48話 追跡者
「ウガー!」
治療を終えた次の日、デベは昨日の弱々しい声をとは一転、元気に鳴き声を上げる。
「どうやら毒も治ったようですね。怪我の具合も悪くないのです」
「プチッチがいてくれて良かった……。デベを助けてくれてありがとう……」
「い、いえいえ……! この森のモンスターの面倒を見るのも私のやくめなので……!」
ソティアがお礼をすると、プチッチは顔をブンブンと振って謙遜をする。
「ウガ、ウガー!」
「あ! こらこら! まだ安静にしていないとだめなのです。病み上がりは特に注意が必要なのですよ!」
起き上がり、どこかへ向かおうとしているデベを見て慌てて止めようとする。デベのお尻の辺りにしがみついているが、デベの大きな図体を止めることはできず、そのまま引っ張られてしまっているが。
〈デベ、落ち着け〉
「ウガッ……! ウガ……」
ただ、そんなデベでもカフィーの声を聞くとピタっと動きを止めてしまう。
〈仲間が心配になる気持ちは分かるが、ここはプチッチの言う通りにした方がいい。それにお前からはより詳しい話を聞く必要もあるしな〉
「ウ、ウガ!」
カフィーとデベは何やら話を始めてしまった。デベは「ウガ」としか喋らないため何を言っているか分からないため、完全にカフィーとデベだけの会話となってしまった。
ネオンやサントリナ、プチッチは食事の準備に取り掛かっている。みんなの手伝いをしたい気持ちはあるが、今はこうしてただデベと無言で向き合っていなければならない。これはなかなかに奇妙な絵面である。時々ネオンがこの様子を見てニヤニヤと笑っている。あの顔は面白がって笑っている時の顔に違いない。
「カ、カフィー……、まだ?」
〈ふぅむ……。デベの話からなにか得られると思ったが、あまり目ぼしい情報は無かったな。デスベアーの頭角が暴走した理由も依然として不明なままだ。ただ……〉
「ただ?」
「デベの話を聞くに、頭角は操られているというよりも……何かに怯えているという印象を受けたな」
「怯える? でもデスベアーってこの森の生態系の頂点なんだよね? そんな存在が一体何に……」
〈……分からない。だが何だ……? この拭いきれない妙な胸騒ぎは……〉
カフィーの声がいつもより重々しい。普段も重々しい口調ではあるが、今日はいつもと何か違う感じがする。
「カフィー、大丈夫?」
〈あ、ああ、大丈夫だ。気にするな〉
「ソティア! デベ! 食事ができたわよー!」
ネオンが鍋の前からこちらを呼んでいる。
ここまで進んできた以上、後戻りはもうできない。カフィーの話から嫌な予感を感じ取るも今はただ前に進むしかない。ここでひと息つけば、おそらく後は最奥部まで行くのみだろう。ソティアたちは最後の英気をここで養った。
体調も戻り、元気になったデベもパーティーに加わったところで、ソティアたちは行動を再開する。
デベは少し無理をする傾向があるため、後ろ側で大人しくついてきてもらう。カフィーから聞いた話だが、デベは人型イータ―との戦いの際にも自分を顧みずに犠牲になろうとしていたらしい。そんな危ないことはしてほしくないものだ。
「……皆さん、いよいよなのです」
迷宮の森を進む中、プチッチが息を呑んでそう言う。気づけばあたりの雰囲気も先ほどまでより禍々しい風景へと移り変わっている。どうやらソティアたちはついに到達してしまったらしい。
「迷宮の森、最奥部。生命の源泉が湧き出る泉があり、そして私たち精霊の集う場所、マグナスシルワです……」
そう言うと、プチッチは奥にそびえる一本の巨木を見つめる。
「ここが……」
「迷宮の森の最奥部ですか……」
皆目を見張るようにして当たりの景色を眺める。想像していたものよりもずっとおぞましい気配を漂わせている場所だが、最奥部という事だけあって、かなり壮大で、神秘的な光景だった。しかし、プチッチの言うような精霊たちの姿は誰一人として見えなかった。
「あの中央の神木の中に私の仲間がいるはずなのです! 秘宝もきっとあそこに……」
プチッチは前に飛び出し、目の前の神木と呼ばれる巨大な木を目指して走り出す。しかしその時だった。
「ウバー!」
「ウビャー!」
「な、何なの!?」
突然周囲からモンスターの鳴き声が響き渡る。
ドドドドド……
その鳴き声と共にドタドタと凄まじい足音も響いている。
「あ、あれは……」
その時ソティアは目を疑うような光景を目にした。
デベが走っていたのだ。それもたくさん。数えきれないほどのデベがこちら側に向かって砂煙を起こしながら一斉に走ってきている。
「デ、デベがこんなにたくさん……!?」
〈いや違うわ! あれはデスベアーの群れだ! たが、あいつらは別に俺たちを狙っているというわけではないようだな……〉
「ど、どういうこと!?」
〈これは……逃げているんだ……。奥にいる強大な存在から〉
「強大な存在……」
奥にある巨木、その影からおおきな獣の手が現れる。デベやここにいるデスベアーたちよりも何倍も大きな手である。その巨大な手は巨木の幹を掴むみ、そしてゆっくりとその姿を現した。
「ウルガガガ……!」
巨木の裏から現れた存在。一目見ただけでソティアはその存在が何者なのか理解する。あれがすべてのデスベアーを束ねる頭角だと。
「ウウウ……ウルガァァァァァア!!」
巨大なデスベアーはけたたましい雄叫びを上げる。周囲に衝撃波が生じ、旋風が巻き起こる。
「うわわわ! うわぁー!」
「プチッチー!」
その衝撃波で、プチッチがはるか後方へと吹き飛ばされる。プチッチが吹き飛んだ先、そこにはソティアが踏んでしまった時のような荊がびっしりと張り巡らされている。力を失っている今のプチッチがあの毒と棘をくらってはひとたまりもないだろう。
だが、プチッチが荊にぶつかることは無かった。
「お~! あれがこの森に棲むすべてのデスベアーのボス! そしてエレウテリアの神獣でもあったといわれる伝説の獣、マザーベアーか! 迫力は、確かにあるな!」
そこには吹き飛んだプチッチの頭を目にもとまらぬ速さでキャッチし、こちらへと歩いて向かって来る1人の人間の姿があった。黒い外套に身をつつみ、顔にはよく分からない変な仮面とフードを被っている。声の特徴からしておそらく男性だと思われた。
「こ、この声……ま、まさか……」
「よぉプチッチ! 道案内ご苦労さん! でもまさか、お前を護衛してたやつらがこんなガキどもばっかりだったとは意外だな!」
「く! 手を放してください!」
頭を掴まれたプチッチが男から逃れようと必死に足掻くが、男の手はビクともしない。
「あんた何者よ! プチッチから手を離して!」
ネオンが大剣を取り出し、仮面の男の方向に向かって指す。
「あ~? 別にいいぜ~。もう用済みだしな」
「ぎゃふ!」
男はネオンの言葉をあっさりと受け入れるとこちら側に向かってプチッチを力強く投げ飛ばす。飛ばされたプチッチはそのまま地面に顔から勢いよくぶつかってしまう。
「あぁ! ごめんなさい! まさか本当に手放してくるとは思わなくて」
「イテテ。だ、大丈夫なのです……」
鼻血を垂らしながらも、プチッチはその体をむくりと起こす。
「あなた方は誰ですか? 見たところ良い人ではなさそうですが……」
サントリナが仮面の男を睨みつける。
「良い人に見えない? そうだなぁ! 人間誰しも自分にとって都合のいい奴が良い人で、都合の悪い奴が悪い人だからな!」
そう言うと、男は仮面をゆっくりと外していく。
その仮面の中から切り傷の跡を残す、鋭い目つきをした顔が現れる。
「俺が誰か、だったな。いいぜ、教えてやる。邪龍崇拝教団、タルタロス! その十二信徒が一人!」
「狂震のビーゼルとは俺様のことよ!」
男は外套をはためかせ、そう名乗った。