18 応援されすぎると怖くなるもの
「はぁ、緊張する……」
「そういう時は深呼吸ですわ、お姉さま!」
「そうですね、吐いた緊張は私が吸い込んであげるので、さぁ!」
「あ、ずるいですわ! それならわたくしも!」
セーナとユーリアは私の前で、ひな鳥のように深呼吸を待ち構えていた。
「いや、やらないよ!?」
そんな待ち構えられてする人はいないんじゃないかな……!
ユーリアがうちにアポなし訪問してから2日後、私とセーナとユーリアはライブ会場の楽屋にいた。
なぜこんなことになっているのかは言うまでもない。私がユーリアのライブに出演するからだ。
……いや、あれから私も抵抗はしたんだよ? ただ、「お姉さまが出演されないなら、ライブは中止ですわ」とか言い出したので、断り切れなかったのだ。
だって、ユアのライブ楽しみにしてる人とかかわいそうだし。
その辺の私の性格を理解して今回の一件を仕込んでいそうだから、なかなかたちが悪い。
セーナもいるのは、一人はさすがに恥ずかしかったので、むりやり巻き込んだからだ。
今回の一件の共犯者だから、その仕返しでもある。
「というか、ユーリアはともかくなんでセーナも一切緊張してないの? なんかコツでもある?」
「いえ、私も緊張はしてますよ。でも、目の前にアイドル姿のリノンがいれば、そんな感情吹っ飛びます!」
「それ、褒められてるととっていいんだよね……?」
着ている衣装は、レースがふんだんに施されたドレスで、スカートにはパニエが入ってふんわりしている代物だ。
かわいいんだけど、普段着るものとかけ離れすぎててなかなか落ち着かない。何なら似合ってる自信がない。
ただ、そんな私の不安とは逆に、二人からは大変好評だった。
「見るだけでご飯4杯はいけますね」
「正直わたくしより似合ってて複雑なくらいですわ」
だいぶひいき目のありそうな二人からの意見だから何とも言えないけど、まぁお目汚しはしないってことで。
「すみませーん、ユアさんそろそろ出番でーす」
私のアイドル姿鑑賞会が始まりかけてすぐ、スタッフからそんな声がかかった。
「むう……もうちょっとお姉さまのアイドル姿を見たかったですわ……」
「いや、お客さん待ってるんだから行かないと」
「お姉さまがそうおっしゃるなら! 呼んだらすぐに来てくださいまし!」
そういってユーリアはステージのほうに駆けて行った。
さすがに振りやら歌やらを何曲も覚えるのは無理だったので、私たちの出番は最後の一曲だけ。
それならいらないんじゃとも思ったんだけど、ユーリア曰く、量は特に問題ではないらしい。
ま、その辺はユーリアのほうが専門だし、問題ないというならそうなんだろう。
ライブの構成は初日と大体一緒らしいので、7曲くらいあったはずなんだけど、緊張すると時は早く過ぎるもので、すぐに出番の時間がやってきた。
「じゃあ、紹介するねっ! 私のお姉さまのリノンちゃんと、魔王を倒した勇者セーナちゃんです!」
それなら私も賢者リノンにしてくれよと思わないでもないけど、ツッコまずにステージに上がる。
それと同時に、客席から地鳴りがしそうなくらいの歓声が聞こえてきた。
客席から見てるときは何ともなかったけど、ステージからだとすごい圧だな……。
「お姉さま、わたくしもいますし、大丈夫ですわ」
圧倒されているのに気が付いたユーリアが、小声で言いながら私の手を取った。
「あ、ずるい! 私も!」
セーナも慌てて私の反対の手を握った。
なんか子供がやる劇の最後みたいな構図になってないかこれ……。
それから簡単な紹介なんかを挟みつつ、曲へと入った。
曲名は「私のすべてを奪ってほしい」で、ユアの楽曲じゃ唯一『お姉さま』の単語が出てこない曲らしい。
さすがに私が私の曲を歌うのは恥ずかしいので、配慮してくれたのだ。
ただ、私のパートだけ「愛してる」とか「大好き」とかの言葉が多かったのだけは気になったかな。
▼△▼△▼△
それから大きなミスもなく無事大成功でライブを終えた私たちは、我が家のメンツとユーリア、レイラの5人で打ち上げをすることにした。
「で、なんで私が費用全持ちなんだよ」
袋いっぱい入った飲み物を差し出しながら、レイラは文句を言っていた。
「いや、ユーリアに私の家の場所教えたんでしょ、ライブ出されるのわかってたのに」
「それは……ちょっと面白そうだったからな……」
「はい、面白がってたならアウトだから。それにユーリアからもらったサイリウム代考えたらこのくらい余裕でしょ」
「そこまでばれてるのか……。まぁリノンの面白い姿見れたし、そのお代だと思うか」
レイラ、最終日もライブ来てたのか。
知り合いにあの姿は見られたくなかったなぁ……。
「今研究してる目の前の景色を保存する魔法道具が完成してなかったのが心残りだけどな」
「完成してなくてよかったよほんと……」
それから打ち上げも進み、ユーリアと二人っきりになった。
「ユーリアはこの後どうするの?」
「別の町でライブがあるので、明日には移動ですわね」
「大変だね……」
「お姉さまのすばらしさを伝えるためですから、全然余裕ですわ!」
なんというか、さすがだな……。
まぁ、楽しそうで何よりだね。
「それにしても、本当にお姉さまがライブに出てくださるとは思わなかったですわ」
「いや、ユーリアがそう仕向けたんでしょ」
そんな私が前向きだったみたいな言い方されると何とも引っかかる。
「でも、昔ならどう頑張っても無理だった気がしますわ。今回もかなりダメ元でしたし」
「そうかな?」
ユーリアに出会ったときは丸くなった後だから、今とそんなに変わってないと思うんだけどな。
「あーでも、魔王倒して心に余裕ができたのかもね」
「なるほど。……わたくしには、欲しかったものが手に入ったからのようにも思いますけれど」
「欲しかったもの……?」
なんかあったかな? でも、他人のほうが自分のことを理解しているなんて往々にしてあることだろうし、無意識に欲しがってたものなのかもしれない。
セーナと暮らすようになって得られたもの……。
「それって────」
「あ、ユーリアさん! 二人っきりとか抜け駆けです」
「ベルカも混ぜてほしいのだ!」
「おい二人とも、今は……」
答えを聞こうとして、後ろから3人がやってきた。
「ちょっと、せっかくいい雰囲気だったのに邪魔しないでくださいまし!」
「いい雰囲気だから止めに来たんですよ!」
二人はバチバチと火花を散らせていた。
本気のケンカとかではないだろうし、止めなくても大丈夫だろう。
友と書いてライバルと読む的な……いや、なんのライバルなんだって話ではあるけど、そんな感じだ。
それからしばらくして、ユーリアが明日の準備があるとのことで早めのお開きとなった
またいつかユーリアもライブしに来るだろうし、またこうして会って騒げたらいいな。
私はずっと、3人でのんびり暮らしていくんだから。
これにてアイドルがやってきた編は終了です!
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