23話 襲撃者
エミールは1つ思ったことがある。
(俺ら必要なくね……!?)
エミールは衝撃を受けていた。
(この人達強すぎないか……?)
当初エミールは彼女たちは自分たちのサポートにさえ徹してくれれば良いと考えていた。
自分が先頭を進み、仲間を引っ張っていくのだと、そう確信していた。
しかし実際はどうだろうか。
ネオンとサントリナが先頭に立ってイーターを撃破し、皆を守っている。
ネオンに関してはかの有名なノウス・アーエールの娘だとしても、実力は彼に遠く及ばないと思っていた。
しかしネオンは、エミールの予想以上の実力を見せた。
イデア覚醒者であるサントリナにも引けを取らないのだ。
一般人とイデア覚醒者では保有する源力量も実力もはるかに違う。
それだというのに、ネオンはその身一つでサントリナに張り合っていた。
彼女の勇士にはエミールたちも見習うところがあった。
そして何よりも予想外だったのが、ソティアだった。
彼女は他の2人と違って直接戦っていたわけではないが、誰よりも早くイーターの襲撃に気付いていた。
そのたび、2人に報告。
ネオンとサントリナはその指示に従いイーターを討伐。
完璧な動きだ。
まるでソティアはこの3人の中でリーダー的存在に見えた。
3人のなかで1番年も若くか弱そうに見えるのに、非常時には誰よりも冷静だった。
子供にこれほどの的確な判断が下せることに感心する。
集会所で馬鹿にしたように笑ってしまったことを後で誤るべきかもしれない。あれは少し、彼女に対して失礼だったと反省する。
ただ1つ変だと思ったのは、何故片目を閉じているのかという事くらいだった。
彼女の目は世にも珍しい、左右非対称の色合いをしていた。
その目には何か特別な事情でもあるのだろうかとエミールは思ったが、今ここでその話を聞くのも野暮かとも思ったため、やめておくことにした。
エミール達は今の所イーターの素材を回収するだけだった。
奴らの素材はそこそこ良い値で買い取られるのだ。
なんでもその素材は最新型の魔法兵器にも利用されているとか。
ただ、エミール達も回収だけ終わらせるつもりはない。
「俺達も負けてられねー!」
エミールにもBランク冒険者としてのプライドがある。
いつまでも彼女らばかりに活躍してもらっては面目が立たない。
エミールがギルメンの方を振り向く。
するとアルフとクロエもエミールの考えを察したのか頷く。
巣が近づいているせいか、数が増えていくイーターにさすがの彼女たちにも少しばかりの苦戦が見られる。
応戦するなら今しかないだろう。
「それー!」
クロエが腰に掛けていた小銃を取り出し、イーターめがけて引き金を引く。
すると大く開いた銃口から白い球のようなものが飛び出る。
球はイーターの顔面に衝突した途端破裂し、黄色い煙が広がる。
その煙を吸い込んだイーター達がたちまち動かなくなる。
「これは……?」
ばたばたと倒れていくイーターを前にして、ソティアが驚いている。
どうやらこれは見た事が無いらしい。
「これは対イーター用麻痺弾だ。人には無害だから安心してくれ」
エミールはソティアにそう説明すると、動かなくなったイーターの急所部に剣を突き刺し、息の根を止める。
切り口からイーターの黒い血液がドロリと流れ出ていた。
その作業を他のメンバーも同じように繰り返す。
「一旦、ここいらで休憩するか……」
エミールが森の中で少し開けた場所の地べたに腰を下ろす。
日の出とともに行動を開始していたが、時間は既に昼時だった。
まだイーターの根城にはたどり着けていない。
焦って休憩なしに、このまま作戦を続けるのはいささかリスキーだ。
全員で鍋を囲むようにする。
エミールから見て左からソティア、ネオン、サントリナ。
ソティアから見て左からアルフ、クロエ、エミールの順番だ。
鍋に用意していた食材や水を放り込み、汁物を作る。
それを木製のお椀に注ぎ、仲間に配っていく。
ソティア、ネオン、サントリナの様子を見る。
ソティアたちはそれをおいしそうに食べていた。
サントリナだけは無表情で食べていたが。ただ、手は止まっていないので口に合わなかったわけではなさそうだ。
正直結果から言うと、今回の作戦に彼女たちを連れてきたのは大正解だった。
あの3人の実力は本物だ。いづれ自分たちが追い越されるのも時間の問題かもしれない。
エミールはそんなことを考えていた。
「あんたたち、いいパーティだな」
エミールは心の底から思ったことを伝える。
「は?」「え?」
しかし、なぜだろうか。ソティア以外の2人が顔を歪ませ、怪訝そうな表情をする。かなり嫌そうに。
(あ、あれ? 違うのか……?)
先ほどの発言のせいか、雰囲気が突然悪くなってしまった。
ネオンとサントリナは互いにそっぽを向いたまま食事をしている。
その様子にソティアも苦笑いしている。
「なぁ、あんた……この前は悪かったな……」
「え……?」
エミールの突然の謝罪にソティアが少し、驚いた表情をする。
何のことかさっぱりという感じだった。
「ほら、あれだよあれ……前あんたのこと疑ってバカにしちまった事……」
エミールは俯いて説明をする。
なんだか顔を合わせるのが急に怖くなってしまった。
「だ、大丈夫だよ。私も別に気にしてないから、あはは……」
ソティアは頬を掻きながら、小さい声で返事をする。
嫌そうな表情というよりも、どちらかというと恥ずかしそうだった。
「そ、そうか……。でも本当に悪かった。あんたの事少し見くびってたよ。あんたも十分強かった。俺たちより年も下なのに立派だよ、ホント」
「わ、私が……?」
エミールの話している内容が理解できないというように、ソティアは真顔になっている。
「いや、ほら……年下なのを馬鹿にしてるわけじゃなくて、本当に思ったことをこう……さ、すごくいい意味で言ったつもりで……」
何かまた変な事でも言ってしまったのだろうかと、エミールは不安になってしまった。
良からぬ誤解を招かないように、補足しようとする。
けれど予想とは裏腹に、ソティアの表情は次第に笑顔に変わっていき、
「そう言ってもらえると嬉しい……。ありがとう」
と言った。
そしてその表情は、とても暖かく柔らかい。
天使のような……あるいは女神のような……。
エミールはその時、彼女の純真さを垣間見たのだと思った。
「お、おう……」
ソティアの純真さに当てられて、とっさにエミールは帽子で顔を隠した。
「あっエミール照れてる~」
「はっはっは! 自滅したな」
「う、うるせーやい」
顔を真っ赤にしているエミールを面白おかしくからかうように、エイトのメンバーが笑っている。
エミールは帽子の下から彼らを覗き言い返す。
「そういえばあなたたちって、どうして3人で冒険者になろうと思ったの?」
ネオンがエイトの3人にむかって尋ねる。
「ん? 俺たちが冒険者になった理由?」
「あ……私もそれ気になる……」
そう言ってソティアも興味深そうにエミールたちを見ている。
「別に大して聞くほどの事でもねぇけどなぁー」
「まぁいいかいいから、話してみてよ」
ネオンが話を聞きたそうにせかしてくる。
離せない内容というわけでもないので、仕方なくエミールは経緯をかいつまんで話してあげることにした。
「はぁ、めっちゃ単純だぜ。全員同じ地元で幼馴染だったんだよ。
子供の時から外へ探検するのが俺たち全員好きだった。
だから意気投合して3人で冒険者を目指した。
それにまぁ自分で言うのもあれだけど、戦闘にも結構自信がある方だったしな」
エミールの話に残りの2人もうんうんと頷いている。
「へぇ~そうなのね。でもそういうの羨ましいわ。私にはそういう幼馴染みたいなのいなかったから」
「そうなの……?」
ソティアがネオンに不思議そうに尋ねている。
しかし、ネオンは誰にでも基本的に友好的な性格だったため、彼女にそんな過去があるのは確かに少しだけ意外だと思う。
「うん。だからここにきてソティアと一緒に冒険者ができて楽しいッ!」
「わわっ! ネオン近いよ……!」
ネオンがソティアに飛びつく。
ソティアの頭に自分の頬を擦り付けていた。
サントリナはその様子をただボーっと見つめている。
「ははっ、仲がよろしくて結構。それじゃあ、そろそろ行くとするか」
エミールは立ち上がり、食器や食材をかたずけ始める。
「じゃあソティア、私たちもそろそろ作戦に戻りましょ、って……ソティア?」
「…………」
片づけを手伝い始めていたネオンがソティアの方を振り返る。
ソティアはネオンの言葉に反応せず黙っていた。
「ん?」
エミールも心配になり、ソティアの方を見る。
するとどうだろうか。
先ほどまで笑顔だった彼女の顔から血の気が引いていき、みるみるうちに青ざめていく。それはまるで何か良からぬものでも見てしまったかのようだった。
「おい、どうし……」
「みんな! 逃げてッ!」
大人しかったソティアがいきなり大声を張り上げた。
唐突な事態に皆が動揺する。
「お願いッ! ここから離れて! 今すぐッ!!」
ソティアが追い打ちをかけるように叫び続ける。
その時だった――。
ゴゴゴゴゴ……
辺り一帯に地響きが起こり始める。
木々が激しく揺れ、大地に裂け目が生じる。
地面から何かが迫って来る音がする。
音が近づくにつれて、揺れも大きくなっていく。
その時エミールはやっと、ソティアの考えを理解した。
ただ……それでも、理解するのが少しだけ遅かったかもしれない。
エミールたちのいる地面の真下が、急激に盛り上がった。
「アエオォォォォォォォォォォォン!!!!」
それはあまりにも突然の出来事――。
強大な咆哮と共に地面から何かが飛び出てくる。
その衝撃は凄まじく、周囲にあるものすべてを吹き飛ばすほどの風圧が発生した。
まるで大規模な爆発が発生したのかと思うほどに。
強烈な風の音と衝撃音だけが聞こえる。
気づくとエミールは遥か高く、空中に放り飛ばされていた。
ここまで空を近くに感じるのは、生まれて初めてかもしれない。
異例の事態にもはや頭の中は真っ白だった。
何が起こったのか、理解が追い付かない。
しかしそんな状況でもひとつだけ分かることがあった。
(これ、死ぬやつだ……)
エミールはこの時初めて、死の恐怖を感じた。
突如としておきる、成すすべのない理不尽な死。
空中に飛ばされたエミールには、上空からの景色を眺める事しかできなかった。
「あれはッ……!?」
空中に打ち上げられ、呆然としていたエミールはその視界に異様な存在を確認した。
全長100メートルを優に超えるほどの巨大な体格に、巨大な両翼を持つ四本足の怪物。
鼻先から飛び出た角は橙色に輝き、ドリルのように回転している。
「ド、ドラゴンッ……!?」
現れた正体の全貌を見渡し、エミールの口から出た結論だった。
あれは間違いなくイーターの中でも最上位に君臨する種族の一体、ドラゴンそのものだった。
ただあり得ないほどの巨体ではあったが、特徴はドラゴンに酷似している。
「クッ……! ちくしょー!!」
エミールが大声で叫ぶ。
結局のところ、奴の正体が分かったところで自分には何もできないからだ。
宙に浮かんだ体がピタリと止まり、真下へと落ちていく。
この高さではおそらく助からないだろう。
「クソッ! クソッ……! くそぅ……」
エミールは自分の声が、どんどん弱弱しくなっていくのを感じる。
恐怖と絶望だけがエミールの心をむしばんでいく。
目を閉じているため、今どのあたりまで落下しているのか分からない。
既にエミールは、最後の時を迎えようとしていた。
「……」
ドスッ
落下した音がする。
しかし、たいして痛みを感じない。
それどころか何かに抱えられている感覚さえする。
エミールは閉じていた目を恐る恐る開いていく。
そこにはエミールを抱えて走っているネオンの姿があった。