8.ロリコンは許さないオッサン勇者
その村は、タカミ村という。
マバオ村より少しばかり豊かな所で、それは後ろにそびえる山からある資源が取れるから……だといわれているが、村のトップシークレットらしい。
「本当にここ悪魔神官がいるんだろうな?」
俺は村の入口で、聖剣を握りしめた。
コイツがここにマバオ村を消した悪魔神官の気配がある、と言い出したからだ。
『あー、多分』
「多分!? 多分ってなんだよ、断言しろよ。イイカゲンだな」
『うっさいわねぇ。断言すりゃいいんでしょ――絶対、ここだと思う(キリッ)!!』
「語尾だけキリッとさせてもダメだっての!」
だいたい【絶対】と【多分】を一緒につけちゃ矛盾だろうが。
『ハァァ、なに? 国語の教師かっつーの。チョーウザいんですけどォ』
「お前は女子高生か」
そういや娘のその頃も、こんなふうにナマイキだったな。
あー、今思えばあまりお互い仲の良い父娘とは言えなかった。
「まぁまぁ、二人とも。とりあえず今日は、もう日が傾いてきた。この村で宿でも探そうじゃないか」
間に入った親父の言葉に、俺はうなずく。
確かに腹もへって仕方ないし、なにより体力がも限界だ。
レベルの上がりもだんだん悪くなってきた。
それをウッカリ口に出せば。
『当たり前でしょ。ここらのモンスターでは、経験値が少なすぎるわよ』
と聖剣が鼻で笑う。
「経験値? なんだそれは」
イキナリ専門用語を出してくるな。
するとやはり大きくため息をついた彼女が怒ったように、俺の手から抜け出し宙に浮かんだ。
『ほんっとうに何も知らないのね。経験値ってのは早くいえば、アンタの成長度合いを数値化したモノ。それが一定でたまるとレベルが上がるの』
「ほぉ――ぜんっぜん、分からん」
つまりなんだ。
とにかく強い奴と戦うと、それだけ早く強くなる。
弱いやつだと数をこなさにゃならん、というわけか。
『ていうか、知らずに戦ってたワケ?』
「仕方ないだろ。俺は初心者勇者だ」
『あらアンタ、勇者だって自覚出たのね!』
「うるせぇ。そうじゃない」
生まれ故郷が消えた。
俺の居場所を奪ったヤツを、ぶちのめしてやらなきゃ気が済まないだけだ。
これでも若い頃はそこそこヤル男だったんだぞ――あ、今も若いんだった。
とにかく、あそこには俺の仲間がたくさんいる。
イイカゲンでお気楽な奴らだが、今の俺にとっては大切な存在だ。
世界だのなんだのってバカ広い事を説かれるより、身近な事の方が危機感湧くのは当たり前だろう。
そうじゃなかったら、こんなバカみたいに、モンスター倒しまくりの泥だらけの旅になんて出ない。
畑に種をまいた方が、いくらかマシだって話だ。
だかこれは仕方なしに出る旅。
でもやるからにはヤル。
これが半世紀以上生きた(前世だけど)オッサンのポリシーってヤツだぜ。
「さて。宿屋をさがさないとな」
親父の言葉に、村を見渡す。
夕方だがそこそこ往来に人が行き来がある。
仕事帰りがほとんどだろう。ツルハシやスコップを持った男たちが多い。
「……おにいちゃん達。旅の人?」
「?」
突然、俺の足元から声がした。
視線を下げると、そこには女の子。恐らく8歳くらいだろうか。
華奢で色白で。こぼれ落ちそうな程大きく、黒目がちな目。
この世界では珍しい、黒くサラサラとした髪は肩で切りそろえられたオカッパである。
ふと前世で見た、人気子役を思い出した。
美少女ってやつだ。
「あぁ。君は?」
視線を合わせるために、膝を折って姿勢を低くする。
近くで見ると、その瞳はうっすらと赤みがかっていた。
「わたし、メーコ。旅の人、宿まで案内してあげる!」
女の子、メーコは元気いっぱいに笑うと、いきなり俺の手を取る。
「っうぉ!? お、おぅ」
「ほら早く!」
「ちょ、待っ……」
無邪気に笑い引っ張る彼女。転けそうになりながらも、浮いてた聖剣を引っ掴んで足を踏み出した。
「ピエロさんも行こ!」
「うむ。親切な娘さんだな」
メーコに微笑まれて、親父はニヤケ顔で歩き出す。
――くそっ、ロリコン親父め。
俺は内心毒づきながらも、結構動揺していた。
メーコ。
俺の前世の娘の名前が、芽衣子。
すごく似ている。
心なしか、顔も。
幸い妻に似て、我が娘ながら美形だった。
俺と違ってサラサラストレートな髪だし。親バカなのを差し引いても、とても可愛い娘だったんだ。
それが目の前に。
「おにいちゃん?」
不思議そうな顔で振り返るメーコ。
「い、いや。別に」
「そっかぁ」
彼女はまた元気に小さな手を振って歩き出す。
『このロリコン勇者』
囁いたのは、乱暴に手にした聖剣女。
俺は歩きながら、地面を何度か小突いてやる。
『いたっ!』
小さな悲鳴が耳に入り、俺はそっと溜飲を下げた――。
※※※
連れてこられたのは、なかなか良さそうな宿屋だ。
「これはこれは。勇者様でしたか」
宿屋の主人のあたたかな笑顔。
でも逆に、俺の表情は引きつった。
「この国では有名な話でございますよ。100年前の伝説も、魔王が復活した話も」
「んで、おにいちゃん達が勇者なんだよね?」
主人の言葉をひきついで、少女メーコが言う。
「なんでそれを」
「だって村中のみんなが言ってたもん。聖剣を持ってるし」
「聖剣、ねぇ」
これがこの世界のヤツらには剣に見えるのか?
つくづく謎だ。
「ねーねー。この聖剣、ホンモノ?」
「あっ、こらメーコ! ……すいません、うちの娘が」
どうやらこの彼女は宿屋の娘らしい。
聖剣に触ろうとして、父親に叱られシュンとしている。
「だって、キラキラしてキレイなんだもん」
口をとがらせて、聖剣を見つめる二つの目。
うん、可愛い。可愛すぎる。やっぱり娘の幼い頃を思い出すなぁ。
「おいマサ、触らせてやってもいいだろう」
「親父。鼻の下伸びてんぞ。このロリコン野郎」
モンスター同様、ぶん殴ってやろうかな。
そりゃあ俺も男だからね? 若くて可愛い子にはドキッとするし、鼻の下ものびる。
でもロリコンは許さん。百歩譲っても、ノータッチだ。
娘が出来てから、なおさらそうなったんだっけな。
「失敬な。父さんは下は5歳、上は70までいけるぞ!」
「ンなこと聞いてねぇっ。あとストライクゾーン広すぎてヒくわ」
これが我が父だとは思いたくねーなぁ。
「メーコちゃん、触ってもいいよ」
「ほんと!?」
俺の言葉に彼女は飛び上がって喜んだ。
差し出した聖剣をジッと見つめて、恐る恐る触る。
――バチィィッ。
「きゃっ」
火花と悲鳴。
彼女が指先で触れた瞬間、小さく電気のようなモノが走った。
あわてて指を引っ込めさせて、俺は聖剣を放り出して彼女の前にひざまづく。
「大丈夫か!?」
「……」
見れば、幸い火傷などはしてない。
しかし怖がらせてしまった。涙目になって、父親の後ろに隠れてしまった。
俺と親父は恐縮する宿屋の主人に、何度も頭を下げる。
「す、すいません」
「いえいえ。大事な聖剣に触った娘が悪いのですよ」
穏やかな主人はそう言って眉を下げる。
しかし他人の大切な娘さんだ。
俺も人の親だったからな、微笑みつつも心配そうに娘を見下ろす彼の気持ちは痛いほど分かる。
「勇者様、パパ、ピエロさん。あたし大丈夫だよ」
困ってる大人たちを見かねてか、メーコが主人の背中から顔をのぞかせて笑った。
そこでようやく空気がいくらか穏やかになり、俺はホッと息をつく。
「お疲れでしょう、お部屋に案内しますね」
「パパ、あたしが案内するわ!」
「こらこらメーコ」
やはり俺たちの事が気になるのか、それとも幼い子どもらしからぬ気を使ったのか。
メーコは太陽のような笑みと軽やかな足取りで歩き出した。
「じゃあ、娘さんにお願いしようかな」
「本当に申し訳ございません。なにせ父ひとり子ひとりでやってきたものですから、この頃すっかりマセてしまって――」
「ははっ、分かりますよ。女の子は難しいですよね」
恐縮する主人にうなずき答えると、彼は怪訝そうな顔をする。
「勇者様、お子様がおられるのですか? お若いのに」
「え゛ぇっ? あ、あぁ、し、知り合いの話で、ね!」
しどろもどろになった俺に、メーコと親父が振り返った。
「もーっ、勇者様! おそーい」
「そうだぞ。マサ、レディを待たせるもんじゃあない」
いつのまにかピエロと少女、仲良く腕を組んでいる。
どこのサーカスだ。どうでもいいがロリコン親父、くっつき過ぎだ。バットのサビにしてやろうか。
俺は主人に軽く会釈すると、喋りも動きもしない。気が付けば発光もしなくなった聖剣を握りしめて二人の後をおいかけた――。