな。」
「そうでなければ、お二人を助けようなどとはしないですよ。」
「?」
“訳の分からぬことを。あやつを利用しようとでも?まあ、よいわ。”その彼女の表情を見て、とにかく彼女が了承したので、カークは“まあ、いいかな。”と思った。そして、彼女に、少しでも急いで駆けつけようと焦っていることを悟られないように、落ちついているように装おうとしていた。魔王妃の方も早く戻りたいという気持ちと後ろめたさの相反した気持で悩んでいたので、そのことには気がつかなかった。カークは、嫌な予感がしてならなかった。
魔王妃は、カークが持ってきた彼女の服を
「もっと選んでこんか。」
としきりに文句をつぶやきなが、選んで身につけた。魔王に見てもらうことを第一に考えてのものだった。
「では行くか。」
「はい。失礼します。」
カークは彼女の手を握った。柔らかくて気持ちがよかった。魔王妃も、そう感じたが、すぐに否定した。二人の姿は、輝きだした魔方陣の中から消えた。
“魔族も人間亜人とやること、考えることは同じだな。”彼の目の前で、全裸の王妃が魔族達に凌辱されていた、魔王妃のそれと同様に。彼女の場合は、完全にぐったりしていて、魔王妃より長い時間いたぶられていると思われた。それでもやはり媚薬のせいか、身体は微妙に反応して、魔族達は、
「こんなになっても、身体は喜んでいるぜ。」
「全く、人間の女は淫乱だぜ。」
と罵りながら、自分達自身の興奮を煽っていた。凌辱している連中が、高官達ではなくなっていることからも、時間が長く経過していることを窺わせた。
魔王妃は、そんな彼女に一瞥をくれただけで、すぐに駈けだして、その部屋を出た。
「え?」
「あ、れ?」
と魔族達が、その後ろ姿に唖然とした次の瞬間には、彼らは全て気を失っていた。カークはすぐに、王妃に回復魔法をかけながら、回復薬を塗り始めた。
「あっちもやばくなってきたようだな。」
魔法石から聞こえる魔王妃の声が、切羽詰まった、助けを求めるものに変わってきたのだ。急いで、濡れたタオルで王妃の裸体を拭いて、シーツで包んで抱え、彼女の衣服やら手近に目にした金になりそうなものを手に取って、亜空間収納に放り込むと、魔王妃の位置を確認、彼女には密かに声が聞こえ、場所を示す魔具をつけていた、して、バルコニーに出た。そこから、駆け上がった、垂直に。彼女の叫びが、いよいよ追い詰められて、助けを求めるそれに変わっていた。
「間に合ってくれよ。」