7話 旅路の中で
ソティアはカフィーを蘇らせるための手掛かりを探すため、冒険の旅に出ることになった。
当面の目的は、世界で最も権力のあるという五大天楼に会うこと。
そのため、今いるサイレス国から東にあるアニマ国へと向かうところだった。
「おはようございます、ソティア様。私はカロンと申します。この町を救ってくださったこと改めて感謝いたします。して、どちらに向かわれるのですか?」
カロンという年配の兵士がこちらに気付いて話しかけてきた。
「えと……五大天楼っていう方に会おうと思って、アニマ国へ向かおうかなと……」
ソティアはそれとなくカロンに答える。
「なるほど……そうなのですか……。あの、実は大変申し上げにくいのですが……」
カロンは何か言いづらそうにしている。
一体どうしたのだろうか。
「現在アニマ国の現王にして五大天楼の一角であられるシリオ様と謁見できるのは、その側近の者達とSランク冒険者のみなのです。
なのでソティアさんであってもなかなかお会いできるのは難しいかなと……」
「そんな……」
〈ふむ……信頼のおける者達以外との直接的な会話は禁じられているというやつか〉
これから目指す目的が決まったばかりだというのに。
わずかに見えた希望の光が遠くなっていくのを感じる。
〈ならば、なるしかないだろう〉
(え……?)
〈Sランク冒険者とやらにだ〉
(私がSランク冒険者に……!?)
カフィーの突然の提案にソティアは驚きを隠せずにいた。
彼はさらっとその言葉を口にするが、Sランク冒険者というのはそう簡単になれるものではなかったのだ。
「でも、ソティア様ならきっとSランク冒険者になるのも難しい話ではないかもしれませんな。何せイーター達から我々を守ってくださったのですから」
「そ、そうですかね……」
「ええ、当然ですとも」
カロンは自信満々に肯定する。
ソティアは本当に自身にそこまでの可能性があるのかと疑わしく思っていた。
〈俺がいるだろう、任せておけ〉
(カフィー……)
かつてのソティアは一介の村に住む少女に過ぎなかった。
しかし、今は世界を破滅に陥れる力を持つ邪龍の魂をその身に宿している。
ソティアは現在、一歩間違えれば災害をもたらすかもしれない超危険人物なのだ。
だが、そんな存在が味方に付いているのもまた事実。
Sランク冒険者への道を目指すのも無しでは無いのかもしれない。
「じゃ、じゃあ頑張ってみようかな……」
「ええ! あなた様ならきっと素晴らしい冒険者になれるはずです」
ソティアの言葉にたいして、カロンはハッキリとそう言う。
「実は我々もアニマ王国の近くまでに用事があるのですよ。良かったらご一緒いたしませんか? アニマには冒険者連盟の支部もありまし、ここから徒歩でアニマまで向かうのは大変です。馬車ならとても快適だと思いますよ」
決意を新たにしたソティアにカロンが提案をする。
確かに、旅に出るのはいいものの、地図を見ただけではどのくらいの時間かかるのかわかりずらい。
ソティアが歩いてたどり着ける保証もないかもしれない。
〈確かにそこについては深く考えていなかった。お前の足ならば厳しいかもしれんな〉
カフィーがその意見に賛同する。
という事であればありがたく利用させてもらうほかない。
「ありがとうございます。ぜひ同行させていただきます」
そういうわけで馬車に乗せてもらうことにした。
こちらの方が歩いていくよりも何倍も良いだろう。
昼に出発するとのことなのでしばらく解散することになった。
突然の自由時間にソティアは何をすればいいのか分からなくなる。
以前のソティアにはこうした何もしなくていいような時間など無かった。
常に誰かに命令をされ、言われるがままに生きていた。
自分で行動を決めることに違和感しか感じない。
〈どうした? 何をそわそわしているんだ?〉
「こういう時何すればいいのか分からなくって……」
〈なんだ、そんなことか〉
「カフィーはこういう時どうしてたの……?」
〈俺か? 俺はそうだな……活動している時以外は大体寝ていたがな〉
「じゃあ、そうする……」
近くの芝生に仰向けになって寝転がる。
そよ風に吹かれなんとも心地良い。
〈いや、別にお前が無理に俺をまねる必要なんてないぞ。もうすぐ昼時というのに、寝る必要なんてないだろう〉
「でも、わたし特にやりたいことなんて……」
そういった時だった。
ギュルル……
ソティアのお腹から音がする。
「あ……」
〈なんだ、することあるじゃないか。腹が減ったなら飯でも食べに行くといい。ほら、あそことかいいんじゃないか?〉
カフィーが示す場所には食堂があった。
料理屋 風車、と看板に書かれている。
お店の中に入るのは幼い時、親に連れてもらった時以来で緊張する。
しぶしぶ店の名前が書いてある木製の扉を開け、中に入る。
「こ、こんにちはー……」
どうすればいいのかわからないので、とりあえず挨拶をしながら入ってみる。
室内は風通しがよく、外から光が差し込んでなんとも温かい。
落ち着いた様子ながらも明るい空気間のある店内だった。
周囲を見渡すと、ソティア以外にも数人、食事をしている人がいる。
「いらっしゃいませ~、って……ええ! その髪にその変わった目! もしかして町を危機から助けていただいた英雄様じゃないですか……?」
暖簾の向こう側から1人の女性がこちらにやって来る。
おそらくこの店の給仕だろう。
その女性はやって来るや否やソティアの顔を見て驚いたような顔で尋ねてきたのだ。
「えっと……多分? そうです……」
〈なんでそんな自信なさげなんだよ〉
実際にイーター達と自分が対峙したことは事実だが、本当はカフィーが倒しただけなのでなんとも言い難い気持ちだった。
「まだ私より全然若いのに凄すぎる……。きょ、今日はどうしてこんな店に……?」
給仕の女性は顔の驚いたような表情を崩さないままソティアに質問をする。
〈自分の店だというのに、なんか自己評価低くないか……?〉
「ええっと、そろそろ旅立つ予定なので最後にどこかでお昼でもと思って……」
「そ、そうなんですね! わざわざうちのお店を選んでくださってありがとうございます! ささっ、どうぞお好きな席にお座りください」
彼女に言われるがまま、席を選ぶ。
特に理由は無いが、端にある窓の近くの席を選んだ。
〈なんだ、俺たちは英雄なんだろ? 英雄ならど真ん中に座るべきだ〉
「それは無理」
〈ん? そうか、そっちの方がいいと思ったんだがな……〉
カフィーの話を無視して、テーブルの上にあるメニュー表を手に取ってみる。
「うわぁ……!!」
メニューには想像するだけで、よだれが溢れてくるようなものばかりが並んでいた。
ソティアは、自身が再びこんな豪華な料理を食べれる日が来ると思ってもみなかった。
どれにしようかと、ついつい迷ってしまう。
「おまちどうさまです! さぁたくさん食べてくださいね!」
「えっ?」
メニュー表を眺めていると、給仕の女性がたくさんの料理を運んできていた。
「私まだ頼んでないんですが……」
「安心してください! この町を救ってくださった方をむげにできませんからね! あなた旅路を祝すこともかねて、今回はすべて無料です! 店主がそう言いました! 食べ放題ですよ!」
「あ、ありがとうございます……!」
「ではでは、ごゆっくり~」
そういって女性は他の客の方へと去って行いった。
正直どの料理を選べばいいか悩んでいたので、相手から運んできてくれるのはありがたかったが、
「量が……」
彼女が運んできた料理たちは、ソティアの座っている目の前のテーブル一面を覆いつくすほどだったのだ。
周囲の人もソティアのテーブルを見て、口をあんぐりさせている。
〈おいおい、この店はずいぶん気前がいいじゃないか。気に入った〉
「で、でもさすがにこの量は……」
〈まぁ俺に任せておけ。お前はただ料理を味わうといい〉
「……わ、分かった」
とりあえず出された料理を食べることにする。
まずは目の前にあるステーキに、フォークを持って手を伸ばす。
そしてそのままかぶりついた。
「お、おいしい……!!」
口にした瞬間、旨味が口いっぱいに広がっていく。
あまりのおいしさに声が出てしまうほど。
これほどおいしいものが食べられることに感動するほかなかった。
〈ふむ、この上品な脂の乗りはメニュー表から見るに、陽光牛のステーキで間違いないな。日当たりのいい場所で育った陽光牛は旨味成分を多く含むというが、これほどとは〉
「カフィーも味が分かるの?」
〈ああ、俺もお前の味覚を通して感じることが可能だ。だから精々うまいものを食べてくれよ〉
他人の味覚を通すのってどんな感覚なのだろうか。
ソティアはそんなことを少しばかり考えてしまった。
しかし、そうは考えても目の前の料理を食べることから離れられそうにない。
「これもおいしい……!!」
〈ポース平原産のサッカル小麦を使ったパンケーキか。なかなか悪くないな。まぁ俺は肉さえ食えればそれでいいが〉
「ううっ……」
〈ん?〉
夢中になって食べていると、ソティアの目から涙がこぼれてくる。
〈どうして、泣いてるんだ……?〉
「こんなに、おいしいもの食べたの……、久しぶりで……。
もう二度と食べられないと、思ってたから……」
どの料理もソティアが食べてきた物よりおいしかった。
以前までは固く腐った匂いのするパンや小魚の干物などしか食べたことがなかった。
そんなソティアにとって、ここにある料理はすべて感動的なものばかりだったのだ。
涙をこぼし鼻水を啜りながら、口いっぱいに頬張っていく。
〈……そうか、それは……良かったな……〉
カフィーはそう言うと、それ以上何も喋らなかった。
「あの子めっちゃ食うな……」
「フードファイターか何かなのかしらね……?」
しばらくした後、食事に夢中になっていると周囲からそんな言葉が聞こえてくる。
気づくと目の前にあった料理のほとんどがなくなっていた。
「あれ……、私こんなに食べてたの……!?」
自分が大量にあった料理をほとんど食べきってしまった事実に驚く。
確かにお腹は膨れてきていたが、はち切れそうなほどでもなかった。
〈俺がお前の食べたものを即エネルギーに変換しているからな〉
「そ、そんなことができるの……?」
〈可能だ。すべて俺が使用するためのエネルギーとして利用できる。
まぁこんなに食べる必要はないんだが、今日くらいはいいだろう〉
「便利? だね……」
テーブルに並べられていた料理達を完食したソティアは、店を出る前にお礼を言おうと思った。
先ほどの給仕の女性に声をかける。
「えっ!! ホントに全部食べちゃったんですか!? すごっ!!
あっ、店を出る前に少しだけ待ってもらってもいいですか?」
そう言うと女性は厨房の方へ向かっていく。
少し経った後暖簾の向こうから女性ともう1人、ひげを蓄えた年配の男性がやって来る。
「おお、あなたが噂の……。この度はありがとうございました。
私共の料理は気に入ってもらえましたか?」
男性が頭のコック帽を取り外し、ソティアに対してお辞儀をする。
「そんな、こちらこそ本当にありがとうございました……。どれもおいしくて……つい」
全部食べてしまったことを少し恥ずかしく思いながらもお礼をする。
「ほっほ。あなたに気に入ってもらえるなんて、私も料理を続けてきて良かったというもの。どうか、あなたのこれからの旅路に幸多からんことを祈っています」
「……はい! ありがとうございました……!!」
店主の人たちに見送られながら、ソティアはその場を後にするのだった。
そうしているうちに時間は過ぎ、とうとう出発の時刻となる。
「では参りましょうか、座り心地は良いとは言えませんがお許しを」
そういうとカロンはソティアを馬車の荷台部分に案内する。
「そういえばカロンさん達はどうしてアニマの方へ向かわれているのですか?」
ソティアは兵士たちが町を離れる理由を尋ねてみることにした。
「パクトル領から帰ってきた兵団たちの報告書を、ガルシアの騎士の元へ届けるためですよ」
カロンが質問にすぐさま答える。
アニマ国の従属国であるサイレスは、ガルシアと密接につながっておりサイレスで作られた食物や備品をガルシアに送っているそうだ。
そのため、サイレスで起きた様々な事件や問題も逐一ガルシアに報告しなければならない。
そして兵団たちの報告によるとパクトル領では兵団たちにも明かされていなかった地下の空洞があり、巨大な穴があっただけで、パクトルは姿を消し行方不明になったということらしい。
その話にソティアは冷や汗をかいたが、何とか相槌を打ってごまかすことができた。
その中の当事者にソティアも含まれていることはさすがに言えなかった。
ここでは、関係のない人としてやり過ごす方が得策だろう。
目的地へ向かう道中、他にもカロンはソティアやカフィーの知らない、この世界情勢について教えてくれた。
冒険者連盟やこの世界にある国々の事など様々な話を聞いたが、やはり気になったのはイーターの存在だった。
イーターは5年前、突然その姿を現した。
その当時の出来事を人々は大襲来と呼んでいるらしい。
大襲来により多くのイーターがこの世界で猛威を振るい、人々を混乱に陥れた。
しかし、五大天楼たちや王国の騎士、さらには冒険者達の手によってイーターの多くはすぐに鎮圧された。
それ以降、五大天楼が展開した結界障壁によって主要国家や重要都市などをイーターの襲撃から守っている、と話してくれた。
しかし、町長の話では女神様が創った世界の障壁によって守られていたはずだった。
その疑問も聞いてみることにする。
質問に対してカロンが伝えた情報だとこの世界をまもっていた世界の障壁の効力が弱まってきいることが原因で、これを解決しない限り、イーター達は再びやって来る可能性が高いらしい。
現在あちこちに蔓延っているイーターは以前の大襲来の残党達ばかりらしい。
しかし、ヴリムの町付近に現れたイーターに関しては全くの謎で、そのことについても今回の報告の内容に入っているとのこと。
話を聞いたり外を眺めたりしていると、外は次第に夜となり、前方には町々の明かりが見えていた。
ヴリムと同じ小さな町のようだった。
「今日はこの町で朝まで休みましょう。夜は危険ですし、明日からは一部結界外の道も通らなければなりませんので。ですがそこを乗り越えればアニマ国はすぐそこです」
カロンがソティアにそう伝える。
「分かりました、明日もお願いします」
ソティアがカロンに一言伝える。
「明日の10時に出発予定ですので、それまで休んでください。
では皆、解散!」
カロンの合図で皆が解散し、各々宿屋へと入っていった。
ソティアも町の中の小さな宿屋に泊まり、部屋のにある椅子に座り込んだ。
〈明日にはアニマ国か。クク、五大天楼とやらの顔を拝める日が楽しみだな〉
「そ、そうだね……」
夜も遅いためソティアは部屋の明かりを消し、ベッドで横になる。
ベッドの近くにある窓からは数多の星が見えた。
こうして星空を眺めるのもいつ以来だっただろうか。
そんなことをソティアは思う。
「そういえばカフィー……」
〈なんだ?〉
「カフィーってどうしてこの世界に来たの?」
〈俺がか?〉
「うん。あ、あと女神様とどういう関係だったのかも知りたい」
〈だぁー! 質問ばっかだなオイ! もう夜遅いんだから子供は寝てろ!〉
「そ、そんなぁ……」
カフィーに怒鳴られ、ソティアは目を潤ませながら羽毛布団に顔を埋める。
怒鳴られると誰でも怖いものだ。
〈……分かった、分かったよ話してやる。そんな楽しいもんでもないがな……〉
「い、いいの……?」
〈お前が寝るまでな。仕方なくだぞ〉
「ありがとう……」
〈ふん、そうだな……〉
カフィーは語り出した。