59話 新たな門出
「皆、準備できた?」
出立の日、ソティアは仲間たちに最後の確認をする。
「問題ないわ」
「大丈夫です。いつでも出発できます」
ネオンとサントリナは迷うことなくソティアに返事をした。もうやり残したことはないらしい。
出発の準備を終えたソティアたちはアストラ国へ向かうため、ワールドディアのある駅へと向かう。するとそこには意外な人物たちがいた。
「エミール?」
エミールを含むエイトのメンバーたちがソティアたちを待っていたのだ。
「あなたたち、どうしたのよ?」
エミールたちの顔を見るや否やネオンが彼らに尋ねる。
「連盟からお前たちがアニマ国を離れるって聞いたからな。見送りでもしようと思って」
エミールはそう言った。アニマを離れるのだからエミール達ともこれでお別れという事になる。ネオンやサントリナ以外にもこうして挨拶ができる人たちがいることをソティアは少し嬉しく思った。
だがそれにしては少し見送りに来てくれた人が多い気がした。エミールはこのしばらくの間に仲間を増やしたのだろうか。
「ああ、この人たちは以前の作戦時にお前たちが助けてくれた冒険者達だよ。恩人の門出なんだから盛大に見送ってやりたいって」
エミールはこの状況に対して補足をしてくれた。どうやらここにいる人たちは皆自分たちのことを思ってこの場に来てくれたらしい。
優しく笑顔でいる人や少し悲しそうな表情を浮かべる人もいた。
「うぅん……あまりこういう派手派手しいのは苦手なんですが……」
「いいじゃないの。私たちはそれだけのことをやってのけたのよ! この場所で!」
サントリナが気恥ずかしそうにして頭を掻いていた。それに対しネオンは堂々としていた。ソティアもどちらかと言えばサントリナと同じ気持ちではあったが、それでも自然と悪い気はしなかった。
「そういやアストラ国はもうすぐあれの時期か」
「あれ?」
「あっいや、それは着いてからのお楽しみだな」
「?」
エミールが何やら気になることを呟いたが、それ以上は話してくれそうになかった。お楽しみというのだから悪い事ではなさそうだったが。
「まもなくワールドディアが出発します!
まもなくワールドディアが出発します!」
係員が拡声器をもって大声で知らせている。そろそろ乗り込んだ方が良いらしい。
「時間か。えっーと……じゃあな!!」
「さようなら! またどこかで!」
エミールは最後に何か言いたそうにしていたが、言葉を飲み込んで別れだけを告げる。ソティアたちも最後はただ別れの言葉だけをエミールたちに伝えた。
「ありがとうーーー!」
「お達者でーー!」
「別の場所でもがんばってくださーーい!」
乗り込んだ後、ワールドディアはアストラ国へ向けてゆっくりと動き始める。そんな時、窓の外からさっきの人たちが皆思い思いの言葉をこちらにかけてくれていた。
「バイバーイ! あんたたちも元気でね!」
ネオンが窓から身を乗り出して手を振る。
ソティアとサントリナもそれに続いて手を振った。
だんだんと人影も小さくなっていく。彼らの姿が見えなくなるその時まで、お互い手を振り続けるのだった。
「カフィー……」
〈ん?〉
「私冒険者になって良かったって思ってるよ」
〈ああ、そうだな〉
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ガタガタと揺られる汽車の中、ソティアたち一行はアストラ国へ向けて移動をしていた。そんな時である。
キキッ―!!
アストラ国へ向けて快調に進んでいたはずのワールドディアに突然ブレーキが掛けられた。あまりに急な出来事だったため乗客たちもざわざわと騒ぎ始めている。
「ちょ!! なになに!?」
「はへっ!?」
ネオンが体を支えながら突然の事に驚きを隠せないでいた。
気持ちよさそうに背もたれに体を預けて眠っていたサントリナも変な声を出してしまっている。
ソティアも急いで窓を開けて周囲を確認した。
「な、なに……あれは……」
するとそこには見た事もない化け物が、ワールドディアの行く手を阻んでいた。白い外殻に身を包みながらも、ところどころ痣のように黒い模様が浮かんでいる。ただここまで数多の敵と遭遇してきたソティアにはその存在が何なのか大方予想がついた。
「イーターだ……」
よく見るイーターとは少しばかり雰囲気が違うが、あれはイーターと判断して良さそうだった。6本の腕で体を支え、背中側と思われる部分からも8本のトゲのようなものがクモの足のように体を支えていた。そしてその胴体と思わしき部分にある巨大な口からちらりと舌をのぞかせている。
この世に存在する生物とは思えないような異様な形状をしたイーターである。不気味という言葉がよく似合う。
「カフィー、何あれ……」
〈お前の言う通りイーターで間違いないはずだ。だが、あのような存在は俺の記憶にも無いぞ……〉
カフィーもソティア動揺、困惑している様子だった。異様な姿のイーターは立ち止まり舌なめずりを繰り返している。いつワールドディアに襲い掛かってもおかしくなかった。
それに、イーターが現れた以上ソティアたちがやるべきことは1つしかない。
「あのイーターを倒そう。この場にいる人たちが危ない」
「ソティア、私も行くわ!」
イーターの所へ向かおうとすると、ネオンがそう言って後に続こうとする。
「ネオン、ここは私に任せて欲しい」
「え! それはいくら何でも危険じゃ……」
「大丈夫、私にはカフィーもいるから。他のイーターがどこかに潜んでるかもしれないし、二人は人々の安全確保を優先して」
「……分かった! ソティアに任せる!」
ネオンはそれ以上何も言わず、寝起きのサントリナを引っ張って別行動を開始した。ネオンに伝えたことが本意ではあるが、ソティアにはあのイーターから二人を遠ざけたいという気持ちも少しあった。あのイーターはそれほどまでにどこかか異様だったのだ。
急ぎ窓から身を乗り出し、イーターのいる場所へ向かう。一刻も早くあのイーターをワールドディアから遠ざけなければならない。
「"バースト"!」
ソティアはワールドディアと重ならないよう、イーターの側面から攻撃を仕掛けた。
「ジュロロォォ!」
イーターはソティアの攻撃に気付いたのか、その場から高く飛び跳ねて攻撃を回避されてしまう。見た目からは想像がつかないほどに機敏だった。
「浮いてる……?」
飛び上がったイーターは背中側の足をピンと水平に伸ばして空を覆う。するとどういう原理か分からないが、イーターは空中にそのままとどまり、浮遊したのだ。
「ジュロォォン……」
〈まずいな、何か仕掛けるつもりだ〉
空に浮かぶイーターの周囲の磁場がゆらゆらと歪み始めている。おそらく源力をため込み強力な一撃を放つつもりなのだろう。しかしここはだだっ広い平地のど真ん中。どこにも隠れるところなどない。それどころかこのままではワールドディアも巻き込まれ無事ではいられないかもしれない。
「迎え撃つしかない!」
手を相手に向けてかざし、こちらも攻撃態勢をとる。それ以外に選択の余地は無かった。力を込めていく。モーゼが無いため、いつもより普段より力は出せないが、仕方ない。
「ジュロォ!!」
「ソティア! 避けるんだ!」
ソティアが行動を始めた時だった。
イーターが突然鳴き声を上げてため込む行動を中止、途端に速攻の源力弾をソティアに向けてはなってくる。
「えっ」
カフィーから忠告を受けるも、少々遅かった。
「うわああああ!」
間一髪で相手の攻撃を避けることはできた。だが、爆風によりソティアはその場から落ち葉のように吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ、うう……強い……」
異様な雰囲気を漂わせるイーター。その実力は予想通りのすさまじかった。予備動作なしにあのような攻撃を出せる存在はそういない。
イーターはソティアが倒れるのを確認すると、地面に降下しゆっくりと着陸する。音は無く静かだった。
〈ソティア! 無事か!?〉
「うう……大丈夫……」
とっさに受け身おとり大事には至らなかったが、膝や腕の皮をすりむいてしまった。
しかし今はこんなことでへこたれている場合ではなかった。
「ジュロロロォォォン」
イーターが確実にソティアを捉え再び攻撃を仕掛けようとしている。だがソティアもこのままやられるつもりは毛頭ない。飛ばされてからの少しの時間、その隙にソティアは力を溜めることに成功していた。
「"バーストッ……!!"」
すかさず手をかざし、イーターめがけてバーストを放つ。
「ジュロォ!!」
あのイーターもこの攻撃にはさすがに不意を突かれたようだった。少し狙いは外れたが、この起動ならばイーターの足に直撃するだろうかに見えた。だが、結果は違った。
「ジュロオオオン!!」
イーターはあり得ないほどの反応速度、そしてあり得ないほど異常な身のこなしで攻撃を寸前のところで横に回避してしまったのだ。
「そ、そんな……!!」
「ジュロォォォォン!」
その身のこなしにソティアは唖然としてしまう。驚いているソティアに対し、イーターの背中側の棘を鞭のようにしならせこちらにめがけて振り下ろそうとしてきた。
〈まずい! ソティア立て! このままでは……!〉
先ほどの攻撃でソティアは足を痛めていた。あのイーターの攻撃を避ける余裕は無かったのだ。
「ううっ……!」
とっさに頭を腕で覆う。最後にとっさに出た行動はそれしかなかった。森での経験を経て自分も少しは強くなれたと思っていたが、それでもまだ届かなかった。次の瞬間にはあの棘の餌食になっているのだろう……。
「ごめん……! カフィー……」
「自ら率先して戦場に向かおうなんて、やっぱりなかなか見込みがある娘やねぇ~」
「だ、誰……?」
もうだめかに思えたその時――、1人の女性の声が聞こえた。
恐怖で幻覚を見ているのかとも思ったが、確かに人の気配を感じる。
「"月影流 真打"」
その人物がぼそりと言葉を呟く――その刹那だった。
ザンッ!!
「ジュロ? ジュロオオオオオオ!!!!」
「え……?」
何かが斬られる音がした。
そしてソティアが次に顔を上げた時には、苦戦を強いられていたはずのイーターが真っ二つに切断されていたのだ。その二つに分かれたイーターの中心、その場所に先ほどの声の主が佇んでいる。腰に刀を携え、頭には菅笠をかぶっている。
「い、今のは……?」
「大丈夫かいな? どこか怪我はあらへんか?」
「えっと……大丈夫です……」
「そぉ、それはよかったわぁ~」
その女性に手を差し伸べられたので、ソティアはとっさに彼女の手をとった。
おそらく八つ星級以上はあるだろう異質なイーター。そのイーターは瞬く間に一人の剣士によって絶命してしまったのだった。