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勇者カクタの最後1

「勇者様に乾杯!」

 30人近くの男女が、ビールやワインのジョッキや杯をかかげて、大広間の中にいくつもおかれたテーブルの席から立ち上がって声をあげた。

「ありがとう。君達に祝われるのは、本当に嬉しいよ。君達と飲むビールは、王宮で飲むより、何百、何千倍も美味いよ。」

 勇者カクタは、ジョッキを置くと、本当に嬉しそうな表情で言った。

 彼が王都で与えられていた屋敷でひらいた慰労会で、彼は久しぶりに寛いでいた。戦士、修道士・女、魔道士、聖女、賢者等々、人間、亜人、髪や肌の色も、種族、部族も、王子・王女から元奴隷まで身分も様々、中には魔族の血が入っている者すらいる、本当に雑多な面々だった。彼らが、勇者カクタのチームのメンバーだった。彼が異世界から召喚されて5年弱の間、初めは10人、それから次々加わってきて、これだけの数となったのだ。その間に魔族との戦いで死んで、ここにはいないメンバーも少なくはなかった。そのことを思い出すと、カクタは辛いものを感じた。彼は、虚空に向けてジョッキを捧げて、死んでいった仲間の名を呟いていた。それを耳にして、皆は言葉がでなくなった。それで、こういう時に、敢えて声を出す一人が、

「これで平和が来るといいっすね。」

「魔族も、人間も和平を守ってほしいものだが…、まあ、最愛の王妃、魔王妃を和平締結の約束の人質に交換しているから、大丈夫だと思うが。」

 魔王の四天王、副魔王まで倒した勇者カクタだが、彼は魔王を倒すのではなく、魔族と人間・亜人の和解、和平を提案するという誰もが思ってもいないことを行った。色々あったが、和平の約束がなり、締結、互いに魔法で拘束される和平の盟約まで、魔王の妃と人間・亜人の盟主国の王妃が、約束の担保、人質として互いに送ることになり、魔王妃がこちらに到着したのが昨日のことだった。王妃も魔王の元に着いている頃だった。二人とも評判は悪くなかったし、夫婦仲が悪いとは聞いていなかったから、

「王妃と魔王妃が人質のようになっていれば、大丈夫だとは思うが…。魔族の側で戦いたくないから…。君達と戦うなんてことが…。」

 この和平の約束には、破った側との戦いに勇者カクタが参加することになっていた。人間・亜人の側が破れば、彼は魔族軍の尖兵となるのである。

「だんなの顔を、見たら逃げますから、背中から斬らないで下さいよ。」

「そうよ。見逃してよね。」

 いかにも冗談ぼい言い方だったので、緊張がほぐれた。

「君個人にとっては、さらに困難で、早く解決しないといかないことがあるんじゃないか?」

 隣に座る金髪に近い赤髪の若者が、彼の肩に腕をまわして、意味ありげなことを言って、酒臭い息を吹きかけてきた。

「は?」

「どの娘にするのかな~?」

 その言葉を耳にしたチームの女の何人かが、視線を外しながら、神経を集中していることがその表情から分かった。

「そ、それは。」

 さすがに口ごもるカクタに、畳みかけるように、

「まっさか~、みんな選んでハーレムとか、けしからんことを考えているのかな~?勇者様にあるまじき考えだよ~。」

 彼は冗談ぽく言ったものの、女達の表情は険しくなっていくのが分かった。

「な、なにお、殿下といえども…とにかく、和平の締結、盟約が実現できるかで頭がいっぱいでそれどころじゃないですよ。王妃様、魔王妃様には、無事に帰ってもらいたいですし…。」

 何とか平静な態度を維持したと、彼は思っていたが、男達の顔は美味な酒の肴を得たというものだったし、女達の半ば競い合う目つきとなり、残りはおしゃべりの種にしようという表情だった。

「だから、今はなにも考えられないですよ。」

 それも、本心ではないというわけではなかった。王子は、窺うような、揶揄うような表情で見つめていたが、真面目な顔になって、

「まあ、そういうことにしておこう。でも、いつかは決めなければならないことだからな、これも。それに、みんな選んでハーレムだって、正妻は誰か決めなければならないんだからね。」

 最後はまた、揶揄う顔になっていた。

 女達の半ばは、“正妻”の言葉に反応し、その他は酒の、おしゃべりの肴にしたのだった。

「とにかく、和平の盟約が結ばれるのを見届ける、ということですよ。」

 助け舟を出してくれたのは、王女だった。金髪が似合う、やや小柄な美人だった。

「さすがに姫は、分かってくれていますね。」

 カクタは、ホッとした顔をしたが、

「その時が来たら私を選んでくれると信じていますよ。」

 ニッコリしているが、怖いオーラが立ち上っているのが感じられた。

「姫様とはいえ、抜け駆けは許しませんよ。」

 やはり金髪の、こちらはやや背の高い女聖騎士だった。

「まあ、飲みなさい。」

とワインの杯を彼の前に置いた。

「結婚を誓う杯などとは言わせませんよ。」

「分かっていますよ。まあ、飲んでくれ。」

 カクタは、仕方なく杯を口にした。

「美味いな。だが、変わった香り、味だな。」

 彼が首をひねると、

「感謝しなさい。我が家秘蔵のワインだ。」

と彼女は胸を張った。

「抜け駆けは、どちらですか?それなら…。」

「張り合うなよ。」

 王子の顔は、真面目なものだった。“身分違いなんだ。”と言っているように見えた。それをにらみつけたが、

「そうですわね。」

とあっさり退いた。それからも、かしましく宴は続いた。

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