9.魔法の美酒とモンスター討伐依頼
一口で高価だと分かる酒と、箸の進む美味しい料理。
「ささっ、勇者様。遠慮なさらず」
好々爺といった風情の村長と、お酌してくれる若い娘達。
俺たちは、いわゆる接待を受けていた。
――宿屋の主人から聞いたのだろう。村長と多くの村人が歓迎の宴を催してくれたのだ。
これが勇者という肩書きの力か。
なんというか、まるで時代劇みたいだな。
そもそも勇者ってそんなに偉いのか? まだ何もしていない俺達が、無条件で『勇者様、勇者様』と言われて崇められても戸惑う。
「いえ、あの」
「おいおいマサ、遠慮するとかえって失礼になるぞ」
「親父は調子に乗りすぎだろ!」
すっかり酒と女にうつつを抜かしているピエロ男。
さすが遊び人だ。ピンポン玉みたいな付け鼻を外して、さらに数個のボールでジャグリングして遊びだした。
酌をする女たちから黄色い声を浴びて、非常に楽しそうなのがまたムカつく。
村長も他の村人達も楽しそうに親父と話をしている。
俺も勇者ってことでからまれるが、適当にいなしていた。
正直、転生してからこういう席はほんと苦手になったもんだ。
「お酒はお嫌いですか?」
「えっ」
そっ、と囁いたのは宿屋の主人。
「これはノンアルコールです。よろしかったら」
「あ、どうも」
確かに俺は酒が苦手だ。
前世でも実は美味しく思えず、付き合いでは無理やり飲んでたフシがあった。
歳を経ると、それなりにコッソリ自分の分だけウーロンハイを烏龍茶に変えたりしてしのいだもんだが。
俺の若い頃は、とにかく男は酒。
仕事でも酒の席は大切って扱いだったもんな。
だから若いヤツが飲み会断るって、中堅連中がこぼした時も口では「けしからん」なんて言ってたが内心羨ましかった。
――おっと、また昔話になっちまった。
そもそもあんな田舎の村では、そうしょっちゅう酒も手に入らないんだがな。
良くて果実酒くらいだ。
あぁ、今年のラク(ぶどうのような果物)の出来具合が気になってきたぞ。
「勇者様?」
「あ、すいません」
いかんいかん、つい上の空になってしまった。
「なんかすみません、こういうの苦手でしょう?」
「そ、そんな事ないですよっ。皆さん、すごく歓迎して下さって嬉しいです、はい」
眉を下げる主人に俺は慌てて愛想笑いを浮かべる。
少しサラリーマン時代を思い出して、微妙な気分になるだけだ。
この人たちの親切は素直に嬉しい。あと宿屋の主人……名前は確かコウさんだっけ? の心遣いもありがたい。
「メーコちゃんは」
「あぁ、娘なら今――」
その時、部屋のドアが開いた。
「勇者様ぁ~!」
飛び込んで来たのは小さな身体に、可愛い黄色いドレスを身にまとったメーコだった。
「おっ、可愛いなぁ」
「素敵ねぇ」
「さすが村一番のべっぴんさんだァ」
「でしょーっ? この前にパパに買ってもらったの!」
くるくるとバレリーナのように回れば、軽やかなフリルが揺れる。
色の白い少女に、そのドレスはとても似合っていた。
皆に褒められて、誇らしげな顔は上気している。
「うん、まるでお姫様か妖精みたいだ」
「ほんと? うふふ。勇者様、だーいすき!」
「おっと……」
小さな手を伸ばし、抱きついてくる。
思わずその華奢な身体を支えると、キラキラとした大きな瞳が光を映していた。
「メーコ!」
コウさんは軽く彼女をたしなめた後、俺にすまなそうに無礼を詫びる。
「いえいえ。懐いてくれたみたいで、うれしいですよ」
「しかしお客様に――」
「勇者様はただのお客さんじゃないのよ! 勇者様なんだから」
俺と父親に割ってはいる、マセた少女は頬をふくらませた。
それがまた年相応で可愛い。
「悪い魔王をやっつけてくれるんでしょ? よげんしゃのおじぃさんが言ってたもん!」
またあのジジイかっ!
ウンザリとした気分だったが、それを苦笑いにとどめておく。
――勇者か。俺は単なる前世オッサンの現在農夫なんだがなぁ。
だいたいその魔王ってのがどこにいるのかも知らない。
その前に俺の村を消した、悪魔神官ってやつを見つけねーと。
「あのぉ、ちょっと村長にお尋ねしたい事が……」
「勇者殿!」
俺が口を開く前に、酒によるものかすっかり赤ら顔の村長がグラスになみなみと酒を注ぐ。
「酒がっ、すすんでおりませんぞぉぉっ」
「え゛」
「これは不思議な酒でしてなぁ。果実からでなく『鉱物から造られる』んですよ」
「鉱物、から?」
「えぇ。魔法石、と我々は呼んでいましてな」
魔法石。錬金術の類いだろうか。
そう言えば以前、風の噂で聞いたことがある。
――水に入れるだけで、美味い酒や薬になる石があると。
この村の秘密の資源。それがその『魔法石』というわけか。
「マァマァ、一口飲んで下され」
「えっ、あぁ、はい」
ほんの一口。
しかしグラスに顔を寄せただけで香る、まるで腐敗した果物のような香り。
なんかイヤな予感がする。
「あ、村長のグラスも空ですよ」
コウさんがすかさずそう言い、村長に酒瓶を差し出した。
「おぉ、気が利くじゃあないかぁ」
気分よく、デカい腹を揺すって笑うこの酔っ払い村長。
中年と呼ばれる歳の頃で、若くして村長になったのだろう。
どうもこういう人のノリは苦手だ。
「……」
一瞬、コウさんが俺に目配せをした。
村長が向こうを向いてるスキに、近くにあるノンアルコールのグラスと交換しろ。ということか。
俺はありがたく、その提案に応じた。
「さて勇者殿。折り入って話がありましてなぁ」
いよいよ宴は盛り上がり、親父が女たちと野球挙を始めた頃。
村長がそっと俺に耳打ちする。
「はい?」
「勇者殿は、東の山をご存知か」
「いいえ――でも、山がどうしたんです?」
「そこは古くからの鉱山でしてなぁ。そこにモンスターが出て、困っておるのですよ」
「モンスター、ですか」
「ええ。聞けば勇者殿は、数多くのモンスターを倒してきた強者と」
「え、あー……まぁ」
確かに倒してきたが、素手だし。しかもまだザコしか実績はない。
そんな不安もよそに、村長はグイッと顔を近づける。
「そのモンスターを退治してくださらんか」
「は、ハァ?」
「お願いですッ、この村を救ってくだされ!!」
つまりモンスター討伐の依頼、ということだろうか。
「ちょ、待って下さい。俺は……」
「いーじゃないかぁ。マサぁ、お前は勇者だっ。世のため人のため、頑張ろうじゃあないかっ!」
「親父!」
完全に酔っ払った遊び人が、勝手なことを言う。
てか、戦うのは俺だぞ。
親父もこの聖剣女も――ってあれ?
「勇者殿ぉぉぉっ、我々をお助けくださぁぁい!」
もう依頼っつーか酔っ払いのクダ巻きみたいになってる村長に、俺は渋々うなずいた。
「さすが勇者殿だーっ! 」
「おーっ、これでこの村も安泰だーっ」
「さすが勇者っ、そこに痺れる憧れるぅぅッ!!」
「勇者、バンザーイ!」
一気に万歳三唱になった村人達を、俺は深いため息をついて見つめる。
なんていうか。
人間ってやつはドコも変わらんな。
……酒は飲んでも飲まれるな。
そんなどこかで聞いた標語が頭に浮かんで消えた。
「勇者様、頑張ってね!」
愛らしくヒザに乗ってきたメーコの笑みが、俺のキリキリと痛む胃のせめてもの癒しとなる。
「おぅっ、任せとけ!」
そう空元気でも返事しちまう俺自身も、遊び人の親父に負けず劣らずお調子者なのかもしれない。
先程からピクリとも動かぬ聖剣を手に、内心苦笑していた。