侵攻開始
「いい加減に、わが領地の不法占拠を止めてもらいたい。これ以上の忍耐は、保証できんぞ。」
大柄な、人間型魔族と魔界系オーガのハーフと思われる魔族の男が、ふんぞり返るように、堅い長椅子に座りながら、すごんでいた。
小柄な魔界系エルフ、いわゆるダークエルフの褐色の肌の男は、少しためらう調子ながらも、はっきりと、
「前魔王様の王妃様の領地であり、その正当な親族である我々が、正当な相続人である。そのことは、亡き妃様の代官達も認めている。それに、魔王を称し、侵攻してきたトカゲ族どもを撃退したのは我々である。脅しに屈することはない。」
と撥ねつけた。彼の後ろの護衛達は、得物に手が伸びかかったが、彼らの主人は護衛隊長の耳打ちから、ダークエルフの後ろに立つ男を見て、彼らを止めた。
「人間の勇者を、どうやって手なずけたか知らないが、いい気にならないことだ。」
そう言うと、荒々しく席を立って、護衛を従えて部屋を出た。
「交渉決裂。実力行使だな。」
人間の勇者と呼ばれた金髪の若者は、不適な笑みを浮かべた。だがすぐに、皮肉な表情になって、
「あの調子だと、数百人程度の数ではなく、万を超す兵力の目安がついていそうだな。これは、ちょっとどころか、かなりやばいぞ。」
とダークエルフの男を脅かすように言った。
「あら、この戦う聖女を加えても?」
どこからともなく入ってきた赤い髪の若い美人が、揶揄うように言葉を投げかけた。
「ああ、もちろんだ。」
「まあ、そうよね。」
あっさり認めると、深刻な表情になった。その二人を心配そうに、魔族の小柄な美人の女とまだ少年にも見える優しい顔立ちの魔道士に、
「カーク様に相談するから大丈夫。」
と唱和して、安心させるように微笑みを浮かべた。
「どちらも、示し合わせたようにやってくるな。」
ケイカの元領地の方には、最後通牒が届けられた。境を接している貴族からである。かなり勢力があるとはいえ、自分の武力だけで侵攻するだけのリスクを犯すのは難しい勢力である。しかも、彼にはケイカとの血縁関係も、親族関係もなかった。彼の後ろに地域大国という国があり、それを背景に領有要求を行ってきたのである。単にオオカミの威を借りる狐の行為ではない。この地域を制圧することが、彼に命じているのである。彼には、それなりの支援もする。だから、かなりの兵力となることは確実だった。
「私の国も、勢力争いが本格化してきましたわね。さらに、後ろ盾がいそうですけど…あ…。」
分かったという顔だったが、言葉を濁した。カークが続けた。
「お前の元夫だろう?」
カークの指摘に、嫌な顔をしながら
「そうですわね。多分、そうですわ。」
とあっさり認めた。
「元女房の物は自分の物だ、という気持だろうな。さらに、ここに自分の勢力下に置きたい、ゆくゆくは…というところかな。」
「そうですわね。」
「とにかくだ、どうするのだ?お前は一人しかいないぞ。」
「確かにな。まあ、手近の城にいる伯爵様を、城を枕に討ち死にしてもらうか。ハーフオークの旦那は、兵力をまとめて行うつもりのようだから、時間がかかるならな。」
ケイカは即座同意、テンシアはしかたがないなという顔で頷いた。
「では行くか、3人で。」
「は?」
「え?」
「いくら何でも、いきなりは危険ですわ。」
「一応、事前偵察が、必要ではないか?」
と二人が抗議すると、
「だから、3人で見に行くんだろ?」
と当然のことだろうという風に言うのに対して、
「そうですか…。」
「それなら…。」
と二人は同意せざるを得なかった。
そのはずだったが、
「ああ、もっと早く逃げ出せば、命が助かったのに…。」
「長口上などしていたからじゃのう?」
その城が炎上するのを眺めながら、ケイカとテンシアが呟いた。
城は、モノ公国モノ公爵の城である。元ケイカの領地に最後通牒を送ってよこしたシミオ伯爵の館に行ってみると、彼の後ろ盾のモノ公爵の元に出向いていることが判ったため、そちらの方におもむいたのだ。
行ってみると。シミオ伯爵他モノ公爵の傘下となっている何人かの貴族、領主達も集まっていた。ちょうどいいということで、その場に乗り込んだ。
「私の顔を忘れたのかしら?」
衛兵を蹴散らして、彼らがいる大広間に入ったカークの右側から、一歩前に踏み出したケイカが、モノ公爵と隣の婦人に語りかけた。
「な、なにを言っておる!お前のような女は知らぬ!」
どうも彼は、別の意味にとっていたようである、その言葉を吐いた様子から見ると。
「あ、あなた…ちょっと…。まさか…まさか?」
婦人の方は気が付いて震えだした。それを見て、
「?。ま、まさか…。」
とようやく判ったようだった。
「ようやく判ったようね。それなら話は早いわ。私の領地に手を出さないように!ちょっと事情があって、私が前面に出られないから、彼らを代理にしているの。黙って、手を引けば、そのうちお礼をしてあげるわよ。」
彼女は、命令するように言った。動揺する公爵に、婦人の方が平静さを先に取り戻していた。
「あ、あなた。偽者をかたづけて、手柄にしましょう。」
その言葉に勇気づけれたのか、公爵は
「そ、そうだな。皆の者、そこの3人を取り押さえろ。抵抗するなら、殺しても構わん。」
3人は、周りを囲まれた。
「しかたがないな。一暴れするか。ん?公爵の後ろにいる10人の男女。雰囲気に、記憶がるが。」
「ああ、夫の国の影の精鋭部隊のようだわ。」
「まあ、それでも大したことは、なさそうだ。だが、暗殺者か、なにか?」
「それもあるし、切り込み隊、護衛、工作者、監視、色色あるわね。」
そうこう言っている間に、彼らは襲い掛かってきた。
「どうだ~。」
一人を捕まえて、ケイカが投げ飛ばした。数人を巻き込んで、壁に激突して、投げられた男は半ば潰れた。
「こっちは、こうだ~。」
テンシアも同様に投げ飛ばして、同様な結果となった。
逃げ腰の将兵に、二人は踊りかかり、つぎつぎちぎになぎ倒してゆく。魔法使うでもない、高まった力を確かめたいというところだった、二人は。
「あだなす邪悪な存在を業火により…。」
必死に詠唱を奏でようとしていた魔導師の女に一撃を食らわして気絶させた。10人の男女は様々な能力があったが、魔法や剣を使うほどではなかった。
瞬く間の間に100人超の兵士、戦士が動かなくなった。
公爵は、利用しようかと考えたが、彼から出てくる言葉は、自分の後ろにいる存在で脅しつけようとするだけだった。彼を潰して、ここに力の空白を作って、混乱を発生させる方がよいか、という結論に達してしまった。
「転真敬会奥義、小進火!二人とも行くぞ。」
炎上する城を見ながら、カークはほんの少し後悔していた。




