侵攻開始 2
「それ放て~!」
聖女の叫びと共に、音もしない、煙も出ない、臭いもない、筒型の火縄銃、火打ち式銃としか思えない形の筒?銃?の引き金を十数人の人間達が引いた。もちろん反動もない。しかし、筒の中に差し込まれていた棒、三分の一が大きく膨らんでいて、筒にはいる前には十字形の羽がついていた、が飛び出してゆく。それはエルフの弓でも、どんな力自慢の者の聖具の強弓でも、大型の投石機でも、超一流の魔導師でも考えられない距離を飛んで、狙ったところにほぼ正確に、より速く、防御結界を貫き、到達し、炸裂して、炎と熱と金属の破片を周囲にまき散らした。指揮官クラスも含めて、吹き飛ばされ、火傷を負い、傷ついて倒れた。
先頭を進んでいた部隊は、結界で阻まれて進めず、というより、その結界に触れると、つきやぶろうとすると、衝撃を受けて倒れてしまい、幾度か突撃を試みて死傷者の山ができて立ち止まらざるを得なくなったのだ。魔導師の魔法攻撃すら成果がなかった。時折、飛んでくる球に、確実に3人は、倒れていった。
「戦い聖女の防御結界を甘く見るな~!でも、カーク様。よくこんなもの考えるわね。」
彼女がため息を漏らすと、
「本当ですね。」
傍らで、狙撃銃を持った少年が目を輝かせていた。彼は、純粋に、この魔法力蓄えた魔法ガラス、それも彼が作り出した、を動力、発射薬のようにして、魔法を込めた棒火矢と彼が呼ぶ物を打ち出す筒、銃とやはり彼が呼ぶもの。魔法力を蓄積する方法、蓄積する手段、それを利用し、使う手段などを、カークは開発し、錬金術師達を集めて、まだ少数生産を始めていた。魔力の挿入が彼しか出来ないため、利用数が限定されることが欠点だった。
年下の彼の眼差しに、彼女は眩しいものを感じながら、嬉しそうに見つめていた。
「一気に突入だ!」
大きな爆発が本陣で起こったため、全軍が浮き足立った中に、勇者を核とした斬り込み隊が突入した。最早大勢が決していた。
ただ一つの、何とか抱え上げる大きさの砲からの砲弾を何発か撃ち込まれた結果だった。
「凄いですね。あ、勇者様がいてこそですよ、もちろん。」
「いいさ。あの人の元で、お前と夢が見れそうだ。」
そう言われて寄りそう魔族女を、勇者と呼ばれた男は抱きしめていた。
二隊が、総崩れになっていた時、主力は複数の勇者チームと九尾の狐が守る陣地を攻めあぐんでいた。三方から包囲されるのに、さほど時間がかからないだろうことに、彼らは気が付いていなかった。
「お前が、後ろで糸を引いておったか?ここで、改心すれば許してやるが、どうだ?」
テンシアが、前に出て初老の男に語りかけたが、返事は、
「偽者だ!取り押さえろ!」
捕虜から聞いた情報から、後方に控えていたテンシアの実家に仕える伯爵が糸を引いているのが分かった、彼女とはよく知った男だった。そのため、3人でのりこんだのだが、
「どちらも同じですわね。」
ケイカも、ため息をつきながら指摘した。
「ここも炎上させてようわ。」
テンシアの言葉に、
「ああ、分かったよ。」
カークは、残念そうに答えた。
大きな損害を得ていたものの、まだ退かなかった軍を、そのまま総崩れで退却させると周囲を略奪するので、カーク達も加わり、壊滅させた。
後は、周辺を脅したり、実力行使で臣従、制圧して、魔界と人間界がつながる領地を形成させた。二人の領地を奪い返して、1年弱後のことだった。
「ようやく、あの風車も水車も動きはじめたわね。初めて見た時は、これが動くのかと思ったわ。」
「我もだ。しかし、驚くほどの性能だのう。これも、お前の元の世界のものか?」
関心しながら、揚水用や動力用の水車、風車を見ながらケイカとテンシアがカークと腕を組みながら、うっとりするように肩に頭を預けながら言った。魔界は魔王の座の争奪戦が本格的に始まり、人間界は魔王が死に、魔界の事情を知らず、魔族の侵攻が激減したことで当面の魔族の脅威が無くなり、共通の敵がいなくなったことから対立抗争が激しくなった。結果として、カーク達のいる地域はその真空地帯となり、統治体制、インフラの整備が多少とも楽に進めることができた。もちろん、度々カーク達3人が直接陣頭指揮で、侵攻軍を蹴散らしてきた結果ではある。また、わざわざ損害を出してまで侵攻する必要が無い場所と判断された結果、あまり大々的な侵攻が無かったため、楽にけ散らすことができた。そのように考えるように策したことにもあるが。
「そろそろだのう。」
「ええ、そうですね。」
二人が彼を見上げて言った。そういう時期も終わったということである。既に無視される、大目に見てもらえることができないほど、彼らの国、そういうにはまだ小さすぎるかもしれないが、は大きく、強力になり、そして知れ渡ってしまった。魔界に、人間界の技術を持ち込んだ。より優れた農具、輪作等の農法、より収穫が多い作物、揚水、干害技術等だ。あまりにも粗放な魔界の農業を一新、農業生産を飛躍的に高めた、なぞは僅か1年少しでできるものではない。できればもっと時間が欲しいが、何となく成果は、少しもだが現れてきているし、それに引かれて、また土地を与え余剰を自分の物にできるということで、移入してくる者も増えている。それは、主にカークの世界の技術等を導入している人間界の領地でも同様だった。だから、もうだまって見ていられない。そして、潰さなければならないと、賢明な者は本能的に感じているようだった。
兵力は、銃砲が多少とも装備が進んでいるが、とてもじゃないが不足だ、完全に劣勢である。頼りは、カーク達3人の力である。
「だから、我らは強く、より強くならなければならぬのだ。」
「そうですよ。だから、今夜も、たっぷりと強くなるために…ねえ…分かっていますわよね?それに年はとりたくありませんし…。」
「その通りだ。お前のためにも、われらは若くだな…。」
ため息をつきながら、カークは二人を抱きしめた。“後戻りはできないからな。”




