5話 対峙
ヴリムは辺りを広大な森に囲まれた場所にある町だった。
イーターはそんな森の中でも目立つほどの図体を持っているため、町の高台からその姿を見つけるのは難しくなかった。
「あれがイータ……」
地下で見たものよりも恐ろしい形相の狼の姿をした怪物が3体、町に向かってゆっくりとその歩みを進めていた。
ソティアは先ほどの邪龍の口ぶりについて少し気になることがあった。
「イーターについて何か知っているの?」
〈知っているも何も、俺はエレウテリアと共に奴らと戦っていたはずなんだ。そこからの記憶がない。しかし、イーターの存在を確認できるのを見るに、かつてと状況はそこまで変わっていないのかもしれないな……〉
邪龍とこうして話をしている間にも、イーター達は歩みを進める。
辺りの木々をなぎ倒しながら、まっすぐ町まで近づいてきている。
〈どうやら時間はあまり残されていないようだぞ〉
「本当にあれと戦うつもりなの……?」
ソティアは邪龍に問いかける。
あのイーター達は彼女から見ても、地下にいたものよりさらにつよそうだったのだ。
〈安心しろ。あいつらなら尻尾で軽く振り払うだけで倒せる〉
「でも今はその尻尾が無いよ……?」
〈……確かに〉
不安だ……。
いや、きっと駄目だろう。
ソティアはそんなことを思ってしまった。
あれと戦うだけの実力なんて自分には無い。
自分は誰かにいいように利用され続けていただけの道具に過ぎない。
そんな自分が絵本の中の英雄たちのように戦えるはずない。
ソティアは戦う前から絶望していた。
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ヴリムの門付近ではすでに小規模の迎撃態勢がとられていた。
「イーターだ!!」
「隊長様が不在の今こそ我々の実力が試される!!
火炎砲弾の準備をしろーー!!」
この町の兵士の一人であるカロンは、目の前の脅威を対処すべく現場の指揮を執っていた。
自身の生まれの故郷であるこの町を守りたい一心で彼は動いていた。
年配であるカロンの言葉を聞き、町の数少ない兵士たちは各々が大砲にエネルギーを込めている。
「3,2,1,撃てーーー!!」
カロンが指示を下す。
合図により砦から放たれた砲撃は火花を散らし、炎を巻き上げながら勢いよく発射された。
「ガルルルァァァァァ!!」
砲撃は見事に先頭を進んでいたイーターに直撃した。
「いいぞぉーーー!!」
「これなら勝てる!!」
砲弾が当たった箇所から上がる黒煙と動きを止めたイーター達を見て兵士たちは歓喜した。
そして勝利を確信した矢先だった。
「アオーーーーーン!!」
凄まじい咆哮とともに、黒煙の中から青い雷弾が砦に向かって飛んでくる。
それはあまりにも一瞬の出来事だった。
「そ、そんな・・・・・・」
ひとりの兵士が腰を抜かして、どさりとその場に座り込む。
先ほどまで喜び合っていた仲間たちが一瞬にして塵となったのだ。
「砲撃が・・・・・・効いていない・・・・・・?」
「嘘を言うな・・・・・・あの砲撃が効かないとなると今接近してきているのは最低でも五つ星以上のランクということになるぞ・・・・・・」
兵士達がボソボソとかすれた声で話し合う。
五つ星、それは一つ星から十星まである階級の六番目に当たる。
一つ星や二つ星ならば能力のない一般人でも倒せる可能性がある。
三つ星や四つ星ならば少数の軍や兵器を用いて倒すことが可能。
しかし、五つ星を超えるといよいよ人類の手には負えなくなる。
それこそ力を持ったAランクやSランク以上の人間の手によって、ようやく討伐が可能となるのだ。
近年出現するイーターの多くは二つ星や三つ星、強くても四つ星程度であった。
そのため兵士たちには、目の前のイレギュラーに対応する術を持ち合わせていないのだ。
「この町は終わりだ……もうどうすること出来ない……」
兵士たちは戦うことをあきらめこの町とともに死ぬ覚悟をした。
本当にここで終わりなのか……?
カロンは絶望に打ちひしがれた。
自身の故郷を失ってしまう恐怖もあったが、何よりもこの小さな町ひとつ守ることができないという自身の不甲斐なさに、彼は押しつぶされてしまいそうだった。
「おい、あれを見ろ!!」
若い兵士が一人叫び出す。
「イーターが1体倒されたぞ!!」
その言葉を聞き兵士たちはひとりまた一人と顔を上げる。
そんなバカな・・・・・・。
カロン達の目の前には予想だにしていなかった光景が映っていた。
砲撃の効かなかった怪物が跡形もなく消し飛ばされているのだ。
「なんと……!?」
カロンの曇った瞳には光が戻っていた。
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イーター達がいる方向の森に向かって移動していると、進行を続けていたイーターの顔面に巨大な砲弾が直撃した。
「うう・・・・・・」
爆風が起こり、吹き飛ばされそうになる体を木につかまって支える。
「今のは?」
〈町の兵士が放った攻撃だろう〉
邪龍は平然と答えた。
「すごい衝撃だったけど、倒せたのかな?」
〈いや、火の粉では倒せないだろうな〉
邪龍がそういった途端、イーターは遠吠えとともに砦に向かって攻撃を開始し始めた。
「あっ……!!」
イーターの口から放たれた雷弾は凄まじいスピードで砲台のあった場所に飛んでいき、爆発した。
直撃した部分から黒煙が昇り、炎を上げている。
〈あれは無事では済まないだろうな〉
「そんな……」
兵士たちはその後も砲撃を繰り返すが、イーター達にはまるで効いていない様子だった。
その様子をソティア達は木陰から隠れてみていると、イーターの口が再び大きく開く。
〈2撃目が来るぞ〉
「え……!?」
先ほど強力な攻撃を放ったばかりにもかかわらず、イーター達はもう一度攻撃を浴びせようとしていた。
〈奴らが向こう側に注目している今がチャンスだな。先頭のあいつに手をかざしてみろ〉
「手を……?」
邪龍に指示されるがままに、ソティアは手を化け物に向けてかざす。
〈そうだ、それでいい。ククク、3000年ぶりにぶっぱなすとしようじゃないか……!!〉
邪龍は、興奮を抑えられないような震えた声をしていた。
そしてその時、ソティアの手の平にはドアを破壊した時と同じ、赤い光の玉が生成されていた。
それは、最初宝石を手に持った時の輝きともよく似ていた。
赤い輝きは手の中で次第に、より強く、より大きくなっていく。
「ガルルルルル!」
ソティア達の存在にイーターが気づいてしまう。
イーターは気づいた途端顔をこちらに向け、標的を変更してくる。
「こ、こっちに気づいちゃったよ!?」
〈構わない〉
邪龍は特に焦った様子のない声で言い切った。
ソティアにはどう見ても、大丈夫そうなようには見えなかったが……。
イーターの口元には大量のエネルギーが集まっていくのが見えた。
震えて崩れ落ちそうになる足元を、彼女は踏ん張りながら堪える。
「アオーーーーーン!!」
〈くるぞ〉
次の瞬間、イーターの雄叫びと共に雷弾が放れる。
雷弾は周りの木々をなぎ倒しながら飛んでくる。
「ど、どうするの!?」
〈あと少し待て〉
「そ、そんなこと言ったって!!」
じっとしている間にも雷弾はまっすぐこちらに向かってくる。
(終わった……)
雷弾が目の前の近くまで迫った時、ソティアはそう思った。
手を構えたまま、めを閉じる。
そして雷弾が手と接触しそうになる寸前、邪龍が言葉を唱える。
〈"バースト"〉
言葉と共に赤い光が強烈な爆発と轟音を伴って雷弾を飲み込む。
そしてそのまま凄まじい勢いで相手のイーターのいる場所までその攻撃が直撃する。
一瞬の出来事だった。
衝撃は、手を差し出した先にあるものすべてを破壊したのだ。
3匹いたイーターのうち、1匹が跡形もなく消滅する。
「ヴヴヴゥゥゥ・・・・・・」
残った2匹が、ソティア達に向かって警戒をし始める。
「今のは……一体……!?」
驚きのあまり、ソティアは思わずよろけて尻もちをついてしまう。
「ガルルルルル!!」
その隙を狙っていたのか、2匹のイーターはすぐさまこちらに向かって走り出す。
「しまっ……!!」
イーターの動きは素早くもう起き上がって対処できそうになかった。
〈俺に盾突くとは生意気な奴らだ、"ブレイク"〉
邪龍が再び唱えると、イーター達の足元が突然崩れ始める。
イーター達は足場が無くなったせいで、そのまま地中に埋もれてしまった。
「ガ、ガルルル……」
イーター達は必死に地面から抜け出そうとするが、一向に抜け出せる気配は無い。
〈そいつらに手をかざしてみろ〉
「う、うん……」
邪龍に指示され、もう一度イーターに向けて手をかざす。
〈"バースト"〉
邪龍がそう言い放つと、巨大な爆発が地面もろともイーター達を消し炭にしてしまった。
「す、凄い……!」
〈いっただろう、俺はカタストロフィス。
こんな奴らは肉体があろうとなかろうと、関係ない〉
邪龍はどこか誇らしげだ。
ソティアは彼の力にただ驚いていた。
邪龍カタストロフィス。
その力の片鱗をこの目で垣間見たのだから。
「そういえば……あなたの事、何て呼べばいいかな……?」
〈なんだ急に?〉
「呼び名がないと不便だと思うから……」
ソティアは彼の事を名前で呼んでいなかった。
これからともにこうどうするのだから、呼び名があった方が良いと思った。
〈呼び名など気にしたことは無いな。好きに呼ぶといい〉
「えーっと……じゃあ、カフィーで」
〈なんか、変な名前だな〉
「そうかな……、昔お人形さんにもこんな感じで名前を付けてたんだけど……」
〈俺はお人形さんじゃないぞ!!〉
こうしてイーターを討伐したソティア達は一度、ヴリムの町まで戻っていったのだった。