王妃と魔王妃は罵り合い、泣く
王妃が目を覚ました時、男女が二人身を寄せ合っているのが目に入った。しばらくして、男が勇者カクタで、女に回復魔法を施しているのだと分かった。そして、自分の体に痛みがないことも分った。自分は勇者カクタに救われたのだと理解できた。おぞましい光景が目に浮かんだが、王妃として、彼に、とにかく言葉をかけてやらねばと思った。
「勇者カクタ殿。私は助けていただいたようですね。感謝します。」
その言葉に、彼は振り向いて、安心したような顔で、
「王妃様。目を覚まされましたか。今すぐ、食事の支度をしますから。」
その彼の後ろから、
「フン。汚れた人間が。」
毒づいた女が、魔族の女だということに気がついた。
「どうして魔族の女がこんな所にいるのですか…?まさか、魔王妃?和平の約を破った魔王の妃がこんな所に…?まさか、勇者殿、裏切った訳ではありますまいな?」
王妃は、蒼白になって、震え始めた。
「裏切っては、おりません。魔王は、既に倒しました。」
その言葉に、王妃は一旦静かになったが、今度は魔王妃が黙っていなかった。
「約を違えたのは、お前達人間ではないか?お前こそ、魔王様を殺して、裏切りおったのか!」
それを無視して、カークは、
「魔王妃様は、王妃様同様、着くなり凌辱され、犯されたのです。和平の約を破ったことも、そのやりようも、人間と魔族は同じことをしたのです。」
彼は淡々として王妃に説明を続けた。その内容に思わず、
「おい!」
“我は凌辱されていないはずではなかったのか?”と聞きたかったが、そこまで言えなかった。言ってしまうと、人間の女の前で自分の醜態を見せることになるからだった。
「おい、どうした。何とか言え!こっちをむけ!」
彼女の苛立った声に、カークは全く応じることなく、
「お二人とも、裏切られ、棄てられたのですよ。国王陛下も魔王も、お二人が殺されるだろうと知った上で、いや、期待して、このような約の破り方を選んだのですよ。」
それは、王妃にだけではなく魔王妃にも向けられた言葉だとすぐにわかった、二人には。そのためか、二人の怒りはカークに向いた。
「このような輩と和平など問題外だったんですわ!あなたが、和平などと言い出すからこんなことになったのです。異世界から来た者の言葉を信じたのが間違いでした。」
「それはこっちのセリフじゃ!こんな虫けらどもと共存などという戯言にのせられたのが失敗だったのだ。和平など耳を貸さなければ、妾はこのような屈辱を、味わうこともなかったのじゃ!勇者。どちらも約を違えたと言うなら、今度は人間達を同様なことをするのが筋であろう。」
「何を言います。あなたが?魔族のような淫乱で不味い女と、私のような繊細な高貴な存在と一緒にしないで下さいな。どうせヒイヒイ言って喜んでいたのでしょう?」
「なんじゃと?言うに事欠いて…その言葉、そのまま返してやるわ。体が感じて、腰を動かしてよがっていたのを見ておるわ!」
「あれは媚薬のせいで…。そういうあなたも同様だったのではありませか?勇者殿、どうでしたの?この魔族女は、どんな醜態をさらしていたか、正直に言っていただけませんか?」
「勇者~…それよりも、全てはお前のせいではないか、どうしてくれるのだ?」
「そ、そうですわ。全てはあなたのせいではありませんか?あなたが和平など言い出さなければ、私はこんな目にあわなかったはずよ!この責任どう取るつもりなの?!」
「召喚した人間達に殺されたそうではないか?お前は誰からも必要とされていなかったのだ。誰も、お前を信じても、愛してもいなかったのだ。哀れなものだな。」
「所詮、異世界からの馬の骨。少しばかり強かったから、おだてられていい気になって…、殺されたのも自業自得だったのよ!」
二人はツバキを飛ばして、彼を詰った。それは、さらに続いた。
それがかなり続き、それまで黙って、正座しながら彼女が詰るのをじっと聞いていたカークだったが、だんだんと腹立たしさを感じてきた。そしてついに切れた。立ち上がり、
「うるさい!寝取られ女が!」
声を荒げることはなかったが、怒りがこもった低い声に、その形相に、涙を流しつつも詰っていた二人は、だまっている他なかった。
「若い女の方がいいんだとさ。そう言っていたよ。婆さんとは飽きたんだとさ。良いチャンスだと思ったんだろうさ。あんたらは、女の魅力で負けたんだよ。」
女達は、悔しそうな顔をしたが言い返すことができず、歯をくいしばるだけだった。
「和解の、和平の何が悪い!何時までも、魔王と勇者のシーソーゲームで争っていてなんになる?それを終わりにしようとは、お前らは、どうして思いつかないんだ?この世界の連中はトンデモナイ馬鹿野郎ばかりだ。」
「俺が殺されるのが自業自得?俺が何をした?罪を犯したか?俺がやったことで自業自得で死んだというなら、この世界の大半の人間も魔族も、亜人も死ななければならないぞ。大体、そこまで言うなら、お前らも俺を殺した関係者だ。」
それから彼は、長々と自分の罪だということを取り上げ、その反論を執拗にした。その彼から何をされるのか、不安すら感じて震えて座り込む二人の姿を満足げに見下ろして、息を整えてから、
「魔王は殺した。だから、今度は、魔王を倒しに向かう真の勇者様を倒す。本当は、約を違えた、私を裏切った人間・亜人も、魔族も力尽きるまで殺し尽くしてもいいが、本当はそうしたいが、恨みは忘れて、約を違えたことだけを罰するだけにしてやる。」
そして、小さく深呼吸してから、
「お前ら二人は、新生勇者カークの門出として、安全な所まで送り届けてやるし、それまでは世話をしてやる。」
そう言うと、背を向けて隣の部屋に姿を消した。取り残された二人は、震えながら、不安そうな表情でいながらも、にらみ合っていた。このまま殺してやりたいとも思っていたが、体が動かなかった。元勇者カクタは、本当に自分達を守るのか?代償を要求されるかもしれない。守銭奴ともがめつい奴とも言われるところがあったから、その可能性はある。では代償は、当然自分の体だと思っていた。そのうち、彼は戻ってきた。パン、シチュー、ハム、チーズなどをのせた盆を持って来た。それを彼女らの前に置くと、再度背を向けて隣の部屋に姿を消した。今度はすぐに、ワインの入った陶器の容器と茶の入ったポット、そしてコップを持って戻った。コップにワインや茶を注ぎ、彼女達の前に置いた。
「もう夜も遅い。食事をして、体を洗って、寝ましょう。」
彼は、元の彼に戻っていた。初めはおずおずとだったが、二人はシチューをかけこむようにすすり、パンやハムにかぶりついた。ワインを飲み、茶もすすった。
さらに、小さな部屋があり、そこでは貯められた水を出して体をすすぐことができた。二人では、かなり窮屈だったが、黙って入った。簡単な石けんをこすりつけて体を洗って、水ですすいだ。後は、彼が持って来た彼女達の衣服を着て、用意されていた寝具にくるまった。入れ替わりに、カークが入った。出てくると、二人が寝具にくるまっているのを確認すると、自分も寝具に入った。彼は左右に、二人からともに2㍍ほど離した、二人の間にいた。互いに危害を与えないように監視するためだった。




