撃退 2
「どうしたのだ?引き上げただと?合流する手はずではなかったのか?」
中年の堂々とした恰幅の歴戦の強者を、感じさせる男は、使者に思わず怒鳴った。言葉がない、あるはずのない使者は、頭を下げ、無言でいることしかできなかった。部下達は、彼らの上司である将軍が、かなり少なくなった金髪が、さらに抜けそうな表情も、怒鳴っているのも、始めて見て、聞いた。理由は分かりきっていた。魔族の軍が、後方、領地に侵攻したとの報告を受けたのだから、戻ろうとするのは分からないでもない。ここで、共に戦うよりも切実なことだからだ、自分の領地、領民を守るのは。
「どうした?この我に挑もうという奴はおらんのか?勇者は、如何したのじゃ?」
と叫ぶ狐耳の九尾女亜人を前に、将兵は腰が引けながら、悔しながら歯を噛みしめていた。
実際、彼女に勇者のチームが挑み、さんさんたる敗北を喫した。しょせん、自称勇者だと、散々と罵った挙げ句追放した。彼とそのチームは、実際は認定された勇者であり、その行為は彼のバックを、チームには王女もいた、怒らせた。しっかり支援をしなかっただろうが、という抗議が来た。それは、あながち屁理屈ではなかったが、それを傲慢にも、彼らの立場からみれば、無視してきた。彼らの撤退は、それも原因にあった。
「うわ~!」
前線から悲鳴が上がっていた。大きな魔法攻撃があり、防御結界がそれを防ぐことができなかったのである。被害は大きい訳ではなかったが、また、将兵の士気が下がってしまった。
「如何した?こんな攻撃も防げないのか?」
狐耳の九尾女が、櫓の上から大声で罵っていた。
大型の投石機も、操作する者達がよく分からない筒のようなものから放たれる弾で傷つき、動せる状況ではなかった。
また、エルフやオーガなどの亜人も、部族間の対立抗争で、動員人数が想定以下という問題も起こっていた。その抗争には、彼らの国々に人間の都市、農村があり、また、姻戚関係もあるため、人間諸侯も参加せざるを得なくなり、さらに、動員兵力が減ってしまっているのだった。
「焦るな…。時間をかけて…。奴らに余力などない。カークとその二人妻?それに備える兵力は十分あるでないか?複数の勇者達もいる…。」
自分自身に言い聞かせるように、彼は呟いていた。
“そろそろかな?”そんなことを思っていた者が、攻城側にいた。カークと内通者している騎士だった。カークが、魔界で何人かの魔王を倒し、こちらに向かっているという話を聞いていたからだ。
「待たせたな。」
聞き覚えのある声が、耳に入ってきた。
「?」
彼の湧きにカークが、当然な顔で立っていた。
「わしらが来たからには、今からでも行動を起こしてもらうぞ。」
「さあさあ、早くなさいませ、ご自分の家臣達に命令を出して、同志達にも連絡を取りなさい。」
彼の二人の妻達が、やはり当然だという顔で、彼の隣に立ち、命令をした、無遠慮に。
“もう、二人は静かにさせておくか。後で、一人は交渉のつてに使うしな…。”
「大変です!む、謀反、裏切りです!」
副官からの報告に、将軍はまだ、強気だった。裏切り部隊は少数だし、後方に出現した魔族の軍も、打って出てきた砦の兵も僅かだった。兵力差はかなりあり、予備兵力も、備えも十分だと思っていた。相手の訳の分からない兵器や狐耳の九尾の女等手強い相手がいようとも、大丈夫だと確信していた。どんなことが起きようと、簡単に動揺しない、崩れない陣形、将兵だと確信していた。
それが、1隊がその堅陣を突き崩して、一気になだれ込んで来るのが見えた。矢継ぎ早に指示を出した。的確な指示、命令だったはずである、即座に実施された、はずだったが、その勢いは止まらなかった。裏切った部隊である、僅か数百人であるが、立ち塞がる部隊を、死傷者の山にして付き進んでい来た。
「ここは、いったんは退きましょう。」
助言する者がいた。確かに一理も二理もあったが、ここでも自分が、本隊が退いては、総崩れになりかねないと感じたため、それを決断後できなかった。
「なんだ?」
凄まじい風で、それにひきおこされた砂ぼこりで前が見えなくなった。何とか、目が開けることができたとき、彼の周囲を守っているはずの将兵が消えうしていた。
「遅くなり、挨拶が遅くなり申し訳ないね、閣下。もう退いてくれないかな?そうすれば、私と妻達は追撃しないから、しばらくの間は。」
いつの間にか、彼の前にたっていた男が穏やかな調子で言った。しかし、彼は答えを、口にすることすらできなかった。
期待をこめて周囲を見渡した。本陣まで突き崩され、至るところで押し込まれて、将兵が浮き足立っているのを感じた。だが、いた。聖大剣を持った戦士が、目に入った。彼の持っ大剣は、城壁も崩す、ようやく参陣したのだ。
堂々とした若い戦士は、自身に満ちていた。だが、全くといっていいほど油断はしていなかった。大剣を構え、カークを睨みつけた。
「どうするのだ?」
「私が相手をする。他は、その間任す。」
「雑魚ばかりですか?わかりましたよ。」
そのやり取りは、修正に聞こえた。他の戦士達は、怒りの形相を浮かべていた。わざと聞こえるようなしたのだ。
大剣の魔力が最大値にまで上がった。男は飛び出した。
勝負は一合でついた、少なくとも、その他大勢には、そう見えた。聖剣である大剣は折れ、その持ち主は、血を噴き出して倒れていた。
「まあ、仕方がない。全滅してもらうか、やっぱり。その方が、交渉に乗ってきてくれるだろうし、撤退の口実を与えられるからな。」
倒れた男のチームの仲間や聖騎士達が、そのような状況を見ながらも、向かってこようとしていた。
「では行くか?」
「ああ、我ら3人でなぶり殺しにしてやるか?」
「まあ、苦しまないように皆殺しにして差し上げましょう。」
ケイカとテンシアは、残忍な快感をかんじていると思わせる微笑を浮かべた。
「転真敬会奥義。四行小進!」
「なんなんじゃ?」
「さあ~、何でしょう?」
「考えるな。」
高熱、電撃、超重力、衝撃波を纏ったカークと火炎で周囲を覆ったテンシア、電撃を発し続けるケイカが、長剣を振りかざして駆けた。行くところ、殺戮が起きた。まるで、耕すように、あるいは生という収穫物を刈るかのように、彼らは進んだ。
かくて、その後、1時間足らずで、ペラノ王国軍別働隊は、その九割が壊滅、生き残ったのは一割、無傷だったものはさらに、その中の数百人だけだった。ちなみに、反旗を翻した部隊の人数は、そこには含まれてはいない。
この壊滅、敗走で、ただでさえ目の前の城塞を攻めあぐねていた各国の軍は、これ幸いにと撤退を開始させた。
同時に交渉の開始となった。
「役にたってもらえる時が来たな。」
「故勇者カクタの遺産が役に立つたつときが来ましたわね。」
「ひどいことを言うなよ。既に役に立っているだろう?」




