32話 五大天楼会談
時は遡ること、イーター殲滅作戦から3日前。
――――――アストラ国 リトス城――――――
ここはアストラ国。
ミソロギアで最も発展した国。
この世界で最も高い技術力を誇り、兵器の開発や多様な工業が盛んにおこなわれている。
そんなアストラ国に今、五大の王が集結しようとしていた。
「シリオ・レオーネ、ただいま参上した」
大理石の床に、傷ひとつない真っ白な円形のテーブル。
会談が行われるこの場所にシリオが着席する。
シリオは赤い毛皮のふわふわしたものを肩に着けた青色のマントを羽織ってこの場に臨んでいる。
これが彼の正装だ。
「久しぶりやね、シリオ。元気にしとったか?」
隣に座っている女性が、シリオに話しかける。
「おお、ツクヨか。お前さんも依然と変わらんようだなぁ」
「ふふ、おおきにな。」
ツクヨ・カンナギ。
ユウエン国一帯を統括する五大天楼の1人。
黒い花柄の着物に、2本の刀を腰に差している。
シリオ、アスピダと同年に五大天楼となって、今日まで自国を統治してきた。
ちなみに年齢は不詳である。
「とこで彼はまだなの? 座ってるだけでもう疲れちゃったよ」
1人の背の小さい少女が文句を垂れる。
彼女はオミ・キオーン。
ハゴノス国一帯を統括する五大天楼の1人だ。
小さい背に、全身を白と灰色の毛皮でできた防寒具で着込んだ姿が特徴的な少女。
近年五大天楼として就任したばかりの彼女だが、
なぜ彼女のような子供が五大天楼に選ばれたのかは謎である。
「まぁまぁ、もうちょい待とうや。あの人は予定に遅れるような人じゃあれへん」
「ぶー」
ツクヨがオミをなだめる。
オミはほっぺを膨らませてふてくされているが、その場で大人しくじっとしていた。
「ガハハ! オミちゃんも以前と変わらんなぁ!」
年齢相応の態度をとるオミを見たシリオが豪快に笑いだす。
「それって、あたしの背がぜんぜん伸びてないってこと!? なんてこというのシリオは!? ホント、しつれいしちゃうね!!」
大人しくしていたオミが騒ぎ出し、膨らんでいたほっぺがさらに大きく膨らむ。
「ガハハ! 悪い悪い!」
全く反省をしていない様子でシリオが謝罪の言葉を口にする。
彼にとってはオミは娘のような存在だった。
そのため少々からかってしまうことがある。
「はぁ、あんたら本当に元気だな。羨ましい羨ましい」
その様子を横目に、1人の男が卑屈そうに喋る。
ボサボサした青色の髪に、綻びが目立つ黒いコートで体全身を覆った人物。
彼はファジア国とその周辺を統括する五大天楼、フィリス・プロドア。
彼は以前、イデアの研究を行う学者だった。
しかし前代のファジア国五大天楼が死去したため、その国で最も実力のある人物を選ぶという事になった。
彼はファジア国きっての実力者であり、博識でもあった。
そのせいか、彼は彼の意思とは関係なしに五大天楼として選ばれたのだった。
「まぁまぁ、フィリス。そんなに羨ましがらんでも、一緒に仲良くしようや。うちらは共に戦う仲間なんやからなー。ふふふ」
手の内に隠していた扇子を広げ、口を隠してツクヨが笑う。
「けっ、別に羨ましくなんてないさ。それよりもほら、来たぞ。我らが大将さんがよォ」
フィリスが黄色い目を細めて視線を奥の扉に向ける。
「来たんか」
扉の向かい側から床を歩いてくる音がする。
その足音が聞こえるたびに、
この場にいる全員の緊張感が高まっていく。
その足音はさらに近くなっていき、扉の前に来たかと思うと静かになった。
「……アスピダ?」
オミが扉を眺めて首を傾げる。
扉の後ろに彼はおそらくいるはずだが、扉が開く気配がない。
気になって他のメンバーの様子を見るが、皆静かに待っているだけだった。
それから数分過ぎた後、静かだった扉がゆっくりと開かれていく。
「あ、来た」
オミが見つめる扉の先には灰色の髪をした人物がいた。
大きなフード付きの白装束に全身を包まれた青い目の男。
アストラ国統括者にして五大天楼大頭、アスピダ。
彼は口元を右手で覆い、俯いたままテーブルまで歩いてくる。
静かにゆっくりと進みながら歩く。
そして、ついに着席した。
「…………」
「アスピダ?」
オミがアスピダに声をかける。
彼は口を手で覆ったまま目を閉じ一言も言葉を口にしない。
ただ、その場でじっとしている。
それからしばらくして3分ほどの時間が過ぎる。
しかし、彼は一向に口を開こうとしなかった。
「アスピダ、そろそろええんとちゃう?」
次にツクヨが彼に声をかける。
すると彼は目をカッと開き、前を向く。
そして固く閉ざしていた口をゆっくりと開ける。
オミはその一瞬を息を呑んで見つめる。
彼女にとってアスピダは今回が初対面だったのだ。
ツクヨやシリオとは顔を合わせていたが、彼らをまとめる五大天楼大頭者のアスピダがどれほどの人物なのか、彼女は気になっていた。
彼の言葉はしっかりと聞いておこう。
その意気込みだけで彼女はここにいたのだから。
とうとう彼の口から最初の言葉が発せられた
「えーと……、アスピダ、です……。本日はよろしく頼みゅ……」
「噛んだ?」
彼から放たれた言葉。
それはオミにとって予想とはあまりにもかけ離れたものだった。
アスピダ・アンジェロス。
以前のイーター大襲来時に彼が成した偉業をこの世界で知らないものはいない。
アストラ国でイーターの侵入の一切を許さず、すべてのイーターから国民を守った正真正銘の英雄。
延いては結界をアストラ国に限らず全地域に展開した張本人。
そんな彼の口からは出た言葉。
それは拍子抜けするような言葉だった。
「っておいおい、お前まだ緊張してんのかよ。この3年に1度の会談もこれで3回目だよな?」
シリオがあきれた表情でアスピダを見つめる。
「もうそんなに経つのか……。時の流れは早いな……。はぁ……憂鬱だ」
シリオの言葉を聞いたアスピダが、ため息交じりに声を漏らす。
テーブルに肘をつき、両手の甲に顎をのせる。
「アスピダってもっとこう、ビシッとした人だと思ってたんだけど……」
アスピダをじっと見つめたまま、オミがぼそりと呟く。
「あら、言ってなかったんかいな? アスピダはそんなに厳粛な人やないって話しはしたはずなんやけどな」
「そうだけどさ、やっぱり本物は話と違うところもあると思うじゃん!」
ツクヨの言葉を押し返すようにオミが意見を口にする。
「らしいで、アスピダ?」
「……期待はずれで、ごめん……」
アスピダは顔を手で覆い隠し、悲しそうな声を発する。
「い、いや! イメージと違うってだけで別にアスピダを攻めてる訳じゃ……!!」
両手をぶんぶんと振って、オミが否定する。
まるでアスピダを慰めるような接し方だった。
「なぁ、そろそろ本題に入らないか? 俺には実験の続きがあるんだよ。さっさと終わらせてくれねェか」
人差し指でテーブルをつつきながらフィリスが声を上げる。
その視線はアスピダの方向をじっと見つめていた。
「うん……。そうだ、本題に入ろう」
アスピダが仕切り直す。
「今日、話したい内容は3つある。1つ目はイーターについて。2つ目はフィリスの研究について。そして最後、最近活動を始めた危険な集団についてだ……」
領指に顎を乗せたまま、アスピダが重々しい口調で話だす。
「まず1つ目に関して、アストラ国直属の占星術師が予想した内容なんだけど……」
「何かあったのか?」
シリオが深刻な表情をするアスピダに声をかける。
アスピダは基本的にネガティブな発言が多いが、今回はいつもとはまた違う雰囲気を彼は感じ取っていた。
「近い未来、2度目の大襲来が起こる。前回の倍以上の規模だ……」
「なるほどねぇ」
ツクヨが刀の鞘を撫でながら頷いた。
前回のイーター大襲来ではおよそ1万体のイーターが各地から襲撃してきた。今回はその倍、2万以上あるいは3万体にも上るイーター達の襲来が予想されたのだ。
前回は最高でも七つ星クラスまでのイーターが確認されたが、今回はさらに強力な個体の襲来も予測された。
数も強さも共に前回より高い水準を示しているのだ。
「具体的な日時は分かってるのか?」
シリオが質問を投げかける。
「うーん……。3年以内には、としか……」
「そうか……分かった」
アスピダの言う3年以内とはこの3年の間のどこかで大襲来が起きることを意味していた。そのため大襲来がこの1週間以内に起こりうる可能性も0ではないという事だ。
早急に対処しなければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。
「大襲来がいつ起きても大丈夫なよう今日より取り組むべき対応策として、さらなる魔力兵器の増産、次に冒険者連盟とのより強固な連携、そして何よりも全国のイデア覚醒者達への応援要請が必要不可欠だ……」
「まぁ、そうするしかあらへんわなー」
「異論なしだな!」
アスピダの意見をシリオとツクヨが肯定する。
「だが、これらだけでは今後迫りくるイーターと相対する時、不安が残る。そこでだ……」
アスピダが、フィリスに向かって視線を送る。
彼の視線を感じ取ったフィリスは何かを察したように軽く笑うと言葉を口にした。
「ここからは2つ目の話にある、フィリスが行った研究成果についてだ。フィリス、後は頼んだ……」
アスピダがフィリスに話の主導権を渡す。
「オーケー、ここからは俺が引き受けさせてもらう。
まず話の核心に入る前に俺が行った実験の成果を報告させてもらおうか」
「どないな実験をしたんかいな?」
「実験名は……全人類イデア覚醒計画」
フィリスは得意げに語る。
「全人類イデア覚醒計画!?」
「まぁ落ち着け」
話の内容に興味を示したオミを制してフィリスは説明を続ける。
「イデア覚醒者以外の人間が戦いに参戦することのできる方法……」
「魔法兵器じゃないの?」
オミが首を傾げて答える。
現在イデア覚醒者以外の人間がイデア覚醒者と同等の力を使うためには魔法兵器が必要不可欠だった。
そのため、魔法兵器はイデアを持たない民たちの夢と希望の象徴となっていた。
「確かに魔法兵器は強力だが、生産に莫大なコストがかかる。そして兵器に魔法式を組み込み、その魔法式を使用者の生命線と結びつけるための回路を組むのも手間がかかって仕方がない」
「アスピダの考えを否定するってこと? 何かほかにいい案でもあるの?」
魔力兵器の生産コストに問題があるという事はアスピダの魔力兵器増産に反対するという事だ。
気になったオミは、フィリスに質問を投げかける。
「ああ、だから俺はここ数か月考えていた。兵器に組み込むべきはずのこの魔方式。これを人間に直接移植したらどうなるのか……」
フィリスの発言に一同が戦慄した。
彼の行った行為は紛れもない人体実験だったのだ。
「って、おい!」
「それ、どないなるん!?」
フィリスを問い詰めるようにしてシリオとツクヨが声を出す。
「実験は……成功した。魔力式を人間ように変える必要があったが、それ以外に関しては特に支障が無かった」
「それって、イデアを使える人間が人工的に誕生したという事か?」
シリオが確認を取るようにフィリスに尋ねる。
「その通りだ(まぁ何人か失敗して爆散したが……)」
「なんか言うたか?」
「いいや、何も」
ツクヨに睨まれ、何のことかさっぱりと言うような素振りをフィリスはみせる。
「人工的なイデアの覚醒……。そんなことがホントにできるなんて……」
オミは大きく開いた口を押える。
その反応も無理はない。
フィリスが行った研究。それはこれまでに類を見ない新たな革命だったからだ。
イデアの人工化。
それは世界の理を根底から覆す技術と言えるだろう。
「この技術を俺は【疑似理想体現】と呼ぶことにした。面白いだろう?」
「疑似理想体現かぁ……」
シリオがかみしめるようにその言葉を口にする。
「だがこれはまだ試作段階の域を超えていない。今後より深く実験を重ねる必要がある。実用化はまだ先と言えるな。俺からは以上だ」
フィリスは話を終えると、それ以上は何もしゃべらず目を閉じた。
「そういう事だ……。上手くいけばこれから先、イーター討伐がより円滑に進むかもしれない。フィリスの活躍に期待しよう……」
「で、最後の話ってわけだな?」
シリオがアスピダの考えを探るように問う。
最後の内容についてだ。
「うん。実は邪龍を崇拝し、イーターに加担しようとする厄介な組織が少々問題になっている。組織の名は邪龍崇拝教団 タルタロス」
「邪龍崇拝教団? そないなもんがあるんか?」
邪龍崇拝教団。彼らは近年その姿を公に現し始めた謎の集団。
彼らの目的、活動範囲、人員数、どれも不明瞭。分かっていることは、かつてこの世界の脅威として君臨していた邪龍をこの上ないほど信仰し、イーターを人々と戦わせるよう仕向ける、人格破綻者の集まる教団だということ。
「うん。奴らは邪龍の力を封印している我々に対して敵対行為を繰り返している。以前奴らの元に刺客を送り込んだのだが、それ以来連絡が帰ってこない……」
「やられてしもうたと考えてええやろなぁ……」
「イーターを迎え撃つことが現状最も優先すべき事項だが、奴らの排除も今後視野に入れる必要がある。いずれにせよ、野放しにはできない」
アスピダは目を閉じ、深呼吸をする。
そしてひと息ついてからまた話し始めた。
「おそらく俺達は今、歴史が大きく動き出そうとしている瞬間そのものを生きている。そしてそれらをすべて解決するのもまた俺達。この先の道のりは過酷かもしれない。だが、最後まで戦おう。これもすべて"創造主エレウテリア様に報いるため"に……。いいな……?」
「まぁなんにせよ超えなきゃいけねー壁ばっかりって事だろ?」
シリオが拳を鳴らして答える。
「そういう事だ。今回の俺から伝えたいことは終わりだ。各自、他に報告があればこの場で伝えてくれ……」
こうして3年に一度の定例会談が幕を閉じた。
会談が終わるや否や、フィリスはそそくさと立ち去っていく。
「さてと、俺は帰るとするかな」
その様子を見たシリオも席を立ちあがり、アニマ国へと戻ろうとする。
「もう帰るのか、もう少しゆっくりしていけばいいのに……」
「そうだな、かつてのようにお前と話を交わしたいところではあるが、今は少し王都の者たちが心配でな……」
シリオはアスピダにアニマ国で行われている作戦について話した。
「信頼のおける騎士たちに任せてはあるんだが、いかんせん嫌な予感が頭から離れなくてな。出来る限り早く、様子を見に行きたいんだ」
「そうだったのか……。なら、俺も行こう」
アスピダは立ち上がり、シリオについていこうとする。
シリオはそんなアスピダを慌てるように呼び止めた。
「って、おいおい! お前が行くほどのことじゃないって。お前にはこの国を守る役目があるだろ? 俺の国のことは俺にまかせろって」
「……確かにそうだ。俺が出しゃばっては駄目だな。すまない」
アスピダは頭を下げて、シリオに謝る。シリオはアスピダの方に手をのせ、気にすんなという仕草を見せる。そして一言こういった。
「なぁアスピダ……お前なんか焦ってないか?」
「焦っている……? 俺が?」
「ああ、まぁこれから先のことも考えると、頭抱えたくなる気持ちは分かるが、気持ちだけは冷静にな。昔、お前だって俺によく言っていただろ?」
「……そうだな。肝に銘じておく。悪いな、シリオ」
「ガハハ。いいっていいって! 俺とお前の仲だろ」
豪快に笑いながら、シリオはアスピダの肩をバンバンと何度も叩く。
「……じゃ、行って来るわ」
そしてシリオはもう一度振り返り、アニマ国へ向けて立ち去っていくのだった。