表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イータークラウン ~邪龍と少女の冒険録~  作者: なんちゃら竜
第一章 邪龍と少女
21/140

21話 天命人

 

 いつも利用している食堂に顔を出すと、ネオンの姿が見えた。

 ソティア達はお昼や夕食は大体この食堂に通っていた。

 ここは冒険者のために作られた食堂で、冒険者証明書を見せると2割引きで料理を食べられるのだ。

 ちなみにAランクからは3割引きらしい。

 こう聞くと冒険者になることは利点しかないようにも思えるが、1週間以上をポイントを稼がず、冒険者としての活動をしなかった者には強制的に連盟からの退会、あるいは指定任務の強要の2択が迫られる。

 つまるところ、冒険者となったからには活動の痕跡が見られないとだめだという事だ。


「あらソティア、結局来たの?」


 ネオンはパンををかじりながら、ソティアの方を振り向く。


「うん、やっぱりお腹すいちゃって……」

「なにそれ……、まぁ隣開いてるから座ってよ」


 ネオンが隣の椅子をポンポンと叩き、座るよう促す。


「じゃあ、失礼します……」


 隣に座り、壁に貼られているメニュー表に目を通す。

 

(いつもどおりでいいかな)

 

 ソティアはシチューを注文する。

 数あるメニューの中でもシチューはソティアのお気に入りになっていた。柔らかくなった肉が口のなかでほろりととろけ、こってりまろやかとしたスープの味わいがたまらない。

 これを食べるたびに生きていてよかったと実感できる。


 ソティアはそのシチューを味わいながら、集会所での出来事を思い出していた。

 エミール達が話していた内容に気になることがあったのだ。


「ねぇ、ネオン」

「どうしたの?」

「天命人ってなんのことなの……?」


 天命人。

 エミール達が口にしていた言葉だ。

 彼らの口ぶりから、五大天楼と何やら関係しているようだった。


「ああ、天命人ね。天命人っていうのは生まれながらにイデアを持つ者の事をいうのよ」

「生まれながらに?」

「ええ。イデアっていうのは基本的にその人の人生の中で形作られた強い理想が体現された物なの。だからそのイデアを生まれながらに持つ赤ん坊っていうのは、神からの使命を授かった者という理由で天命人って呼ばれてるらしいわ」


 イデアとは希少で不思議な力。

 その希少なイデア覚醒者の中でもさらに希少な存在、それが天命人という事だった。

 神様からの使命の神様というのはエレウテリア様のことだろう。

 

「天命人はただでさえ強力なイデア覚醒者の中でも、さらに抜きんでた力を有しているって言われてるのよ。現に五大天楼のアスピダ様もシリオ様も天命人だったわけだし、間違いないわね」


 シリオ・レオーネ。

 彼に関してはに以前カロンという町の兵士から話を聞いたことがあったが、今回新たに別の五大天楼の名前を知ることができた。

 この際なので、その人物についてもソティアは聞いておくことにした。

 

「そのアスピダって人についてネオンは何か知ってたりするの?」

「ア、アスピダ様? ソティアはあの方について何も知らないの……?」

「うっ……! 実は私……そういうのに疎くって……」


 ソティアはネオンに自身の事について詳しく話していなかった。

 彼女には、自分が親元を離れて旅をしている者だとしか伝えていなかった。

 何故そんなことを言ったのか。

 それは、自身の境遇を話してしまえば、間違いなく嫌われると思ったからだ。

 ネオンがソティアに優しく接してくれるのはきっと、ソティアが旅をする普通の人間であるという前提があるからに違いない。

 ソティアはただ、ネオンには嫌われたくなかった。


「……そうなの? ふふ~ん、しょ~がないわね! なら私の知ってる範囲で教えてあげるわ」

「あ、ありがとう……」


 ネオンは何故か嬉しそうに話し始めた。


「アスピダ様はおそらくこの世界で最もお強い方だと思うわ」

「最も……強い……」

「最強ってことね。まぁそれも頷けるほどの偉業を多く成し遂げてきた方だから当然ちゃ当然よね。ここ数年の間で有名なのはやっぱり大襲来の時かしらね」


 大襲来と言えば、ネオンのお父さんが亡くなった時である。

 

「アストラ国の近くに巨星って言われる超特大サイズのイーターが出現したことがあるの。その危険度は十星級だったと言われているわ。十星よ? 普通にこの世の終わりだと思ったわ」

「そ、それでアストラ国はどうなったの?」

「それがね……被害は一切出なかったわ」

「え……?」


 十星といえば以前兵士の説明にあったモンスターやイーターの強さを表す度合いの最も上、最上級に当たるはず。

 そんな存在が現れれば、周囲に及ぼす影響も甚大なはずだ。

 被害が一切出なかったなんて言うこと、果たしてあり得るのだろうか。


「アストラ国を襲撃した巨星も周囲に湧いていたイーターも全て、アスピダ様がたった1人で撃滅されたのよ」

「たった1人で……?」

「そう、でもそれだけじゃないわ。今世界にある結界、あれもアスピダ様のおかげによるものなのよ」


 結界とは世界の障壁と呼ばれる超巨大結界とはまた別に、各地の国々からイーターの侵入を防ぐために存在している見えない壁のことである。

 大襲来以降、イーターの被害を最小限に抑えている人々の生命線となっていた。

 

「じゃあその人がもしいなかったら、今頃私たちって……」

「最悪の場合……なんてこともあったのかもね。でも実際はアスピダ様がイーターから人々を守ってくださってる。天命人として、人類の希望として、あのお方は自身の使命を全うしている。まさしく正義の味方よ」

「正義の味方……」


 ソティアはその言葉を何度も頭の中で繰り返す。

 確かにネオンの言う通り、人々はアスピダという人物に守られている。

 そんな人々にとって彼は英雄であり、正義の味方だろう。

 

 ソティアは心の中でどこかモヤモヤを感じていた。

 ソティアにとってカフィーもまた正義のような存在だった。

 だが、五大天楼とカフィーはかつて争っていた。

 かつての記録がそれを証明している。

 だから皆、カフィーを邪龍と呼でいる。

 この場合人々にとっての悪はカフィーであり、イーターだ。

 しかし、その事実がソティアにとって納得できない。

 考えすぎなのかもしれないが、かつての真実が捏造されているという可能性だってあるかもしれないのだ。


「どうしたのソティア? なんだか具合が悪そうだけど……」

「ご、ごめん。何でもないの……。教えてくれてありがとう、ネオン」

 

 ネオンに声を掛けられ、我に返る。

 

(今はまだ、考えてても仕方ないのかも……。とにかく今は目の前の事に集中しよう)


 ソティアは心に残った雑念を飲み込むようにして、シチューを口に流し込む。


「ちょっ!? 大丈夫なのそれ!?」

「うっ……! 火傷したかも……」

「やっぱり、何かあったの……? あの時からソティア、様子が少し……」


 ネオンが手をソティアの背中にそっと乗せる。

 

「アスピダ様について何も知らず、挙句の果てには意味不明な行動までとるとは。バカなんですか? ソティア・プシュケース」


 その時、突然後ろから誰か他の声が聞こえた。

 どこか淡々としていて、トゲのある口調だった。


「うげぇ! あ、あんたは!」


 ネオンがあからさまに嫌そうな顔をする。

 ソティアも声のする方に振り向く。


「あ、あなたは……」


 ソティアはその人物を知っていた。

 以前あったことがあるからだ。

 その人の名前を思い出すようにして口を開く。

 

「サンサリアン!!」 「サンタリノ……!!」


 ネオンとソティアがほぼ同時に声を発する。

 お互い読んだ名前が微妙に違ったような気もしたが、気のせいだろうか?


「どっちも違いますッ! サントリナです!! 

 キーッ!! 失礼な方達ですね!!」


 サントリナは顔を真っ赤にして、床を踏み鳴らしている。

 先ほどの淡々とした口調とは違い、感情のこもった声だった。


「いや、先に人に向かっていきなりバカって言ったのはどこのどいつよ……」


 ネオンが何言ってんるんだこの人、と思っていそうな表情でサントリナを見つめる。


「ふん! 私は本当の事しか話しませんからね。失礼も何もないですよ」


 サントリナは落ち着きを取り戻したように話し出す。


「で? なんの用なのよ……冷やかしならさっさと帰って」


 ネオンが厳しめにそう言う。


「フン、あなた方今度の殲滅作戦に他のギルドと組んで参加するそうですね?」

「そ、そうだけど……」


 サントリナの問いにソティアが答える。


「私もそこに参加させてください」

「えっ……?」


 サントリナの発言に少し戸惑ってしまう。

 確か、彼女はSランク冒険者の人と組んでいたはずだ。

 それなのになぜソティア達と一緒に行動したいなどと言うのだろうか……?


「いやいや、誰があんたと組むって? それにあんたには他に組んでるパーティーがあるんじゃないの?」


 ネオンがまたまた何言っているんだ、というような表情で驚いている。


「はい、確かにあります。ですが、私もあなた方と同じEランクです。

 それでナルシス様は、私に他の者たちと協力して己を磨くようにと、そう命じられたんです」

「えー? それで私たちを選んだって訳? 別にそれなら他を選べばよくなーい?」


 ネオンが嫌悪感丸出しの雰囲気で、サントリナに問い続ける。


「あ、あなた方は前線に出るんですよね? それなら私も実戦でより成長できると考えたんですよ。それに私ならきっとあなた方の役に立つと思いますよ……」


 サントリナはどこか怒りを抑えたように震えながら答える。

 

「役に立つですって~? あんたに何ができるのよ?」

「そうですね……これならどうですか?」

「なっ!?」


 ネオンが驚いてその場から後ずさる。

 しかし、驚いてしまうのも仕方ないだろう。

 ネオンたちが見つめる先、サントリナの手の中には炎が揺らめいていたのだから。

 

「これって……」


 ソティアはボソッと口にする。


「分かりましたか? 私はイデア覚醒者なんですよ。ソティアさん、あなたと同じでね!」


 サントリナは得意気にそう答えると、ソティアに向かって指をさす。 

 

「どうですか? これでもまだ不足していることがあると?」

「あんたが……イデア覚醒者ですって……?」


 ネオンの開いた口が塞がらない。

 予想外の事実に困惑しているようだった。


「ふん、そっちの女はほっておいて、ソティアさんはどうですか?」

「わ、私……?」

「はい。私も参加していいですか?」


 サントリナはソティアを問い詰めるように迫る。


「え、ええっと……」

「待って! なんでソティアがイデア覚醒者だって知ってるのよ!」


 ネオンが突然、会話に口を挟む。

 

「もう、何ですかあなたは。

 それならもちろん知ってますよ。たまたまその現場を見合わせていたものですからね」

「じゃ、じゃあさ、ソティアが五つ星イーターを3体討伐したっていうのも信じる?」

「え……? そ、そうですね。し、信じますよ」

「ふーん、信じるんだ……」


 ネオンがサントリナをまじまじと見つめながら、喉を唸らせる。

 

「ネ、ネオン……?」

「……分かったわ、一緒に行動しましょう。精々足を引っ張らないでよね。ソティアもそれでいい?」

「あ、うん……。私は全然」


 本物のイデア覚醒者が共に戦ってくれるなら、心強いことこの上ない。

 ソティアもサントリナの参加に関して賛成だった。


「はぁ、やっと交渉成立ですね。では当日はよろしくお願いします」


 サントリナはどこか乾いた笑顔でそう言った。



「それにしてもあなた、ちょっとは見る目あるじゃない?

 ソティアの実力を理解できる人が周りいなくて呆れちゃってたのよ」


 ネオンがサントリナの肩に手を乗せる。


「そうなんですか? それは良かったです。まぁ私、ソティアさんの実力は確かに認めていますが、あなたに関しては剣を振り回すだけの脳筋ゴリラ女としか思ってませんけどね」


 サントリナがネオンの手を払いのけて、笑顔のまま返事をする。


「は? 今なんて?」

「ん? ですからあなたに関してはただの脳筋ゴリラだと」

「あんたね……ちょっと見直したと思ってたのに……! その言葉は余計でしょー!! この木偶の坊ー!! バカタレー!! あほんだらー!!」

「木偶ッ……!? フ、フン! 図星ですか? ピーピーうるさいですよ。そもそもそんな低俗な挑発ごときに、この私が乗るとでも思ってんのかコノヤロー!!!」


 そうして2人は額をぶつけ合い、いがみ合う。

 先ほどまでギリギリ会話を保っていた2人だったが、今の2人の間はもはや罵詈雑言が飛び交うだけだけの修羅場と化していた。

 

「………」


 ソティアはその様子を傍から見ていた。

 先ほどまでの雰囲気から大体察してはいたが、この2人はおそらく相性が最悪だ。 


〈おい、ソティア……〉

「カ、カフィー……?」

〈こいつら、大丈夫なのか……?〉

「ど、どうだろうね……」


 こんな状態でこの先、支障をきたさないか少し不安になるソティアとカフィーなのであった。

 



「あの……、他のお客さん方の迷惑になるんでやめてもらっていいっすか……?」 


 ソティアと同じく様子を窺っていた店員が、喧嘩をしている2人に向かって恐る恐る注意する。


 ネオンとサントリナはお互いに顔を見合わせる。

 そしてしばらくの沈黙が続いた後、


「「 はい! 本当にすみませんでした!! 」」


 2人はほぼ同時に謝り、ほぼ同時に頭を下げた。

 




------





「はぁ、無駄に体力を消耗してしまいました……」 


 サントリナが宿屋へと戻っていくソティアとネオンの背中を遠くから見つめる。


「ですが、おかげで計画は順調に進みそうですね」


 サントリナにはとある計画があった。

 自身が敬愛するナルシスにも伝えていない計画が。


「ナルシス様は彼女たちをただ誘導するようにとだけ命じられましたが、そんなことはさせません。

 ソティア・プシュケース、あなただけはナルシス様に近づけさせるわけにはいかないんです……!」


 サントリナは手の中の炎をギュッと握りつぶす。

 

「あなたは私が……殺す……!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ