3話 不穏と希望
(なんで天井に穴が開いているの……?)
(私は確かあの時、宝石を手にしてそれから……。)
少女は目の前の光景にただ呆然としていた。
彼女はただ目の前の現実から逃れることに必死だった。
怪物が目の前に迫り頭の中が真っ白だった。
しかし今、彼女は生きている。
辺りに響き続いていた怪物の咆哮も、人々の悲鳴も今はもう聞こえなかった。
ただ辺りにはあらゆる残骸や肉片が散らばり、瓦礫の山が多く造られていた。
「あっ!」
動き出そうとした瞬間、少女はその場で足元からどさりと崩れ落ちた。
突然体中にどっと疲れが来るのを感じる。
先ほどまで衝撃的な出来事のせいだからなのだろうか。
少女はただ目の前の惨劇をただ眺めるほかなかった。
〈おい、小娘〉
何処からか、声が聞こえる。
この凄惨な場所で声をかけてくる人などいるはずがなかった。
では一体どこから?
少女は辺りを見渡し、声の主を探す。
しかし、どこを見渡してもそれらしき人物は見当たらない。
〈そんなことをしても無駄だ。俺はお前の中から話しかけているのだからな〉
謎の声が訂正してくる。
少女は謎の声が言っている意味を全く理解できなかった。
(私の中から話しかけている?)
(どういうこと……?)
「あなたは一体何を言って……、もしかしてこれは……夢?」
〈現実だ、お前が俺を呼び起こしたんだろうが。
そんなに信じれないなら自分のほっぺでもつねってみるんだな〉
声に言われるまま少女は自分の頬をつねってみる。
「イタイ……」
〈ほらな〉
あまりに衝撃的な出来事であったため信じることができなかった。
しかし夢でもなくここは紛れもない現実。
何が何だか分からない。
少女は頭に疑念を浮かべたまま、謎の声に問いかけてみることにした。
「あなたは誰なの……?」
〈俺か? いいだろう。よく聞け、俺の名は〉
突然謎の声は誇らしげに名乗り出す。
〈カタストロフィス。どうだ、驚いただろう?〉
その名を聞いて少女が思い出したのは、かつて絵本で読んだ内容。
邪龍カタストロフィス。
そのドラゴンは破壊の限りを尽くし、この世界を壊滅寸前にまで追いこんだ邪龍。
少女はそのお話を全て物語の中だけの話だと考えていた。
その存在が実在していたことに驚いてしまう。
しかし、その時少女の頭に思い浮かぶのは一つの疑問点だった。
「カタストロフィスはドラゴンだよ? ドラゴンなんて、どこにも……」
見渡す限り瓦礫の山ばかりで、ドラゴンの姿などどこにも見えなかった。
彼の話すことを信用することは到底できなかった。
〈だから言っただろう? お前の中から話しかけていると〉
「私の、中……?」
〈そうだ、自分の顔でも見て確認してみろ〉
邪龍を名乗る者にそう言われ、少女は付近に落ちていたガラスの破片を拾う。
それを顔の前にもち、確認した。
「なに……これ……?」
少女が驚くのも無理は無かった。
彼女の右目の瞳の部分が赤くなっていたのだ。
左目の青色とはかけ離れた違和感のある赤色。
(私の目はどうしてしまったのだろうか……?)
少女は自分の目を見て怖くなる。
〈どうやら俺の魂が、お前の右目に宿ってしまったようだな〉
(私の眼の中に宿っている……? 邪龍が……?)
その事実を少女はにわかには信じられなかった。
眼を閉じ、瞼に触れてみる。
しかし、特に違和感は感じなかった。
「ど、どうしてそんなことに……?」
〈知るかよ、俺も気が付いたらこんなことになってるんだからな。
分かるはずもない〉
どうやら邪龍を名乗る者も現状に理解が追い付いていないようだった。
そもそもなんでこんなことになってしまったのか。
少女はこれまでの出来事を思い出しながら、考える。
しかし少女の頭の中にはどう考えてもあれしか浮かばなかった。
赤い宝石。
化け物に向けて叫んだ、あの赤い宝石だ。
その宝石が赤く輝き爆発を起こしたのだ。
「宝石……」
〈あ?〉
「私は最後に宝石を手に持っていたの、でもその宝石が今は無いの……。
もしかしてなんだけど、あなたがあの宝石の正体だったとか……」
〈そんなことあるのか? そうだとしてなぜ俺は宝石の中に……〉
邪龍は困惑している様子だった。
「覚えていないの……?」
〈ああ。俺がどうして宝石の中にいて、それまでの間何をしていたのか、さっぱり分からないんだ〉
「記憶を失っているってことかな……?」
〈さぁな、それすらも分からん。だが問題は無いだろう。
お前、エレウテリアがどこにいるか知っているか?〉
「え……!?」
エレウテリア。
それはこの世界唯一の神にして、少女たちの生きるこの世界の創造神。
しかし、絵本の中で女神様は邪龍と敵対していた。
少女は邪龍が創造神の名を親しく呼んでいることに違和感を覚える。
「女神様は3000年前にいた方なんだよ……? この世にはもう……」
〈3000年前!? エレウテリアが!? どういうことだ……。
では俺は3000年もの間宝石の中に閉ざされていたというのか……!?〉
「ご、ごめん……。私もそこまでは……」
邪龍の言動から、彼が酷く狼狽えていることが感じ取れる。
少女の呼んだ絵本の世界では、創造神が邪龍たちを打ち滅ぼしたところまでしかなかった。
その先にもページはあったようだが、破れていて読めなかったのだ。
その後女神様がどうなったのか、邪龍がどうなったのか、少女には分からない。
〈……仕方ない、とりあえず地上に出るぞ。
この場所は見る限り今にも崩れ落ちそうだ。
一度安全な場所へ避難した方がいいだろう〉
「でも、どうやって?」
地上に出るにしても巨大な地下空間に穴が開いているだけで、上へ戻れそうなものは何も無かった。
何か秘策でもあるのだろうか?
ドラゴンだから、もしかすると飛べたりして……。
少女はそんなことを考えていた。
〈いや、知らないが〉
「……え?」
しかし邪龍には特に何もなかった。
〈よく考えてみろ。俺は今目覚めたばかりで、力の使い方さえままならない状態なんだ。何かできるはずもない〉
「た、確かに……」
よくよく考えると今の状態で邪龍が飛ぶことなんてできない。
自分の中に邪龍の魂が宿っていることを少女は不思議に感じていた。
その謎に怖さを覚えるほどに。
「分かった……。とりあえず階段を探してみる」
少女はここまで来る時、地下道の脇にある階段を利用していた。
衝撃によって崩れていなければ地上に出られるはず。
邪龍の言う通り、少女は地上を目指して移動を開始した。
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「うーん……」
崩れ去った地下の空間にて、白髪の男サキアは声を漏らす。
「おかしいねぇ。場を支配するほどの圧倒的なオーラを露わにしていた邪龍の気配が一瞬にして消えた。」
サキアは予想外の出来事に少し戸惑っていた。
怪物たちを送り込み、周囲の人間たちを始末するところまでは計画通りに進んでいた。
問題はそのあとだった。
あの強烈な衝撃波によって怪物たちは跡形もなく消滅し、危うく自身も消し飛ばされるところだったのだ。
「たしかあの光の中心……」
衝撃波が起こる前、サキアの目には少女の姿が幽かに映っていた。
白色の髪をした少女が、赤い宝石を手持っていたのを覚えている。
「おい……! どういうつもりだ……? サキア……!!」
手足に剣を突き刺され、壁に十字のようにして張り付けられた眼鏡の男が怒りに震えた声で話す。
「はぁ、リーゴ。君も分かっているだろうに。」
サキアはため息交じりに言う。
「君が彼らから送られてきた刺客だということは前から知っていたんだよ。君が彼ら宛に送っていた手紙もすべて、こっそりと処分させてもらっていた」
「何……!?」
「つまり、君を殺すのも今回の計画の内だったという訳さ」
サキアは嘲笑うかのような口調でリーゴを挑発する。
「おのれぇ!! おのれええええええ!!」
リーゴが最後の力を振り絞り、力を使用しようとした時だった。
「無駄だよ」
リーゴの体中が光り出した途端、何もない場所から突然大剣が現れ、彼の首を瞬く間に切り裂いた。
「な!?」
一瞬の出来事に何が起きたか理解が追い付かなかった。
リーゴは自身の視界が落ちていくのを感じると同時に、息絶える。
「君が刺客なんかじゃなければ、僕たちは良い仲間になれたかもしれないのに……残念だよ」
頭のなくなった亡骸を前に、サキアは語り続ける。
「世界は大きく変わる。その歴史的瞬間をこの先見れないなんて、君は実に残念な人だったね」
サキアはそう言葉を残すと、忽然と姿を消した。