18話 帰り道
「このえげつない痕跡、ソティアが倒したのね! さっすが~!」
ネオンが先ほどの女の子を背負って来る。
「ウガ」
「ん……? あ! アルギス!! 拾ってくれたの! ありがとう!」
デベがネオンの大剣の柄を口に咥えてソティア達の元に戻る。
それを見たネオンが一度女の子を背中から降ろす。
そしてデベから大剣を受け取ると、大切そうに抱えていた。
刀身に頬ずりまでしている。
「ア、アルギスって……?」
「この武器の名前よ。私とって一番大切な物なの。なくなってたらどうしようかと思ってたわ……!」
「そうだったんだ……」
さっきその大切な物を思いっきり投げ飛ばしていたような気もしたが、ソティアはあまりツッコまないようにした。
それだけ大切な物を投げ捨ててまで、目の前の子を助けようとしてくれたのだと理解したからだ。
「あ、あのぉ……助けてくれてありがとうございます……」
ソティア達の会話を聞いていた女の子が声をかけてくる。
頭に大きなリボンを付けた、黒髪の可愛らしい子だった。
「ううん……気にしないで。私たちが助けたかっただけだから」
「そうそう、ソティアの言う通りよ! それよりあなたが無事でよかったわ」
しゃがんで女の子と目を合わせる。
ネオンはソティアの隣に立ち、その子の頭を撫でた。
「他にイーターがいないとも言えないだろうし、一旦王都に帰らない?」
「分かった。私もそれがいいと思う」
ここは迷宮の森の入口付近から少し奥に進んだ場所だった。
入口付近よりも危険度が高く、森もさらに鬱蒼としていく。
新たなトラブルに遭遇してしまう前に、素早く非難したほうがいいだろう。
「ウガ」
デベが姿勢を低くし、その場に伏せた。
自分に乗れと言うサインだと、ソティアは察した。
「デベなら早いし、森を抜けるまではデベに協力してもらおう」
「オッケー、それじゃあなたも乗るわよ」
「え……?」
ネオンが女の子に手を差し伸べる。
しかし、その子は何かに怯えたように後ずさっていた。
「ど、どうしたの……?」
ソティアは子供が怯えている様子に戸惑ってしまう。
「あー、多分デベが怖いのね。まぁそれが普通の反応だとは思うけど。
どっちかというと、ソティアがイレギュラーすぎるのよね……」
ネオンがやれやれというような雰囲気で話す。
そして今度はデベの体に触れ始めた。
「ほら、大丈夫よ。デベはとっても賢くて優しいモンスターなの。
ソティアの従順なペットでもあるもんね!!」
「ウガ―」
ネオンが女の子にそう伝えると、デベが小さい声で返事をする。
「は、はい……」
女の子はその様子を見て少し安心したのか、ネオンの手を取ってくれた。
そして3人でデベの背中に乗り出す。
「デベ……」
「ウガ?」
「なるべく"ゆっくり"でお願いね……!」
「ウ、ウガウガ!」
*
*
*
ソティア達はデベの背中に乗って森を抜けると、残りは徒歩で移動を始めた。
幸い女の子に怪我は無かったが、念のためという事でネオンがその後も背負っていく。
帰り道は特に異常も起きず、無事に王都まで戻ることができた。
「ふぅ、なんとか無事に戻れたわね」
ネオンが額の汗を腕で拭う。
「きょ、今日は本当にありがとうございました……。
本当にどうお礼を言ったらいいか……」
女の子はソティア達の前でもじもじとしていた。幼いながらに。言葉遣いがしっかりとした女の子である。
「いいのよ、気にしないで。あなたが無事だったことが何よりのお礼なんだから」
ネオンはそう言って女の子にグッドサインを見せる。
「うん、ネオンの言う通り。それにもうすぐ日も暮れるから、あなたは早く家に帰った方がいいと思うよ。家族も心配してると思う」
「はい……。あの……いえ、ありがとうございました……」
女の子はソティア達にぎこちなく一礼すると、帰路へと就いていった。
〈ふーむ……〉
(どうしたの?)
カフィーが悩んでいるような声を出したため、ソティアは気になって尋ねる。
〈何故あのような子供が1人で森の中にいたのか、疑問に思ってな〉
(言われてみれば確かに……)
冒険者でさえ、立ち入ることを戸惑ってしまう迷宮の森。
その場所に子供一人で立ち入るというのは、カフィーが指摘するように少し不自然かもしれない。
(外に出かけていて、たまたま迷子になったとか……?)
〈なわけあるか、あの子供は薬草を集めていたんだぞ。明らかに目的があってあの場所にいた〉
(そ、そうだった……)
「じゃあ私たちも帰るわよ、ソティア」
カフィーと脳内で会話をしていると、ネオンが肩に手を置いて呼びかけてきた。
「あっ……、うん。分かった」
(でも助かったんだし、良かったと考えていいんじゃないかな……?)
〈まぁ、そう言われればそうなんだが〉
カフィーとの会話を終え、ネオンと共に宿泊している施設まで歩いていく。
「んっ……?」
帰り道の途中、ネオンが自身の肩をもう片方の手で押さえていることに気付いた。
「そうだ……! あの時肩を痛めていたはずなのにネオンは大丈夫なの?それにあの子も背負って帰っていたから負担が……」
ソティアは歩みを止めてネオンに問いかける。
ネオンがかなり無理をしているのではないかと、心配になってしまった。
「ははは、大丈夫。これくらい大丈夫だから。
こう見えて昔も子供のおんぶくらい、何度もやってきたのよ」
ネオンが腕に力こぶを作るようにしてアピールをする。
「確かにネオンってなんだか子供の扱いに慣れているっていうか、得意って感じがするよね」
「そういえば私……、まだソティアにあの話をしてなかったわね」
「あの話……?」
「話って言ったらあれよ! 私の事。恥ずかしいから言わせないで……!」
ネオンが少し顔を赤らめて言う。
「ご、ごめん……!! あの後いろいろあってちゃんと聞けなかったもんね」
「ソティアはまだ聞きたいって思う……?」
「もちろん。ネオンの事知りたいから」
「ふーん……。そこまで言うならしかないわね……! 話してあげるわよ」
ネオンは照れくさそうに話し始めた。
「私はね、2人の弟妹と父母の5人家族でね、父さんは昔有名な冒険者だったの」
「ネオンのお父さんも冒険者だったんだ」
「ええ。だから私もあの人に剣術とか冒険者のスキルとか、いろいろ教えてもらっていたの」
ソティアはネオンと特訓していた時を思い出した。
ネオンがソティアに教えていた剣術もおそらく、その父親から学んだことだったのだろう。
「父さんは本当に凄腕の冒険者だったわ。町に被害をもたらしていたモンスターなんかも一瞬でかたずけてしまうくらいに。だから私も父のように強くて勇敢な冒険者になりたいと、そう思ったの」
ネオンが胸のあたりで拳を握りしめて言う。
「そんなに凄い人なんだ……!! 私もいつかネオンのお父さんに会ってみたいな……」
心の底から思ったことを口にする。
しかし、ネオンの表情は次第に曇ったものに変わっていく。
「…………」
「ネ、ネオン……?」
「ごめんなさい……それは、もう無理なの……」
ネオンが俯いたままそう言った。
「え……?」
「父さんは5年前の大襲来の時に亡くなったの。同じギルドの仲間を庇って……」
そして、ネオンの口からかつての出来事が告げられた―――
5年前、突如としてこのミソロギアにイーターが襲来した。
イーターはこの世界にいる人やモンスター関係なく、この世界の者全てに襲い掛かった。
人々は最初それらがイーターかどうか、分からなかった。
しかし、古文書に書かれていた内容から、3000年前に襲撃してき者たちと同一の存在であることが判明した。
当時、ネオンの父親もイーター迎撃作戦に加わったという。
町でも優秀な冒険者だったため、この作戦に参加するという事はもはや逃れられない宿命だったのかもしれない。
ネオンの父親も自身のギルドメンバーたちと共に戦地に出撃した。
イーターの町への侵入を許さず、順調に撃退していた。
次第にイーター側の勢いも弱まっていき、彼らは皆、勝利が近づいたと確信していた。
しかし、現実はそう甘くは無かった。
小さな町に1体のイーターが出現したのだ。
そのイーターは二足歩行で歩き、二本の腕を持つ。
まるで人間のような形をしたイーターだったという。
人型イーターは他のイーターとは一線を画す強さだった。
たった1体で前線の防衛を機能停止させ、壊滅に追い込んでしまった。
ネオンの父親とそのギルドメンバーは町を守るべく、その人型イーターと最終防衛ラインで交戦していたという。
ネオンの父はそのイーターと互角に戦い、アニマ国の五大天楼シリオの到着するまでの時間を稼いでいた。
しかし、その戦いの中で仲間の危機から助けるために自らを犠牲にして命を落としたという。
その後、人型イーターはアニマ国の五大天楼シリオの手によって討伐されたが、町には大きな傷跡が残ってしまった。
「―――そんなことが……」
ネオンから離された言葉をソティアはただ息を呑んで聞いていた。
5年前、ソティアはパクトルの元で閉じ込められていたせいで外の情報を何も知らなかった。
ネオンから聞かされた大襲来の話はあまりにも悲惨な物だった。
「確かにあの時は悲しかったわよ。でもね、今はただ誇らしいと思っているわ」
「ど、どうして……?」
「父さんは町を守るために仲間を助けるために、冒険者として、戦士として、その使命を全うしたのよ。だから私はそんな父さんを尊敬しているし、私にとっていつまでも偉大な人なの」
「ネオン……」
「ははっ、何で私よりあなたがそんな悲しそうな顔してるのよ。
でもありがとう、私はもう平気だから」
ネオンはソティアの手を握り微笑む。
それは悲しみを一切感じさせない笑顔だった。
(ネオンが一番つらかったはずなのに、私が泣いたりしたら駄目だ)
ネオンが笑顔で話してくれているのに自分が悲しんでいては失礼だと、ソティアは思った。
目に浮かんだ涙を手で拭い、再び顔を上げる。
「ネオンのお父さんは凄く立派な人だったって、私もそう思う……! そしてネオンも……!」
「え!? 私も?」
目を見開いて、ネオンが話す。
「うん。ネオンも今こうやって冒険者として活躍してる。だからネオンはちゃんとお父さんの後を継いでいるはずだよ」
「ソティア……。いいえ、ありがとう。ソティアにそう言ってもらえただけでもなんだか報われたような気分だわ」
「そんな、それは大げさだよ……」
「大げさなんかじゃないわ、本当に。これでも家族からは冒険者になることは結構反対されてたの。でもソティアのおかげでこれからも頑張っていくって、決心ができたわ!」
ネオンが立ち止まる。
目の前には既に、冒険者の宿泊施設があった。
ネオンと話し込んでいるうちに、帰ってきていたようだった。
「まずは先のイーター殲滅作戦、絶対に乗り越えるわよ!」
そう言ってネオンがソティアに向かって笑顔でグッドサインをする。
笑顔を見せたネオンの白い歯は、夕日に照らされ輝いていていた。
「うん……! 頑張ろうね……!」
そうしてソティア達は共に施設の中へと入っていったのだった。
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「へぇ~、あの時見かけた子、イデア覚醒者なんだ」
「はい、森で相手のイーターに見た事もない攻撃を放っていました」
王都内のとある隠れ所。
その場所でSランク冒険者ナルシスはサントリナの話を聞いていた。
「イデア持ちの子供っていうのはお前と同じでかなり貴重な存在だからな。でかしたよ、サントリナ」
小さな豆電球で薄く照らされた部屋の中、ナルシスは王都内の住人の名簿に目を通しながらサントリナを褒める。
「私にはもったいないお言葉です、ナルシス様。し、しかしあの者に接触するのはやめた方が良いのでは……」
サントリナは跪き頭を下げたまま、意見を述べる。
「んん? なんで?」
ナルシスはトーンを変えずどこか圧のある声で、サントリナに問いかける。
「……あ、あの者のイデアはかなり異質なんです……。頑丈なイーターの外殻を微塵も残さず消し去るような力は正直言ってかなり危険かと。それに私たちのギルドとも相性が悪いですし、あの者は放っておいても……」
サントリナは怯えたように震えた声で、ナルシスに提言する。
「あのな、お前は俺の言う通りにしてればいいんだよ。誰がお前をここまで強くしてやったと思ってるんだ」
「そ、それは感謝していますが……」
「だろ? だったらこれ以上口出しは無用だ。分かったな?」
ナルシスはサントリナをただ睨む。
その目には感情がこもっていなかった。
「わ、分かりました……。では私はこれで失礼します……」
サントリナはそう言うと部屋を出て行き、自分の部屋へと戻っていった。
「…………」
真っ暗な部屋の中でサントリナは隅っこに座り込む。
そして手の平をそっと前に出すと、その手から小さく炎が揺らめき始める。
「ナルシス様、どうして……。私では駄目のなのですか……」
ここ最近、ナルシスは新たに仲間を集め出した。
それも男女問わず、サントリナよりも年下の子供達ばかりだ。
サントリナは焦っていた。
このままでは自分の立場が他の誰かにとられるような気がするのだ。
ましてやあのソティアいう名の少女は、サントリナにとってマークしておかなければならない要注意人物だった。
「私がナルシス様にもっと認められるよう強くならなければ……。
あんな奴らに負けるわけにはいきません……!!」
サントリナは手の中の炎を握りつぶす。
部屋に明かりはついていなかったため、炎が消えるとともに部屋の中も再び暗闇に包まれたのだった。