2話 絶望の果てに
「きゃああああ!!!!」
「た、助けてくれええええ!!!!」
突如として現れた異様な化け物達に喰われていく人々。
「な……何が……起きたの……?」
少女は目の前の光景を信じることができずにいた。
時は少し遡ること数分前。
その時、少女は監視員たちに命令されたとおりに荷物を運んでいた。
一通り運び終えた後、少女は別のものを運ぶ必要があると言われ巨大な金庫のある部屋へと移された。
厳重に閉ざされていた金庫の中には、赤い宝石があった。
宝石はその輝きがよくわかるよう、ガラス張りの箱の中に収納されていた。
それは宝石にしてはあまりにも異様な気配を放っており、ただの宝石ではないということを少女はすぐに理解した。
監視員にせかされながらも、少女は宝石をステージの前にまで運び込む。
ステージに商品を運び終えた途端、客席から大声が飛び交う。
その声に怯え、少女はその場でうずくまってしまう。
「……」
少女はうずくまりながらも輝く宝石を見つめる。
人々の出す大声に少女は酷く怯えていたが、その宝石を見ていると自然と心が落ち着くのを感じていた。
まるで、この宝石と繋がっているようなそんな感覚。
この宝石は一体……。
少女はその宝石が何なのか気になってしまう。
しかし、いつまでもこの宝石の前で立っていてはいけない。
少女はその場から急いで離れようとする。
その時だった。
どこかで指を鳴らす音と共に、謎の化け物が突如として姿を現したのだ。
一体どこから現れたのか。
理解する間もなかった。
地獄はそこからだった。
その化け物達は現れたかと思うと、その場にいる人々を襲い始めたのだ。
「グルルルルル……」
大きな犬型の怪物がその鋭利な牙をむき出しにして少し先方から、こちらにゆっくりと歩いてくる。
その化け物はこれまで見た事もないような姿をしていた。
全身を白い体毛に覆われ、黄色い目している。
3つに枝分かれした尻尾を生やし、体のところどころに黄色い結晶が浮かびあがっている。
「ひぃぃぃぃぃぃ!! なぜこの場所に奴らが現れるのだぁーー!!」
すぐ近くでさっきはあんなにも得意げになっていたパクトルが、今はただ目の前にいる怪物に腰を抜かして喚きだしている。
「こんなところで!! 私がこんなところで死んでたまるかーー!!」
取り乱したかのようにパクトルは突然立ち上がり、少女に向かって走ってくる。
「きゃあ!!」
彼は少女の襟元をつかむと、怪物の方へと放り投げた。
「そこの薄汚い小娘でも食ってろ!! これだけはあいつらの手にわたってはいけないのだ!」
少女を身代わりにすると、宝石をの入ったガラス箱を抱えて逃げ出す。
「くそう! 何故バレたのだ! 今回私は、私の知る限り最も安全で信頼の寄せられる者達ばかりを呼んだはずなのに! 何故この中に奴らがいるのだ! ありえない! ありえない! ありえない!!!」
パクトルは無我夢中で走る。
宝石を肌身離さず抱えたまま。
緊急用のパクトルだけが知る非常口へ向かって。
「ギャアアアーーーーース!!」
だがその瞬間、パクトルの逃げた先にあった壁から、ワーム状の怪物が壁を破壊して姿を現す。
「バカな!! そんなバカなぁぁぁぁぁあ!!」
壁から突き抜けてきたワーム状の怪物はすぐさまその体をうねらせ逃げ出そうとしたパクトルの足元から食らいつく。
「そんな……嫌だ……嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁーーー!!」
パクトルは必死に身に着けていた短剣で怪物の口周りを何度も突き刺す。
ワーム状の怪物は彼の腰のあたりまでかぶりつくと抵抗できないように体をひねり、振り回す。
その時、彼は片手で抱えていた宝石を手から滑らせてしまった。
「しまっ……!!」
宝石はそのまま彼の手から離れ、地面に落ちる。
宝石を包んでいたガラスの箱が壊れ、宝石はそのままパクトルから遠くへと転がっていく。
「ギュルルルルリィィィィィィ!!」
パクトルの抵抗も空しく、怪物の噛みつきはさらに強まった。
「ああ……ここまでなのか……私にはまだ……この世界を……」
怪物はそのままモゴモゴと飲み込みはじめる。
そしてとうとう、彼の体のほとんどを口の中に咥えてしまった。
ゴクッ
ついには彼の最後の言葉も言うこともなく、完全に飲み込まれてしまった。
「グルルルルルル……」
パクトルに投げ捨てられた少女の目の前にはすぐ近くにまで犬型の怪物が近づいてきていた。
「ギャアアアーーーーース!!」
後ろ側からは別の怪物の姿が見えた。そのにさっきまでいたパクトルの姿は無かった。
食べられてしまったのだろうか……?
その怪物口元から滴り落ちる血が、少女を恐怖に陥れる。
「ヴヴヴヴヴヴ……」
目の前の怪物はさらにその大きな足の歩みを進めてくる。
「ああ……」
ついに自分の番がきたのだと少女は思った。
これで終わり。
目の前の怪物に食べられたらそこでおしまい。
振り返ればまったくもって理不尽の連続のような人生だった。
ただもう一度、かつてのように両親と一緒に食卓を囲んでいたあの頃に戻りたい。ただそんな日々を過ごしたいだけだったのに。
少女は自身の不幸を恨み、悔やんだ。
「グルルルァァァァァア!!」
目の前の怪物はガバッと巨大な口を開け、少女に襲い掛かってきた。
「っ……!!」
その時、座り込んでいる少女の左手側に何か硬いものが触れた感触がした。
「これは……あの時の」
その左手に触れたものは紛れもく少女がステージまで運び、パクトルが目玉商品とまで称していたあの赤い宝石だった。
なぜだろう……。
その結晶に触れた時、少女は自分の人生がまだここで終わりではないような気がした。
かつての暮らしに戻れるわけではない。
平穏な日々が返ってくるはずはない。
しかし、絶望に染まっていた少女の瞳にはかつての光が戻っていた。
「やるしかない!!」
少女はすぐさま宝石を拾い上げ、怪物に対してその宝石をかざし、叫んだ。
「お願い!! 私を助けて!!」
「グルルァア!?」
その瞬間、宝石が赤黒くまばゆいほどに少女の手の中から強く光を放ち始めた。
その輝きは留まるところを知らず、光を常に放ち続けついには辺り一面を覆いつくすほどにまで拡大する。
「くうぅ……」
その光はもはや直視することすらかなわない
結晶はさらに輝きを増し続けそして―――――
──────炸裂した。
*
*
*
「うう……」
最初少女が目を覚めた時、まず太陽の陽ざしがとても眩しいと感じた。
少女がいた場所は地下空間のはずである。しかし、その地下空間の天井にはあまりにも巨大な穴が開いてしまっていた。
その穴から降り注ぐ光がこの凄惨な空間を照らしていた。
「私……生きているの……?」
目の前にいた化け物はおらず、それ以外にも表れていた怪物たちの姿はもうそこにはなかった。
少女は呆然とし、ただその場で日の光に照らされたまま立ち尽くしていた。
〈おい、小娘〉
直接脳に響くような声がどこからともなく聞こえてきたのだった。