合従連衡
「こ、このダークエルフどもが…。」
魔界のエルフ、ハイエルフは、苦しそうに悪態をついた。体中が痛く立ち上がれなくなっていた。
「まだ、魔王様のつもりで、す、の?」
「もう、我らに抵抗するどころか、立つこともできない身で、どの口が言っている?」
「あら、あら、駄目ですわよ。弱い者いじめをしては。」
ケイカとテンシアに、踏みつけられながら、彼女は立ち上がる力さえなかった。
「少しは優しくしてやれ。これから、部下にするんだから。」
カークが、二人を抱きしめながら言った。魔界のハイエルフの女が、魔王神殿の一つから魔王に認定された。魔界のエルフをまとめて、1/3くらいだったが、魔界の統一戦に加わった。まずは、完全にエルフ全てを掌握することを目指して行動を開始した。勢力固めとして、当然のことだった。周囲には、魔王を名乗る勢力は、なかった。だが、それ以上に厄介な相手がいた。カークである、真の魔王と名乗る上で、倒さなければならない相手である。彼の魔界侵攻と正面衝突してしまったと感じた時には、彼と彼の二人の妻と彼の精鋭により、本拠の城が急襲されてしまった。それを知った時には、却って好都合だと自信があった。しかし、力の差はあまりにも大きかった。四天王、副魔王ごと叩きつけられて、動けなくなってしまった。
「殺せ!こんな屈辱などまっぴらだ!我は、魔王だ、魔王の誇りと共に死ぬ!」
全ての力を振り絞って、彼女は叫んだ。
「死ぬな。死んでくれるな。俺は、お前に死んでほしくはないんだ!」
その声に聞き覚えがあった。彼女は、何とか声の方向に首を回した。
「何故、お前が?」
魔王になる前から知っていた人間、魔族と戦う戦士だった。かつて親しく話をしたことすらあった。戦いつつ、親愛感も感じていた。魔王になって以降、先頭になって、人間界に侵攻した彼女の前に立ち塞がったのは、彼だった。
「彼の気持を理解してやれないか?それに、お前には、副魔王に準じる力を与え、魔界のエルフの統轄を任せてもいい、こいつと共に。」
カークは、身をかがめて話しかけた。
「そ、そんなことができるのか?」
増してくる力とそれに伴うのか、現れる知識で、彼もある程度、魔王のように臣下に力を与えられるようになっているのを知った。
「そして、人間も、魔族も、共存する国のエルフの重鎮となって、国作りるんだ、いいな?私と私の二人の妻の下でな。そこの勇者とともにな。」
二人の視線が交わって、カークすら二人の関心の枠外に一瞬なっていた。
このまま殺しても良かった。彼の気持に同情したし、彼にも、彼女にも、いや二人が一緒なら彼が今期待することをなすことはできそうだとは思ったのは、事実ではある。
とはいえ、彼が彼女に、期待するよう役割を誰かに与えるのも、今でなくとも良かったし、彼女でなければならないというわけではなかった。“相変わらず、甘いな、俺は。”この二人の関係を、彼の純情にも思えた彼の思いに、触発為れたのかもしれない、やっぱり、とあるためて思ったからである。
「異世界からの転位者は、やはりそうだ、この世界に害悪をなす存在なのだ。どうして、あの時殺せなかったんだ?」
プリマベ神聖帝国皇帝は、憎々しげになみいる諸国王、諸侯、帝国貴族、騎士達を前に呟くように、かといって皆に聞かせるように、言った。
カークと名乗る男が、プリマベ神聖帝国内で侵攻し、領地を強奪していたが、その男が実はかつて処刑されたはずの勇者カクタだという情報が伝わってきていた。その対策での、帝国会議の場だった。威勢の良い発言は飛び出すが、帝国内の各諸侯は、自らの兵を出すことを言い出そうとしなかった。諸侯は、大小あるものの、皆自分達の勢力争いの方が大切だったからだ。ここで、神聖帝国皇帝が自らの陣頭に立つ、自分の手兵だけでも出陣すると言い出せば、多少自立的な帝国騎士達はこぞって加わるだろうし、有り金をはたいて傭兵を雇えば、それなりの兵力になるし、そうなると、流石に諸侯達も、周囲を見ながらでも、参加せざるを得なくなる。一人が加われば、我も我もとなり、あいつが1000名だすなら、こちらは1200名だそう、なに負けるものか1300名…となるかもしれなかった。それができなかった。帝国の兵も金も消耗させることなく、諸侯をより消耗させたいという思惑通りもある。そもそも侵攻を受けているのは、帝国直轄領はほとんどない。勝手に挑んで、侵攻して、大敗し、逆に侵攻を受けて逃げ出しているのである。だが、それ以上に、カークの傍らにいる、この化け物じみた元勇者の、やはり化け物じみた二人の妻の一人が、元皇女であるかもしれないということである。そのことで、何が起こるかが不安だった。
そして、
「あのババアを、早く地獄に落としてくださいません。」
露骨にそこまでは、言わないものの実際には、ほぼ同じことを言いつのる、嘆願する、おねだりする若い王妃に、頭を痛めている国王がいた。若い妃のために、長年連れ添った妻を殺されることを前提に送りだし、それをより確実にするために、人質として来た魔王の妃を凌辱したのである。その二人は当然、自分を恨んでいるはずである。彼の自業自得である、だが、現王妃の困った行動の結果だと、頭を悩ませていた。彼女のために、自分が恨まれている、困ったものだと。それでいて、彼女にどっぷり浸かっているのである。
さらに、自分の女をカークなる者が、あのカクタが無体に奪ったらように、感じてもいた。怒りを感じていた。
だが、彼は、カークが、カクタが、この国を恨んでいる、この国を守るため、彼を殺さねばならないと転嫁しようとしていた。それもまた、一概に彼の酷い責任逃れというわけではなかった。勇者カクタの暗殺は、それを積極的に主張する者達が多数派を占めていた、彼の近臣、政府官僚、貴族、宗教界で、彼はその総意に従ったという面はあった、彼自身が積極的だったとしてもだ。カークの侵攻は、プリマベ神聖帝国内に、まだ限られているが、親しい関係、半ば格下の同盟関係にある諸侯が倒されていることから、不介入ではいられなかった。それに、たの諸国も同様な状況になっていた、多少の差があるものの。
ペラノ王国国王は、カークとその二人の妻の勢力を叩くことを、決断していた。あとは、その方法、他国との協調とまではゆかなくとも、対立を生じないように、プリマベ神聖帝国に協力するということの了解、兵力、そして、拡張できる領土の見積もりなどに、考えを向け始めていた。