魔界での拠点確保
「久しいな。この隠し部屋に入るのは。」
テンシアが、呑気なことを言って、暗く、埃がたまって、かび臭い部屋を懐かしそうに見渡していた。
「狭い所で寛いでいないで下さいます?早く出ないと後が使えていますのよ。外に誰もいないか、確認して下さいな!」
ケイカが彼女の後ろから苦情を言った。もちろん小声でだ。部屋は、3人でもう狭く感じるほどだった。部屋そのものが小さいというより、雑多なものを載せている棚が部屋のかなりの部分を占めていることとそれ以外の所にもものが至る所に置かれているためだった。
「分かっておるわ。今、探索魔法で周囲を確認するから待っておれ。」
「あ、あん。そんな、こんなところで…。」
「な、何をしておる!今どういう…、わ、吾も…。」
「こんな場所では、体が触れないわけにはいかないだろう。ドアの周囲には誰もいない。出るぞ。」
「わ、わかっ…あ、あん。」
「な、何をしてるのですか!」
「出るぞ!」
廊下に出たが、誰もいなかった。人の気配もしない。ここは、テンシアの居館の最上階の隠し小部屋である。
「そもそも、ここはなんのための部屋でしたの?」
「いや、知らん。子供の頃見つけて、隠れ場所にしていて、そのうち…。」
急に言いよどみ始めたので、
「その後、お年頃になって、どのように使ったたのかな~?魔王妃様、元。」
「なんじゃ、その下品な言い方は?」
「そんなことは、後でゆっくり説明してもらう。全員出てこい。ことは急ぐからな。」
最上階は、何とか50人程度の人間が整列する程度の広さがあった。
「最上階そのものが、隠し部屋みたいなものだからのを、あまり来る者はおらんのだ。たまには来るが。」
「あまり安心できないわね。」
「最上階で見張りがいないのか?」
「最上階の上の屋上又は四方の櫓を使う。」
「とにかく、下には強い力が集まっている。調度いい、一気に片をつけるか。」
カークは、緊張して居並ぶ面々を見回して、
「雑草は、早いうちに刈る。駆け出しの魔王とその幹部達を一掃する。お前達は、ケイカとテンシアを援護して、かつ身を守れ。魔王を倒した後に、もっと働いてもらう。では行くぞ。」
カークはそう言うと、背を向けて歩き始めた。索敵魔法で位置は分かっていたが、テンシアに先導させた。
彼女の代々の直轄領に、少し前にこの地の魔王神殿で魔王認定された魔族が侵攻、占領し、館を根拠地にしていた。まだ、周辺に魔王としての力を持つ者がいないため、とりあえず城塞とは言えない、この館を拠点にしているが、近いうちに拠点となる大城塞を作るなり、既存の城を奪取するなりするつもりなのだろう。
テンシアの勝手知ったる館にいることをいいことに、少数で殲滅し、この地を奪い返す。魔王の軍は、魔王あってのもの、しかもできたてである。魔王さえ殺せば、軍は簡単に崩壊、自分のものにできるかもしれない。
“本当に…本当に、これで後戻りができなくなるな。”今までは、理不尽に一切放り投げても、さほど大きいものではなかった。2人の女を非道にも捨てても、恨まれても、知っている者はわずかで、関心をさほど持つ者もいなかった。ここで、1人の魔王とその親衛隊なりを倒せば、即敵はできるし、今は直接関係がなくても、将来或いは可能性として、彼を恐れ、何らかの形で倒さなければならないと考える者が出てくる。たとえ、カークが、
「や~めた!」
と言っても信じない、聞かないだろう。
そして、味方?いや、彼についてくる、或いは彼の関係者が多数出てくる。彼らは、カークが消えてしまったら、悲惨な目に合う。彼に
「止めるから。」
などとは言わせないだろう、自分の身の安全がかかっているからだ。彼とて、今従う数十人ですら見捨てることが出来るほど善人ではない。
“もう静かな生活など求められない。”のだ。
「どうした?騒がしいようだが?」
トカゲ顔、当人達はドラゴン顔と称するが、の大柄な魔族は、怪訝な表情で部下を見た。
「直ぐに、見てまいります。」
側近の同族と思われる男の1人が、即座に答えて、駆け出そうとした。その必要はなかった。衛兵の1人が、大広間に入ってきたのだ。
「て、敵襲です。いつの間にか、侵入しており、衛兵が戦っていますが、破られるのは時間の問題ないかと。」
彼の前に平伏して、口早に報告した。
「敵は、どういう連中だ?数は?」
「人間型魔族かと。数は、100人程度かと。しかし、かなりの精鋭と思われます。」
衛兵は、魔王の質問に的確に答えた。若い魔王は、自分の組織が自分と同じで若々しく、能率よく、高い能力で動いていることに満足した。
「直ぐに、親衛隊をはじめ、館内の兵を動員せよ。しかし、馬鹿な奴だ。わざわざこのような日を、時を選ぶとはな。」
周囲を見渡して、不適に笑った。副魔王をはじめ、四天王とも言える5将等精鋭達が揃っていた。しかも、武装姿で。宴会でも何でもない。出撃前の打ち合わせの場だった。自分をはじめ、地位が、実力、戦力に比例している組織だった。館内で、今直ぐにここにというと、それ程の数とは言えないが、100人程度の兵など瞬殺できる。しかも、見る間に集まってきていた。
「侵入ぶりは見事だった。さすがに、そこは人魔族だ。しかし、やはり、どこか抜けているな。」
大笑いすると、皆も笑った。占領地は、彼らとは異部族ばかりであり、子のような反発、行動は予知していた、想定内である。人魔族、エルフ族が分裂していることと、彼らを傘下に入れることは利益があり、かつ、彼らはわりと従順である、強いと認めたり者には温和しく従い、奉仕してくれる。同族より物わかりがいい。“ここで、力を示せるな。これで、一気にこの周辺を制圧できるな。”彼は、先々を読みながら、ほくそ笑んだ。
程なくして、自分の真の魔王への階段の1段目を飾る犠牲が目の前に現れた。
「よくぞ参った!魔王自ら、相手をしてやろう!」