7.レベル上げはラクじゃない
『そんなに気を落とさないの』
「そうだぞ、マサ」
トボトボと村に帰る足取りは重い。
肩を落とし金属バットを引きずる今の俺、失恋でハートブレイク真っ最中。
「それにしても、まさかあの娘がなぁ」
親父のボヤキに力なくうなずく。
――ミヨちゃんは、そもそもさらわれたワケじゃなかった。
あのドワーフ(少年に見えたが実は成人男性)と彼女は愛し合っていて、駆け落ちしたのを村人が勘違いしたらしい。
結局あれから俺は散々、ミヨちゃんから罵倒されついでに数発ビンタと右ストレートをしこたまくらう。
心も体もズタボロでKO負け寸前で、ようやくドワーフの彼が目を覚まして助かったってワケ。
初恋相手がドワーフと愛し合って駆け落ち、なんてショックじゃないわけが無い!
でも涙ながらに抱き合う二人を引き離すほど、俺は頑固オヤジでもない。それに恋破れし男は、哀愁をお供に去る……っていう美学がな。
とにかくカッコつけさせてくれ。
そうでもしなきゃ、涙の海で溺れそうだ。
「っていうか親父も、ちゃんと見ろよ!」
「うむ、すまん。思えば早とちりだったな。モンスターが彼女を抱えて走り去って行ったのを、目にしたのでつい」
肩をすくめる親父に、聖剣がこう呟いた。
『まぁ先入観ってやつよねぇ』
確かに。
悪いモンスターがいて俺たち人間に悪さしてる、っていう決められた図式が頭ん中居座ってるんだもんな。
『人って、見たいものを見るものよ。己についてるその目で見るんだもの。それが正しいとか正しくないとか、なかなかわかんないわよね』
彼女の言葉に、親父までうなだれる。
「ま、まぁそれはそうと。これで一件落着だな! 村に帰ろうぜ」
『――は? マサ。言ってんの?』
「え?」
『アンタは勇者、これから魔王を倒す旅にでるのよ』
「え、でとあのモンスターは」
『それはそれ、これはこれ。魔王がモンスター達を使って、征服しようとしているのは変わらないの』
「えぇぇぇ」
だから俺はただの農夫だっつーの。
勇者って話も、あのジジイが勝手に言ってるだけじゃねーかよ。
『まぁ運命だと思って諦めなさい』
「イヤだね。ぜぇぇぇったい諦めねぇ」
『なんでよ!? 勇者よ? みんなのヒーローで、期待の星よ!?』
なにがヒーローだ。
だいたい、さっきのドワーフのこともある。
「その魔王ってヤツが本当に悪いヤツかどうかなんて分かんねーだろ」
『それは』
「ともかく、俺はこのまま平凡で真っ当な人生を送るぜ」
そろそろ収穫しなきゃいけない野菜もあるしな。
モンスター騒動以前に、俺には俺の生活がある。
堅実に手堅く。冒険だのなんだのっていうのは、ガキが夢見るもんだ。
俺はガキじゃない。
外見は若いかもしれんが、中身は定年後のオッサンなんだからな!
俺は鼻息荒く、村への道を急いだ。
これでおしまい、冒険譚なんてここには存在しない。
――ハズだった。
「な、なんじゃこりゃァァァァ!?」
俺は叫び、その場に尻もちをつく。
「なんてことだ!!!」
さすがの親父も声を上げる。
聖剣女だけが、大きくため息をついて言う。
『魔王の仕業だわ』
――マバオ村が、消えていた。
そこに広がるはずの景色がない。
まるで大きくえぐられたような大地。
家々も畑も村人も。わずかにいた家畜さえも。
「ない、村が、ない」
全て無くなっていたのだ。
※※※
「ウォォォォッ!!」
力任せに拳をふるう。
投石もする。もうヤケクソだ。
「くらえッ、ナイスミドルキィィック!」
なんなら蹴りも出してやらぁ。
アッサリかわされたけど。
『なにそれ、超ダサい』
「ダサい」
「うるせぇ、この役立たず組め」
俺の肉体は、村から5キロほど歩く頃にはムッキムキに変貌していた。
しかもヤケになって、ひたすら襲いかかってくるモンスターを素手で倒しまくっている。
「フンッ!」
――バキィィッ。
飛び出してきたスライムを叩き潰す。
俺がなぜこんなに荒んでいるのか、理由はこのクソッタレな運命とやらにムカついているからだ。
……村がまるごと消えた。
つまり、俺が平凡な人生を送るはずの場所がなくなったということ。
しかもこの聖剣女によると、魔王を復活させた3人の悪魔神官達うちの1人だという。
「んでっ、その悪魔神官とやらはッ、ドコにいるんだ」
今度は汚ぇ顔のついた昆虫(顔面虫とかいうモンスターらしい)がうっとおしく飛び回り、攻撃してきたもんですかさず掴んで叩きつけた。
『うわ、エグぃ……ええっと、100年前にあたしたちが封印したはずなんだけど、一人だけ残っていたみたいね。悪いけど正確な場所は分からないわ。でも村があった場所から、まだそう遠くへは行ってない』
「なんでそんな事が言えるんだ?」
100年前――。
確かこの女、聖剣になる前は僧侶として勇者達と魔王を倒し旅をしていたらしい。
その悪魔神官とやらの事も、かなり知ってるようだ。
相変わらず、俺の周りをふわふわと浮かんでいる彼女。
『あたしだって魔力を持つものとして、魔法の残滓くらいは分かるわよ』
俺にはよく分からないが、魔法を使うとその魔力の『残り香』が強く辺りにするらしい。
使った者特有のクセがあり、それを嗅ぎ分けることの出来るのが同じ魔法使いなのだという。
『これでも、それなりに優秀な僧侶だったのよ』
得意げな声でブンブンと飛び回る彼女に、俺は冷たい目で一言。
「じゃあもっと魔法使いとして、戦いに参加しろ」
『あー、それはムリ』
「即答かよ」
『この姿になるタメに、あたし呪文忘れちゃったのよねぇ』
やっぱり役立たずじゃねーか。本当にコイツ、僧侶だったのか? まさか実は遊び人っていうオチじゃあ……。
『思考がダダもれ。失礼ね。ちゃんと魔法使いだっての。その証拠にあたし、ひとつだけ魔法を思い出したのよ』
「本当か!?」
『それはね……』
とたんバシャァァァン、と大きな音があたりに響く。
「あーあ、親父は何やってんだよ」
この前までの雨季で作られた大きな水たまりに、バタバタ遊び回ってた親父がすっ転んでダイブした。
「服、ベチャベチャじゃねーか」
まったく、子どもより手間のかかる親父だ。
俺は額に手を当てて呻いた。
ここからあと2キロほど行けば、隣村に着くはずなのだが。
『ふふんっ、待ちなさい。あたしがそれ、解決してあげるわ!』
心なしかふんぞり返るようにして、彼女は言った。
「ハァ? どういう」
『〈サンサンフレム〉!』
彼女が叫び、先端が薄ビンク色に光る。
そして次の瞬間。
「っ!?」
薄ピンクの光に、親父の身体が光った。
柔らかいそれはピエロ服を中心に、ゆっくりと光を巡らせていく。
「おっ、お、お」
親父は空を仰ぎ、顔を歪める。
まるで光に焼かれてるような姿に、焦った俺は駆け寄ろうと足を踏み出した。
『よしっ!』
「え゛?」
彼女の声と共に、またたく間に光は消えて親父はその場に座り込んだ。
「大丈夫かっ、親父!? ……おいお前、親父に何をした!」
駆け寄って肩に手を置く。
「うっ、まさか」
――あったか~い。
ピエロ服はホカホカと手に心地よく乾いていたのだ。
『この呪文は〈濡れた服を乾かす〉効果があるわ。凄いでしょ?』
「限定的過ぎる!」
『ふっ、甘く見てもらっちゃあ困るわ。効果はこれだけじゃないの。これはね』
「お、おぅ」
思わずその気迫に押され、神妙にうなずく。
聖剣はクルクル、とそのを数回転してビシッと動きを止めた。
『シワに――なりにくいのよ』
「知るかいッ!」
やっぱり役立たずじゃねーか。
俺はそうひとりごちると、大きくため息をついた。