20話 証明
「キャーーー!」
「な、何事だー!!」
「窓のガラスが突然割れたぞ……!」
集会所内にいた人々は慌てふためき、大混乱に陥った。
中には恐怖で怯えだす人さえも。
「な、何が起きたの!? 襲撃!?」
ネオンはとっさに背中の大剣に手をかける。
「わ、分からない……俺たちはちょっと外の周囲を見てくる」
エミールがそう言うと、エイトの3人は外へと急いで出て行った。
「カ、カフィー……これって一体……?」
〈…………〉
「カフィー……?」
ソティアは不安になりカフィーに尋ねるが、カフィーは黙ったままで返事が返ってこない。
「ソティアは大丈夫? 怪我してない?」
「う、うん……大丈夫」
ネオンが周囲を警戒しながらソティアの近くに歩み寄る。
ソティアもネオンと共に辺りを見渡した。
ガラスの破片を片付ける者。
慌てたように書類にいろいろと書き込んでいる者。
酔っぱらって、笑い転げている者。
ソティア達のように襲撃を警戒している者。
皆様々な行動をとっていた。
「しかし、突然何が起きたっていうの? ガラスが割れたと思ったらそれ以降特に何も起きないし、イーターの襲撃ってわけでもなさそうだし」
「わ、分からない……けど」
ソティアはガラスの破片を拾う。
何故だか知らないが、ソティアはその割れた破片から不思議な力を感じ取っていた。
どこか覚えのある感覚だった。
(カフィー?)
〈…………〉
そしてカフィーからの応答も今だに無い。
(も、もしかして……これって……)
「あ、エミール達が帰ってきたわ」
「え? あ、うん。本当だ」
ネオンが見ている方向にエイトの3人達がいた。
こちらに戻ってきている。
「外はどうだったの?」
「敵襲かとも思ったんだが、外は特になにも無かったな。
というか窓が割れていたのはここだけだった。
他の建物はみんな無事だったんだ」
「え……それってどういう……?」
ネオンはエミールの話に戸惑っていた。
「いや、話した通りのままだ。この場所のガラスだけが、すべて割れてしまっただけなんだよ」
「なによ、それ……」
「俺も分からない……。ていうか、何か気まずい感じになっちまったな。今度殲滅作戦の前日に軽い会議を行うから、またこの場所に来てくれ。
今日はこれで解散しておくよ……」
「わ、分かったわ」
そうして、彼らは外に散らばっていたガラスを一か所にまとめると、去って行ってしまった。
「わ、私たちも今日は帰ろうか……、ここにずっといるとよくない気がするし……」
「う、うん……」
ネオンの言う通りにしてソティアは一度冒険者連盟から離れることにした。
「あ、そうだった。ソティア!」
「ん……?」
ネオンが突然思い出したようにして声を出す。
「あなたあの時、どうして嘘なんかつこうとしたの?」
「ああ……そ、それ……?」
「そうよ! あいつらソティアのこと馬鹿にしてたのに!」
「え……、そうだったの?」
「そうに決まってるわ! あれはソティアを見て完全に嘲笑ってたわ……」
ネオンは怒りで顔を真っ赤にしていた。
そして拳をわなわなと震わせている。
「でもあそこで力を使ってたら、きっと建物壊しちゃってたと思う。
私ではあの力を制御できないし……」
「あれ? ソティアってイデアの力を制御できないの?」
「そ、そうだよ……」
これまでソティアは自身でイデアを使いこなしていなかった。
元はと言えばあれはカフィーの力であるため、当然と言えばそうなのだが。
実は一度だけカフィーとこっそり森の中でイデアを使う練習を行っていた。だが、ソティアが唱えると凄まじい威力で技が放たれるため、制御が全く効かなかったのだ。
「不思議ね……イデア覚醒者ってみんな力を手にした直後からその力を自在に操れるっていう話だったはずなんだけど」
「そ、そうなの……?」
「話に聞くとそうらしいけどね。私の父さんもそうだったわ」
「ネオンの父さんもイデア覚醒者だったんだ……」
「ええ、あの人も覚醒した当初から思い通りに力を扱えていたって言っていたわ」
「そうなんだ……」
正直な所、ソティア自身が置かれている状況そのものがあまりにもイレギュラーすぎるため、他者と比べることが難しい。
しかし、そのことをネオンに直接話すこともできない。
カフィーの存在は秘密にしなければならないのだ。
「まぁかく言う私も、イデアなんて持ってないから何とも言えないんだけどね。変なこと聞いちゃってごめんね」
「あ、ううん。大丈夫だよ」
そうこうしている内に、自分たちの部屋に戻って来る。
「そうだ、これからお昼にするんだけどソティアはどうする?」
「私はそんなにお腹空いてないから大丈夫」
「そう? それじゃ、私はちょっと出かけてくるわね……」
「うん。気を付けて」
そう言うとネオンは部屋に荷物を片付けると、一階へと降りて行った。
正直お腹はどちらかと言えば空いていたが、ソティアにはやらなければならないことがあった。
「…………」
ソティアは部屋に戻り、ベッドに横たわる。
部屋の中は静かで自分の息する音が少し聞こえてくる。
「ねぇ、カフィー」
〈…………〉
「あのガラスって、カフィーがやったんだよね……?」
あの時ガラスの破片に触れた時の感覚。
それはカフィーのイデアを使う時の感覚に似ていた。
おそらくあの破片にはカフィーの力を使っていた跡が残っていたのかもしれない。
他の人は気づけなかったようでも、ソティアには分かった。
「カフィー?」
〈ああ、そうだ。あの場で起きた事は俺がやった〉
カフィーがとうとう返事をする。
「どうしてあんなことを……?」
〈……あいつらが気に食わなかっただけだ〉
「気に食わない……?」
〈あいつらは俺ではなくお前を心底馬鹿にしていた。
俺のことならいくらでも勝手に言ってもらって構わない。
だというのに、あいつらはお前の中に俺がいることも知らずにお前に対して言いたい放題。それが気に食わなかったんだよ〉
「カフィー……」
だからカフィーはあの人達にギャフンと言わせるために、あのようなことをしたのだとソティアは理解した。
そして、それと同時にどこか嬉しくなった。
「ふふっ……」
〈何で笑うんだよ……〉
「ご、ごめん。なんだかちょっと安心しちゃって……。
私カフィーが突然おかしくなっちゃったのかと思って、結構不安だったから……」
〈ああそうかよ〉
「うん。だからね、ありがとう」
〈は?〉
カフィーが拍子抜けたような声を出す。
「ど、どうしたの……」
〈いや、てっきり俺がやったことを怒るのかと思ってな〉
「そうだね、できればああいう事はしてほしくないかな」
ソティアは一呼吸おいて再び口を開く。
「それに、私はああいうことに結構慣れてるから大丈夫だよ。
前はもっと酷かったから……」
ソティアは以前まで奴隷のような暮らしをしていた。
そこには人に与えられるはずの人権というものは無く、人を道具のように扱う人間たちに毎日命令されるだけだった。
当然、罵声を浴びせられることもあれば、乱暴に暴力を振るわれることも頻繁にあった。
そんなソティアにとって今回の一件はたいして苦痛でもなんでもなかった。
〈いやだがお前、あいつらに笑われて嫌そうにしてたじゃないか〉
「えーっとあれはただ、人と話すのにまだそこまで慣れてなくて……、緊張してたというか、なんというか……」
ソティアは照れくさそうに、頭を掻く。
〈……はぁ、そうかよ〉
「うん。でもね、こんなこと言うのも正直どうかなと思うけど、カフィーが私のためにやってくれたっていうのが、その……嬉しかった」
〈…………〉
「あはは……こんなこと言うなんて私も実は悪い奴なのかもね……」
ソティアはベッドから起き上がり、立ち上がる。
正直お腹が減ってきていた。ネオンには嘘をついてしまっていたが、ソティアもお腹が減っては力が出ない。
まずは腹ごしらえをするため、ソティアは食堂へと向かうのだった。