ワイアレス、ブルートゥース、骨伝導、イヤフォン??? なんだそのよくばりセットは! どれどれ? っ!
元ネタ…earsopen PEACE TW-1
梅雨のある日。
家電量販店。突然の雨だったこともあって、普段よりも人の行き交いの多くなったフロア。
ぼくはその一角で、足を止めていた。
目に入ったそれに興味惹かれて。
ぼくはこれまで、ふつうの、有線のイヤフォンしかつかったことがなかった。ずっとそれでいいとおもってた。けど、目に飛び込んできたソレに、目をうばわれた。
『世界初! ワイアレスブルートゥース骨伝導イヤフォン』
んんん?
偶々クーラーのリモコンの電池を買いにきただけの家電量販店で、なんかそんなテロップを目にしてしまった。
なんだぁ? そのよくばりセットは? もう、最初の2語で意味被ってるじゃん! ワイアレスとブルートゥースで!
声には出していないけど、心の中はガヤガヤとさわがしかった。
ちょっとバカにするつもりで、手にとった。
ウリの一つらしい文言が書いてある。
『骨伝導イヤフォンの、普通のイヤフォンと最も違う点は、音を、骨を通じて伝えるところ。こまくに直接音をぶつけないため、こまくにとってもやさしいです。』
ほぅほぅ。
掌サイズの小さな円柱柱のような、そのイヤフォンの白い化粧箱の山の前に、雑に積まれた紙の山。当然それはパンフレット。
ぱらり。
ぱらり。
ん?
『眠る前のことを思い返してみてください。きっと、部屋は静かです。あなたが動かなければ物音一つありません。ですが、聞こえますか? シィィィンンンンン、という音が。ずっと、ずっと、続いて、途切れず、聞こえませんか? ……。残念ですが、貴方の耳は、とてもとても悪くなっています。ダメージを負っています。難聴になっている恐れがありますので、医者にかかることをオススメします』
……。なにこれ。……こわっ。こわっ……。
だって、心あたりがあったから。こわくて、こわくて、仕方がない。寒気に襲われるにはひと月ほど早い筈だけど。怪談的な意味で。
ぱらり。
『あなたが恐怖を感じたならば、コレをオススメします。軟骨の塊である耳に挟み込むように装着することによって、その能力を発揮します。耳に優しく、けれども力強く、音を伝えます。あと、このイヤフォン。耳の穴を塞がないし、こまくを占領する訳ではないので、つけたままでも、周りの人の声がよく聞こえます。どうでしょう。いかがでしょうか。\35,000(希望小売価格・税込)の高い買い物ですが、それに見合っただけの価値があります』
それが最後のページ。
なんというか、巧い。
最後の最後で畳みかけてこない。
そして、強気だ。よっぽど品物に自身があるのだろう。その値段はイヤフォンにしては高すぎる。もう、ヘッドセットの値段に足を突っ込んでいる。それも安物じゃないやつ。
ごくり。
もう、僕はちゅうちょしなかった。
ほうほう。
イヤリングみたいな形をしていた。
穴を開けないタイプのイヤリング。挟み込み形式のやつ。
耳の表側にあたる面は、平らななイヤフォンの形をしているけれど……。音が出るところであるメッシュな構造が見られない。
そして、ワイヤレス、ブルートゥース対応であるから、わずらわしいコードも無い。
そう。おしゃれだ。
特に期待してなかったけれど、おしゃれだ。イヤリングみたいで。近未来チックな、白地の、シックなイヤリング。
耳の真ん中、真横に、リング部分がなぞるように。
ブルートゥース、かぁ。
……。パソコンは対応していなかった。
どうしようか。
そう思って、スマホで調べようとして、4G通信を切ってWi-Fiに切り替えようとして、盲点に気づいた。リボンを右に90度傾けたようなあのマークが見えた。
スマホなんだから、ついてるわ、ブルートゥース。これア○フォンだし。
えっと、下側がスイッチになっていて、長押しで電源ON、か。
『プルルッ、パゥワァ、オンヌッ』
うわあ、めっちゃ英語だ。ムダにいい発音。とってもネイティブだった。
気を取り直して。
えっと、ペアリングは、もいっかい長押し、か。
『プルルルッ、コネクティッドゥ!』
……。毎回これ、聞かされるの……?
ちょっと肩が重くなったような気がした。けど、ここでやめてしまったらムダ金使っただけになる。それに、要は、使い勝手。そこさえよければいけるいける。許容できるさ。
気を取り直して。
動画サイトを開いて、音楽を流した。
クラシック。
……。
…………。あれっ? 聞こえ……ない……? 低音が、ことごとく……。
動画サイトを閉じて、検索をかけた。
『骨伝導イヤフォン 音』
いくつかのサイトをざっと見て、再び動作サイトを開く。
音楽を、流した。
けど、今度はクラシックじゃあない。バリバリのJ-POPだった。ビート効いてて、ハイテンポで、疾走感のある。
悪く――なかった。
ちょっと、特徴が質の悪いイヤフォンのそれと似ているなと思わなかったり。敢えて違いを言うなら、より籠った感じで聞こえる、という感じだろうか。
さっきざっと見たサイトの一つに書いてあった。自分が出した自分の声を聞いてるような感じ。自分が出した声を録音して聞くのとは全然違う。
ちょっと日本語使いぎこちないレビューだったような気がしたけど、だいたい言いたいことは分かった。
で、ひらめいた。どうやらこういうものらしく、こういう用途で効くらしい。
ゴミ袋を持って、いらないものをかたっぱしから突っ込んでいた。
どっぷり浸るように聞くんじゃあなくて、ながら作業に最適な感じ。作業用BGM的な。なるほどどなるほど。
部屋のそうじを試しに始めたのだった。
コードレスというのがこんなにも快適だとは思わなかった。それに、こうやってそうじの物音立てても、音は遮られることなく聞こえてくる。
それでも、ノってきて、音を大きくしてみる。下側のスイッチは実は外側と内側に分かれているらしく、外側で音が多いくできるっぽかった。
音というか、揺れを打ち込んでくるようなイヤフォンだからなのか、耳が揺れているのを感じる。それでも不快感は無い。むしろちょっと心地いかもしれない。
こりゃすごい。
値段相応の価値がある。
やがて――ゴミ袋はいっぱいになった。
それを捨てに行こうと外に出る。イヤフォンは耳についたまま。
ゴミ捨て場へと進むうち、音にノイズが混じり、足を止める。
更に一歩踏み出すと、音は完全に途切れた。
そっか。ブルートゥースの届く範囲だけ。見えない線が繋がっているのだ。結局は。Wi-Fiといっしょか。ってことは……電子レンジとかもダメだろうなぁ。IHとかも。
……。万能って訳じゃあなさそうだ。
「こんにちわ」
近所のおばさんに声をかけられて、
「こんにちわ」
あいさつを返した。
そして、はっとした。
そう。音、漏れ。して……たんだろうか……? 流してたのがちょうど電波ソングだったから……。このイヤフォン、高音は問題なく聞こえるから……。
ちょっと、考える。ゴミ捨て場の前で立ち止まって考える。
思い返す。
思い返す。思い返す。
ん……? 近所のおばさんというものは、こういうのを絶対おいしいと思う。イヤな意味で好奇心のカタマリだから。突っ込んできる。そのハズなのに、特になにもならなかったってことは、運がよかっただけ? それとも、本当に、全く音漏れしてなかった?
……。とりあえずゴミ捨てよう。どうしたってヤブヘビだ。
ポイッ、ドスッ!
鈍く重い、着地音。もっとひんぱんにそうじしないとなぁ。
それから、ベットで横になって。スマホで検索した。
『骨伝導イヤフォン 音漏れ』
……。
どうやら、耳の穴にひっかけるんじゃあなくて、耳の穴にしっかり突っ込むタイプの普通のイヤフォン並の音漏れしなささらしい。
なんか、安心した。
安心……。あんし……ん……。
……。
気づいたら、眠っていたらしい。
目が覚めたら窓の外は暗くなっていた。
そして――痛い……。
耳が、痛い……。ずっと挟まれてたんだから、当然かもしれない。多分、5時間こえてつけっぱなしだ。
そして――うるさい……。
『ピィ、ピィッ! ロォゥバッテリィィ! プゥリーィズ、チャアァジィィンヌ!』
特に警告音のピィ、がうるさい。
しかもこれ、ずっと繰り返されててる。
『ピィ、ピィッ! ロォゥバッテリィィ! プゥリーィズ、チャアァジィィンヌ!』
「わかったわかった」
『ピィ、ピィッ! ロォゥバッテリィィ! プゥリーィズ、チャアァジィィンヌ!』
「……」
『ピィ、ピィッ! ロォゥバッテリィィ! プゥリーィズ、チャアァジィィンヌ!』
うるさくて仕方がない。
耳からとった。
うるさくはなくなったけれど、底面で、赤いランプがうざったく点滅してうったえてくる。
充電しろよ、と。
イヤホンの側面に、金色の端子がある。それを、付属の充電器に、くっつければ、点滅は止まって、今度はずっと赤いのつきっぱなしになった。
その辺に転がっていた説明書を拾い上げる。
捨ててしまってなくてよかった。結構雑に置いてたから、すごくゴミっぽく見えたけど。運が、よかった。
充電中はそうなるらしい。
で、電源入ってて、充電大丈夫なときは、青く点滅するらしい。それは気づかなかった。耳につけたまま電源入れたもんなぁ。
せいぜい充電は5時間くらいしかもたないってことか。
もう少し長ければいいのに。けど、これだけあれば、まあ、困らないちゃあ困らないかも。
後は、はさまれる痛みに慣れれば、全部オッケーってことだと思う。
勢いで買ったけど以外とよかった。
あとは、バッテリーへたらず、長いこと使えたらいいなぁと思いながら、電気を消し、僕は二度寝を決め込んだのだった。
使ってみたらわかるスルメ味があるイヤフォンだった