【悲報】婚約者を追放しようとしたら、ルームメイトからおしおきされてしまったんだが。
こんなルームメイトが欲しかった。
『公爵令嬢タテロール=テンプレート!貴様との婚約をここに破棄することを宣言する!』
俺のような王族貴族、そして高級官僚や大商人の子息たちが集う王都の大学校。
そこの卒業パーティで、高らかに俺は宣言する。
親に決められた結婚相手との婚約破棄を。
そして私は、身分は低いが、心優しい娘を妻として幸せな生活を送るのだ。
「…と、いうことを明日の卒業パーティでやってみたいのだが。」
「いや、何言ってんのかわかんないです。アホなこと言ってないでさっさと答辞の内容でも考えてください。」
妄想をいきなりルームメイトから否定されたのは、この国の第一王子である俺、バー・カ・ボン=ホンマーニその人である。
こいつ、王子である俺が語る渾身の妄想を、本を見たまま秒で否定しやがった。
「何が悲しくて、タテロールとの婚約を破棄せねばならんのです。殿下もタテロールも、呆れるほどに仲が良いではありませんか。」
「いや、その方がウケると思って…」
「ウケで国を亡ぼす気か、あんたは」
ルームメイトが深いため息を付く。
こいつは俺の乳兄弟で、それこそ生まれた時からの付き合いだ。
知らない人に説明すると、乳兄弟というのは、乳母の子供ということだ。
俺のような王侯貴族は、生まれた時直後は直接母親が育てず、乳母という子供を産んだばかりの女性からお乳をもらって育つんだ。
だから、その乳母の子供とも密接な関係になる…。それを乳兄弟というんだze
学園でも俺の側近兼護衛役として、ずっと過ごしている。
「だってよー、決められた人生なんてつまんなくね?」
「贅沢三昧している王侯貴族の言う言葉じゃないだろ、それは。」
「贅沢三昧が、くだらねぇ跡目争いや腹の探り合い、暗殺の恐怖抜きならなー。」
「そのために、僕がいるんじゃないか。」
暗殺対策にこいつがいるというのは、紛れもない事実である。
こいつは俺が物心ついた時から、
控えめに言って、こいつは騎士団長クラスの武力と、魔法兵団の副官クラスの魔力を持ち、一人で戦況をひっくり返すことも可能だ。
事実、俺たちまで駆り出された首都での決戦で、こいつは武功勲章をもらっている。
「それに、君のいる王家が、どれだけテンプレート家からの支援を受けたと思っているんだい?」
「…首都決戦では随分お世話になりました。」
「テンプレート家からの援軍が遅ければ、陥落は免れなかったろうね。この国も、危なかった。」
そのとおりだ、先の戦争ではテンプレート家が軍団を温存してくれていたから、敵国の侵略を防ぐことが出来たのだ。
長年、王国内の潜在的敵対勢力だった公爵家を懐柔し、味方につけたお爺様の慧眼に感謝である。
「でもなぁ、タテロールがなぁ。」
「まあ、タテロールも変わり者だからね。気持ちはほんの少し分かる。」
「いや、嫌いなわけじゃないし、好きなんだよ。けど…」
「けど…?」
「いや、なんつーか、その…」
俺の様子を見たルームメイトが、意地悪く微笑み、椅子をこっちに向ける。
短く刈った髪に黒縁眼鏡、痩せた身体にブレザーを着こなす姿は、俺が見ても麗しく、男女ともに人気が高い。
生徒会長。まあ、こいつのことだが、生徒会長のファンクラブもあるらしい。
…俺の方はバカ王子を愛でる会があるそうだが、ぶっちゃけ、コイツの方が俺より人気が高い。
「言ってしまえよ。言いにくいんだろうが、明日の卒業式を迎えれば、君は嫌でもタテロールを妻にしなければならなくなる。」
「…。」
「ルームメイトとしての関係も今日で終わりだし、今の、学生の内に思いを吐き出しても良いんじゃないのか。」
「…そうだな。」
忘れていたが、コイツとの関係も、明日までなんだな。
コイツも高級貴族。明日の卒業式が終わっても、関りは続く。
しかし、ルームメイトとして、同級生としての関係は卒業を迎えれば変わってしまう。
それを考えると少し、口が緩む気がした。
「正直な、俺はタテロールが嫌いだよ。」
「ほう。」
「嫌い…、というか嫉妬だな。俺よりも強くて魔法の才能もあって、政治経済、知識も豊富ときて、人間的な魅力に溢れてる。オマケに顔もイイ。ちんちくりんで胸だけはナイけど。」
「…体型以外は随分評価しているんだね。でも、それが嫌なんだ。」
「当たり前だろ。俺よりもタテロールの方が王様に相応しいんだ。俺だって王族として恥ずかしくないだけの力はある、それでも、何一つ俺は勝てていない。」
俺の婚約者は何でもできる。
その比較対象は、どうしても俺自身に向けられてしまった。
自慢ではないが、俺も力や魔力にかけては歴代の王族に遜色ないものがある。努力もしてきた。
親父である王は、俺を歴代一の秀才と褒め称えた。
しかし、天才と比較されると、秀才の実力はかすんで見える。
そして、天才を横にした場合、俺は十分に凡人だった。
その事実が、俺に婚約者に対する嫉妬、そして嫌悪感を生み出していた。
「そうか、君はそんなことを考えていたんだな。」
「悪いかよ。」
「いや、君にそういう思いがあったことに、長年気づけなかった僕も悪い。君の護衛役として、ルームメイトとして不明を詫びよう。」
ルームメイトが静かに頭を下げる。こいつは、こんなに殊勝な奴だったんだろうか。
「それで、本気なのかい?」
「何がだ。」
「婚約を解消するという話は。」
「…。」
ルームメイトの顔が真剣なものに変わる。
卒業前の緩んだ雰囲気が、静かに引き締まっていくのを感じた。
「もし、君が婚約を解消するという話なら、その意思を尊重するよ。」
「尊重、って…?」
「タテロール公爵家側は怒り狂うだろうが、そこは不貞でも何でも理由をデッチ上げて、君が結婚できないという状況を造り出せば良い。」
「………。」
「実は、タテロールは迸る性欲でこれまで退学になった生徒を次々に食っていたとか。」
「そこまですんの!?」
「必要とあればね。ああ、そうだ。公爵家への謝罪のための金子も必要かな。いや、当代の公爵は金銭欲には疎い人だから、逆効果か。」
次々に対策を打ち出すルームメイト。
本気なのか冗談なのか。その声はどこか弾んでいる。
…だが、俺は気づいていた。その声の中に脅えがあることを。
「…いっそ、公爵の別の令嬢を受け入れたいと注文すればどうだろうか。」
「……いい。」
「しかし、ポンパドールはまだ7歳。早すぎるかな?」
「もういい。」
「いや、ロリコンの気があるから丁度良いか。」
「もういいって!それに俺、ロリコンじゃないし!?」
慌ててルームメイトの妄想を止める。
怒っていた。ルームメイトが頬を膨らませて俺を見ていた。
「…鍵のかかる引き出しの二段目の奥」
「やめてー!俺のコレクションを捨てないでー!」
ルームメイトが完全に不貞腐れている。涙目になっている。
俺は観念して立ち上がり、椅子に座ったままのルームメイトを抱き寄せた。
「ごめん、嘘だよタテロール。」
「…何でそういうこと言うの。」
「ごめん、卒業式に面白いことしたくって」
「…最近婚約破棄が流行ってるからって、酷いじゃない。冗談でも嫌だよ。」
「悪かった。謝る。」
俺は、ルームメイトであり、婚約者の侯爵令嬢、タテロール=テンプレートを抱きしめた。
生まれた時から、お爺様によって婚約者と決められたタテロール。
乳兄弟であり、子供の頃からもずっと一緒だったタテロール。
護衛役になりたいと熱望し、厳しい訓練を耐えきったタテロール。
婚約者としてルームメイトを許され、学友となり、戦友でもあったタテロール。
嫉妬もある、嫌になるところもある。
しかし、俺の愛しい女性であることに変わりはない。
強い女性である彼女を冗談でも泣かせてしまった。
俺は婚約破棄が流行りであることをネタに、かけがえのない女性の心を傷つけてしまったのだ。
「…謝ってくれる?」
「ああ。」
「本当に?」
「ああ。」
「じゃあ、お願い聞いてくれる?」
「…ああ。」
しおらしく、かぼそい声で俺にお願いをするルームメイト。
しかし、最後の返事を聞いた瞬間、俺は物凄い力で二段ベッドの下に押し倒されていた。
「うげっ!」
「…何がうげっ、だよ。僕の心を傷付けておいて。」
直ぐに身体を起こそうとする。
その瞬間、彼女の唇が俺の動きを封じ込めていた。
「~~~!?」
しばらく口を吸われた後、彼女が上体を起こし、にこりと微笑んだ。
「明日の卒業式、寝不足になるけど、ゴメンな。」
「も、もう夜遅い、アッー!」
忘れていた。
彼女はいつもこうだった。
僕は、身も心も彼女の恋人になった少年の日を思い出しながら、ルームメイトからのおしおきを受け続けたのである。
翌日挙行された卒業式で、俺は眠気と必死に戦いつつも、高らかに公爵令嬢タテロール=テンプレートとの結婚を宣言した。
その後、俺は彼女の補佐を受けながら、ホンマーニ朝の黄金時代を生み出した名君として称えられることになる。
心残りは、側室を持つことが出来なかったことと、最後に見たのが、涙に溢れる元ルームメイトの顔だったことぐらいだろう。
十三人いた子供達も、それぞれ波乱の人生を送ったようだが、それはまた別のお話し。
おめでとう、ルームメイトは王妃にクラスチェンジした!




