勇者カクタの後始末
確龍門人。そう名乗ったのだが、カクタ・キーカ・デュートと聞こえたらしく、しかもカクタが名、デュートが姓、キーカがミドルネームとなってしまった。
「そのカクタが死んだわけか。」
しばらくは、さすがに毒のため動けなくなっていたが、それも小一時間で回復した。その後は、皆のやりとりを見ていた。早く始末をつけたいということだろう。チームの半ばが呼ばれて駆けつける頃には、死体は片付けられていた。
それをいぶかりながらも、涙を流しながらも、何かホッとしているように見えた。
「殿下と姫は、ホッとしているな。俺のために、苦しい立場になっていたのかな。」
泣いている女達もいた。
「彼待っていてくれるかしら?」
女の逞しさを感じさせられてしまった。もう少し見ていたかった。それでも、その場を立ち去ることにしたのは、
「勇者カクタの始末をつけないとな、最後の。」
これは、後付けである。全てを失い、何をしたらいいのか分からなくなった焦りを何とかしようと考えた挙げ句のことだった。
不可知の魔法を発動して、巧みに人の間を避けながら進んだ。“クリプトン、ウラン…まるで…。後で考えるか。”考えながら歩いた彼は、壁の前で立ち止まった。意識を集中すると、把手が現れ、誰もいないことを確認すると、それをひいて素早く入り、再び閉めると、また、壁になった。そこは、三畳ばかりの小さな部屋で壁には、王侯貴族などからの贈り物である剣などが飾ってあった。“これを見れば、やくざな魔法の隠し小部屋の意味を納得してくれるだろう。”足下に現れた転移魔方陣が光り出し、その中で彼の姿は消えた。そして、転移魔方陣は消滅した。
それから小一時間後、元勇者カーク・トューキ・カデュートは、王宮の一室に立っていた。異世界人である確龍門人は、小一時間前、そう名乗ることにしたのだ。
完全武装のカクタ改めてカークの目の前で、豪華な毛皮の敷物が敷かれた床の上で、裸の男女がかたまっていた。正確に言うと、一人の女を数人の男達が押さえつけて、両脚を広げて、男が一人、彼女にのしかかり、腰を動かしていた。女は、涙を流しながらも、涎を流しながら、喘ぎ声を上げて、腰を動かしていた。
「媚薬をたっぷりつけたとはいえ、魔族の女は淫乱だな。まあまあだったが、年増だけに大味だったな。」
服を着ながら、男が言うと、
「ずいぶん良さそうな顔して、やっていてよく言うな。」
と誰かが笑いながら野次った。国王の側近達である。そして、ここは魔王妃にあてがわれているはずの部屋である。組み敷かれて、凌辱されているのは、魔王妃である。
「陛下も、愛妃で口直しをなさっているじゃないか?」
「陛下もお元気だな。これで、一石二鳥と言うわけだな。いや、異世界勇者もいなくなって、三鳥かな。」
男達はまた、笑った。
「エクスガリバーを持った使者が、魔界の領域にいる真の勇者様の所に馬を走らせている。魔王も魔族も終わりだ。」
「四鳥かな。勇者カクタほどではないからな、真の勇者様は。」
そう言いながら、男が腰を動かしていた。
“全く悪趣味な…。”彼らの会話で、大体のことを理解できたカークは思った。
“あ、しまった、しまった。助けなきゃ。どうやって助けるかな?”悪趣味な展開ながらも、直ぐそばで展開している男女の営みというより凌辱の様子を目にし、淫靡な異臭をかぎ、喘ぎ声を聞いていて、観客になりかけていた自分に気がついたカークは慌て、判断を見失ってしまった。“え~と、とりあえず。”素早く駆け寄って、部屋にいる男達全員を次々に殴り倒して気絶させた。そして、次に部屋を結界で閉ざした。部屋の中をかけずり回わり、魔王妃の下着やら衣服やらを探し、亜空間の収納に放り込む。それから、体を痙攣させながら、裸体で横たわっている魔王妃を抱えて、転移魔方陣を起動させて、その中に消えた。その一瞬前、遠見の魔法で王の寝室を見て、大きなため息をついた。
カークは、横たわる魔王妃に回復魔法をかけていた。一括して回復魔法というふうにくくられるが、字義通りに弱った体を元気な、元の状態に戻すことから、一歩も二歩も高度な再生、さらには失われた手足を復活、死からの復帰(さすがに死後直後に限られるが)まであり、他方逆用するように衰弱、堕胎、死に追いやることも出来る。
乱暴に押さえつけられた際の怪我、大勢での凌辱による女性器その他の損傷の回復そして避妊措置であった、カークの施しているのは。
“しかし、本当にいい身体をしているな。”凌辱されているのは姿も脳裏に浮かび、自分自身に嫌悪感を抱きながらも、ひどく欲情する自分を否定できなかった。“そういうヒロイン?に襲いかかる最低恋人がでるマンガがあったな。その最低男の気持ちがわかる…いやいや…それに近いな。”と思いながら、自分を抑え、魔法に集中した。
魔族が放棄した砦の地下の部屋を魔力で隠した、彼の隠れ家だった。武具から生活必需品、宿泊可能な調度類もある。さほど広くはないが、そのために必要な広さがあった。ここに、幾つもの転移魔方陣のルートをつなげている。ここを経由して転移出来るように、その起動、維持にかなりの魔力と時間と手間がかかる転移魔方陣のために魔力を蓄積したシステムを構築していたが、それは、この部屋の存在と共に彼だけの秘密だった。
彼女が目を覚まし、自分が助けられたことを理解できると、裸体を隠すためにかけられたシーツが、ずれ落ちたのも気がつかず、元勇者カクタをひたすら詰った。そもそもこのようなことになったのはお前のせいだ、どう責任をとるのだと。カークは平伏しながら、彼女の怒声を頭の上を素通りさせながら、彼女の裸体を窺っていた。典型的な人間系魔族、長い黒髪が黄色がかった白い肌と絶妙なコントラストをなしている。人間の女性の平均よから見ると長身だが、大女ではない。わりとスリムだが、胸も尻も大きく、ウエストはくびれて、見事な容姿である。ピチピチした若さはないが、成熟し、若々しさを失わず、身体の線も崩れる前の、大人の女の色気を漂わせている。やや意志の強そうな印象を与えるが、鼻筋の通った、人間から見ても美人、魔族と言われれば、色々なところから見えなくもないが、人間と言われれば納得する。欲情がこみ上げるのを、彼女の詰る言葉すらその炎を燃え上がらせてしまっている、を押さえながら、
「このようなことになったのは、残念無念です。約を違えたのは、人間亜人の側。しかも、このような恥ずべきことをなすとは、愛想すら尽きました。お約束通り魔族の先頭に立ち、人間亜人の軍と戦い、これを壊滅させましょう。私自身、彼らに裏切られ、殺されかけたのです。何らの躊躇はありません。」
力強く、ゆっくりした口調で言うと、彼女は頷いた。そして、自分の身に起きたことを思い出し、今度は足下に落ちていたシーツを、慌てて拾い身をそれで包むと、嗚咽し始めた。